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人生で当たり前のこと(土台)

はじめまして。
合野タカラ(アイのタカラ)です。

まずはここまでわかって来たことをお話しします。
(2024年3月執筆)

今、私たちは
人生ゲームの真っただ中に居ます。
毎日、毎日目の前にやってくる事に対して
選択をし続けている現状です。

つまり、目の前に
たくさんの可能性が転がっていながら、
自分の身体は一つなので、
一つのことを順番に選んでいく現状です。
それが気持ちにとっては
ストレスになるらしく、
いろんなものを欲しがる欲求と、
一つしか選べない身体との葛藤で
日々悩まされる事があるのです。

現に私も
いっぱい書きたいことはありますが、
それを一つに絞ることができず、
脳内でバトルばかりしてました。
もちろん、それだけで疲れます。

そんな時、
「自分が脳内で使っている言葉の意味がわかったら、
こんなにも悩まなくて、人生ゲーム楽しめるよなぁ」
と感じたのが、言葉の意味の探究の始まりでした。

これからお話しするのは、
そんな当たり前で
見過ごしていることです。


最初に申した、
私たちは日々やってくる事に対して
選択し続けている現状ですが、
大概のことは
慣れてきたら決まってくるので
考えずに行動しています。

しかし時々、自分が選んだことに対して
「これでよかったんだろうか?」と
モヤモヤが残ったりすることもあります。

時には、選んだことを後悔して、
自分を責めたり、怒ったりすることもあります。

そして、これだけでは
何も解決できないことに気づくのです。

つまり、
自分が思っていたのと違う展開が
目の前に来た時、
それが本当のゲームの始まりなのです。


そもそも、よく考えてください。

自分の人生の展開は
先が読める場合と
先が読めない場合があります。

先が読める事には悩みませんが、
先が読めないことに対しては
どうしようもなく不安を感じるのです。

ただ、そういうものなのだと
少しづつ感じてきたら、
不安を考えている時間は
少なくなってきます。

つまり、
先を読む為に考えを消費していないだろうか?

現に自分。
書きたいことは大量にあって、
どこから手を出せばいいか?
何が困った人の心に届くのか?
と考えていううちに、
書きたいと思っていたことも

『いやどうせ、書いたところで
誰の気持ちにも届かないだろう』

と自分の気持ちが萎えて
書く気力が無くなることが
しょっちゅう有りました。

だけどこれでは
全然進みません(泣)

なので、ただいま葛藤しまくっている私ですが、
これからここまでわかってきた『当たり前』の
人生ゲームの前提をお話ししていきます。

①人生の基本展開は何なのか?

当たり前ではありますが、
この人生というのは赤ちゃんから老人になるまで一生を通じて変身し続けて、その先に人生の終了の『死』が待ってます。

その一連した人生の中で何を体験し、何を感じ、何を学び、経験値を上げていくか?
この体験時間そのものが『人生=ライフ』だとわかります。

この基本の時間の流れの中で、子供だからできること、大人だからできること、老後だからできることなど、そのタイミングだからできることがあります。
このタイミングがわかってくるほど、②に続きます。

②幸せとは何か?

幸せの意味の捉え方は人それぞれであることを踏まえて、私が感じた解釈を話していきます。

先ほどの、タイミングがわかるということは、今目の前で起きている状況が何なのかがわかることです。
しかし、目の前で起きている状況のどれか?ピンポイントを外している限り、物事が一向に進まない事があります。
これを『示し合わせがつかない』と聴いて来ました。

この『示し合わせがつかない』とは何だろうと?言葉を調べていくうちに見えて来た事があります。
『示し』とは目の前で起きている状況の事で、それが複数展開されていたら、大事な一つに絞る事です。
つまり、自分に起きている問題がピンポイントで見えてきたら、これに対して自分が何を言っているのか?注目することが大事になってきます。

この『自分が何を言っているか?』=コマンドが腹落ちする、または納得することが、
『示し』に対して気持ちが合う=示し合わせとなり、=幸せを感じると思うのです。

だから、逆を言えば『示し合わせがつかない』ということは、
自分が出て来ている問題とは違う答えばかりを言っているから一向にこの状況が変わらないとも言えます。

でも、自分こんなに頑張っているのになんで状況が変わらないの?と疑問に感じた方、
次の前提を見るとわかってくるかもしれません。

③人生の選択をするために避けて通れない『気持ち』の基本

自分が日々の行動において選択をしています。
この選択の基準が『安全であるか?危険であるか?』この二択に絞られてきます。

そして「自分にとって安全である」ことを基準に選んでいることに気づくと見えてくることがあります。

つまり、この選択が危険になるかもしれないと感じていると、選び続けない事が出てきます。
時に、危険かもと避けてきた選択の方が『示し合わせがつく』場合も出て来ます。

しかし、その結果辛かったり、失敗したなと感じることも出て来ます。
こうなった時に、自分の気持ちのやり場に困ることはないでしょうか?

怒ったり、悲しんだり、責めたり…

この時、気持ちの基本を知ってると楽になることがあります。

気持ちの基本は『動ける事が快感』『動けない事が不快感』

動けないということは、その場に気持ちが居続けるということで、
我慢を感じたり、不満を感じたり、憤りを感じたりします。
ただ、不快感のままでいることは『気持ちにとって嫌』なことなので、何とか動ける選択をしようとするのです。

よくいう『ストレス発散』というのはこういうことなのです。

先ほどの話に当てはめると、自分が選んだ結果が思っているのと違うと感じた時、
失敗した!と責めるだけでは何も解決できない事が伺えます。
それだけでは次の選択に対して気持ちが動けないのです。

だから、どんな結果が示されても何とかして気持ちが動ける状況を作る事が
『カギ🔐』になってきます。


今回は基本の話に絞らせていただきました。
この話は、今後続く『伏線』となる事でしょう。


よくわからないお話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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