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感情とは何だろうね?

感情言葉の研究家(仮)
合野タカラ(あいのタカラ)です。
(2024.03月に書いた話です。)

前回は
人生の当たり前かもしれない話をしました。


その中で、気持ちの話の前提が
『気持ちの進むことが快感』
『気持ちの進まない事が不快感』について触れました。

これは普段から痛烈に感じていることかと思います。
ただ、これがわからないと今の気持ちの状態が分からず、
出てくる感情に振り回されて1日が終わることもあることでしょう。

なので、
今回のテーマは『感情とは何だろうね?』


まず、感情に関しての謎は
様々な方面で研究をし、心理学を始めあらゆる人たちの解釈がなされています。

しかし、それを知ったところで時には感情に振り回されることだってあります。
その感情に振り回された結果、後悔を感じた経験を持ったことがあるかもしれません。

しかし、何で感情に振り回されているんだろうね?

私の場合は長年これに対しての疑問を感じて来ました。

感情に振り回される事は、感情を扱えないこと。
感情の実態をよくわからないまま、感情と共に生きている現状です。

なので、私は素直に言葉から意味を感じて来ました。


感情の『情』とは「エネルギー」を意味します。
それも心の動きに関しての「エネルギー」です。

確かに、『情報』とは今の心の動きに対して報じる=知らせる所から来ているので、
今の自分にとって必要な知らせが情報としてやってくる感じが見えてきます。

この感覚で感情を解釈していくと、
今自分が目の前で見た事に対して心の動き=情が動くこと
これが『感情』だとわかります。

その感情が感情のまま自分を表現できればこんなに楽なことはないと思っているかもしれません。

というのも、感情のまま表現した結果、
自分にとって良からぬ事がやってきた経験を必ずして来ているはずだからです。

例えば、静かな空間で喜びを表現しても「うるさい!静かにしろ!」と返されるからです。

そんな経験を累積していると、脳からの理性が働きます。
『喜びたい感情はあっても、静かな現場ではその気持ち抑えていこう』

または、怒りたい感情が湧いてきても
ここで怒ってはダメ!と止めることも出て来ます。

さて、ここで気持ちの大前提を振り返りましょう。
『気持ちの動くことが快感』で
『気持ちの動けない事が不快感』

そうすると、感情が湧いても理性で止めることは『不快感』を作ります。
不快感とは言い換えれば「気持ちが悪い」。

この気持ちの悪い状態を『ストレス』だとすると、それはそれはで、
どこかで「ストレス解消」という形で吐きたくなるのです。

愚痴や文句も出てくるのです。

ただね、その感情の感覚すらも麻痺する事が出て来ます。
不快な気持ちですら否定しまくっていると、
今の自分の感情がわからなくなる事が出て来ます。
この状態を『苦しい』と解釈します。

私の解釈はこうです。
「苦しいというのは、今感じている感情がわからず誤作動(エラー)を引き起こしている状態」

苦しい=狂しい

感情を感じても、それが扱えず消化できずにいると、ムカつく状態として身体なのか?無意識なのか?未処理の情報として蓄積していくことが出て来ます。

それがある時は、精神の不調として現れ、または病気として現れるのです。

この場合の意味することは、
『早く未処理問題を解決して、本来進む所に自分を持っていくんだよ!』
というメッセージかもしれません。
(今回のことは感情の流れからくるもので、病気の理由は人それぞれだと思うのでここでは触れません)

なので、今現在私は感情セラピーの講座(2024年当時)に参加してて、
自分が消化できなかった未処理の感情エネルギーを見て、
完了していくワークをしています。

ただ、
この未処理の感情エネルギーを見て完了に変えていくことは、始め一筋縄ではいかないことも体験しました。

あるのは感覚として確認できるが、安心して言葉に出てこなかったのです。

なぜなら、解説として頭の理性が働くからです。

本当はハートからくる気持ちや感情を感じたいのに、
思考として頭の言葉が騒ぎ立てたら、うるさ過ぎて確認できない事が出て来ます。
この状態も『苦しい=狂しい』のです。

だから、前回言ったこの言葉が生きてきます。

この『自分が何を言っているか?』
=コマンドが腹落ちする、または納得することが、
『示し』に対して気持ちが合う
=示し合わせとなり、
=幸せを感じると思うのです。

「②幸せとは何か?」

この「示し」とは今目の前で起きていること、またはそれに対して感じていること。

注目は単体で感じ取ること。
なぜなら、身体は一つだから。
一つのことに対して一つの選択をする。


ということは?
「普段は目の前で起きている情報に対して
AもBもCも拾っているから混乱しているんかい?!」

どうやら、左脳の処理は一つのことに対して一つの行動で処理を完了しないと気が済まない性質を持っているようです。

つまり『イチ状況、イチ選択』。この繰り返しで「完了した。やった!」
この経験を小さなことでもやることが「示し合わせ=幸せ」につながり、
未完の感情を無意識に押し込めていく事が少なくなります。

この体験をわかりやすく出来るのが、断捨離を始めとした『物のお片付け』なのです。

ものを捨てる、処分する行動は嫌でも自分の感情と向き合いざるを得ないし、
これまでどんな気持ちでものを買って来たのか?反省することにもつながります。

私の場合、無意識で買って来た物ほど、処分に困った経験から、
自分が本当に欲しい物は何だろう?と考えて物を選んでます。

それでも、2割近く後悔することも出て来ますが、
この失敗だと感じたこともわからず、自分を責めたりすると、
また同じ失敗をすることもたくさんして来ました。

自分が怒って責めても、同じことを繰り返すのが人の情

(これは今後の伏線)

つまり、同じ状況になると決まって同じ感情が出てくる時、
自分や他人を責めている限り、何も完了しないことがわかってきます。


そういう時、別の選択した方が
今の状況の突破口になることもあるのです。

そのヒントとなる感情の捉え方について、
次回お話しします。









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