動物病院事件

 猫に定期ワクチンを打つため動物病院に連れて行った。うちの猫は完全室内飼育のため病気や体調不良にはほぼならないのだが、それでも何かあってはいけないので定期ワクチンは打つようにしている。病気になって辛い思いをするのは猫だし。

 しかしながらうちの猫は本当に外に一切出ずの生活のため、ごく稀に抱きかかえた状態で外に数分ほど出たりこうして病院へ連れ出すとなるとかなりビビる。外の世界のものすべてにビビる。抱っこの状態でベランダを数歩ほど歩いたりその場でぼんやりしているときでも自宅の前を通る車のエンジン音だけで体を縮こまらせるし、改造車などの音の大きい車が通ったときなんかはもう部屋の中に戻る!と言わんばかりに室内目掛けて走り出す。そのくらい臆病な彼女にとって「車に乗る」なんてことはとんでもなく恐ろしい緊急事態なのである。
 
 ペットキャリーバッグに入り車に乗って病院へ出発するやいなやミャアミャアとか細い声で鳴き始めた。しかし恐怖のあまり暴れるどころか身動きもできないようでひたすらバッグの中できょろきょろびくびくしていた。可哀想ではあるけどもうこの時点でちょっと可愛くて笑えた。

 病院へ到着し受付も済ませ待合室で待機していたのだが、ここまでくると鳴くこともなくなった。え?気絶でもした? 覗き穴から覗くと光る眼と目が合った。気絶はしてないらしい。

 いよいよ順番が来たので診察台に乗せるためペットキャリーバッグの蓋を開けた。……のだが出てこない。全く出てこない。覗き込むとぴくりとも動かなかった。名前を呼んでも動かない。恐怖のあまり動けないようだった。苦笑いの先生がバッグの中に手を入れて脇の下を持って抱え上げるとだらりとした猫が出てきた。
 ……え??ぬいぐるみ??
 一瞬ぬいぐるみと見まがうほど動かずだらりとしていた。たれぱんだか。
 不慣れな場所、知らない人、色んな犬や猫やその他動物の鳴き声と匂いという知らないものだらけな環境で彼女のキャパシティは限界を迎えたようだった。
 その後は診察台で色々診察された後にぷすりとワクチンを打たれて終了したのだが、その間彼女が鳴いたり暴れたりすることは一切なかった。

 先生や私からすると大人しく受診完了してくれてありがたいことこの上なかったのだが、彼女からすると恐ろしい事件だっただろう。
 ちなみに彼女は猫らしく帰宅してから病院での無言を取り返すかのようにうにゃうにゃとひたすら文句を言っていた。


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