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ジャパニーズハラキリつかまつる




切腹ハラキリはスクリーン画面上のことで、切開手術なんか自分にはおよそ縁のない世界の話だと思っていた。


人間ドックは毎年恒例で時期が来ればあたりまえのように実施してきた。
30代から始めてかれこれ30年以上になる。
最初の10年くらいは、どこも悪い所がなく時間と金の無駄にしか思えなかったが、やめようとはしなかった。やはり信頼していたのだろう。だからこそよかったのかもしれない。

実施して何年か後血圧が高くなるなど数値に変化が出てきた。大動脈に瘤ができ、徐々に大きくふくらんできた。通常巾2センチが5センチになっていった。いずれ手術は避けられないと毎年ドックを受ける度に言われていた。
手術の成功確率は80〜90%だとのこと。自分もそのつもりにだんだんなっていった。
待ったナシである、ついに手術の宣告をされた。いよいよその時が来た。妻からは大病する訳でもなく丈夫な方だと言われていたので、手術するのかと少なからず驚かれた。風邪で寝込むこともさえもそうあるほうではない。今さらながら不節制と運動不足を悔いた。

以前から世話になっているS総合病院は、評判も良く安心して任せることが出来るのでお願いすることにした。

手術前、看護師の問診に、
病気の既往歴はありますかと聞かれたので
「金欠病を少し」
と答えると、一瞬間が空き
「スルーして良いですか」
とさらっと かわされた。
職務に忠実な真面目な看護師だ。
待合室の喧騒を冷めた目で見ていたのを覚えている。

入院してから日がな過ごす退屈な日々が続く。インターバルのようなものなのか。

4人部屋なのでケータイで仕事の連絡を取る人がいれば、入退院で慌ただしい人の動きがあったりする。羨ましかったり、同情したりいろんな感情が動く。初めてのことで不安定になっている自分がいる。

剃毛があると聞いていた。
若干期待もあった。かつて友人はいざというその場面で、男性自身が屹立してしまったと言っていた。
それは慣れた手つきで急所であるポイントを心得ているかの如くいいように触り、散々舐られイジリ回され、すっかりその気にさせられたあげく
「良く知っているんだ」
と嬉しそうに笑いながら
「どうしようもできなかったんだよ」
といっていたことによる。
でも看護師にもそれくらい自由にさせてよいではないか、許される範囲であり、いわば特権である。 
看護師も変に目覚めて別のスキルを身につけちゃったりなんかして、 
(何を不謹慎なことをただ忠実に業務を遂行しただけの話という御仁もあろうが、、、。)

いよいよその時がきた。
期待に胸がふくらむ。ついでに他も(なんてことはないない)
まず顔をみた。真面目そうなきれいな看護師だった。
すべてをさらけ出すいさぎよさというか解放感、変な趣味はないが身を預けるしかないのできゅうりがオヤジである。  んっ(????)

いやぁ失敬 失敬 

なすがままである。


執刀しているので余分な
話はせず、淡々と静かに時は過ぎていった。
そのうち、
おおーなんとすごい稀に見る立派で他に類を見ない素晴しさ、なーんて夢物語のようにはいかない。そんな訳はない。いたって穏やかだ。自身に変化はない。悲しいことに、時間だけが過ぎ予定通り終わった。残念ながら友人のような展開にはならなかった。敢えて言っておくが私がそうならなかったのは、看護師よ魅力がない、技能が云々とか、あなたのせいでは無く私自身の問題に起因するものなのだということを。
もっとも友人の話は30年以上前の若い頃なので比較にはならないし無理もない。
歳月は残酷である。
年はとりたくないと言うことか。    あぁ


 しばらくして担当医が、5、6人の医師を連れて私の部屋に顔合わせに巡回に来た。手術前のルーティンのようだ。写真でしか見たことがない外科部長が先頭にいた。この連中が腹をかっさばくのかとうろんな目でながめていた。少し話をした。その真剣な眼差しにこの先生達の思いが伝わってきた。
信頼してすべてを任せようという思いになってきた。

手術台に乗せられた。回りは慌ただしく動いている。不安しかない。その中でも二人の看護師は一生懸命ケアしてくれた。選ばれしエリート看護師ではないか、笑顔 言動にどれだけ癒やされたことか。大いに感謝している。麻酔をかけられて目が覚めたら手術が終わっていた。腹部に縫合した跡があるだけで手術した感覚がない。当然といえば当然の話だが何もない、順調に進んだようだ。

私という人間を形成する人体の経年変化による部品交換であり、人も機械も同じであるとさえ思う。ただ何らかの要因が加わってそうなってしまって私にも反省すべき点はあるが、深刻な病気ではなくいたってピンピンしている。病気の種類にもよるが、転移とかの心配はなく、ありがたいことに無事に終えることができて感謝している。

手術後目覚めるのに時間がかかったらしく調べたところ軽い脳梗塞の跡がみられる。いつの頃か分からないがそのせいだといわれた。そんなことがあったんだと驚かされた。

その後順調に経過し
もう既に1年半になる。5キロ痩せた。担当医に言われた通りだ。
5キロ痩せただけでも凌ぎ
やすい。
ストレッチを欠かさず行なっている。良い事は継続して行きたい。
血圧の薬その他を朝晩飲んでいる。

名監督深作欣二は醜聞に事欠かない艶のある男性であるが、血圧の薬を処方されたが男性機能低下を理由に飲まなかったと聞く。らしいといえばらしい。唯生きているより好きなことにのめり込む命掛けの生き様だ。その後深作欣二は72歳で逝去した。壮絶に駆け抜けた生涯の印象だが良い人生を全うしたのではないか。それも生き方だ。
御冥福をお祈りする。

血圧の薬は医師の処方のもと身体の為には良いが気持の張りエネルギーはそこなわれる気がする。
自分も一時飲むことをやめていた。(勝手な自己判断だが、、、。)
代わりにハーブの一種マンジェリコンを知人から頂いて飲んでいた。
 夏場には大量に取れたのでミキサーにかけ冷凍保存して毎朝食していた。効果はあった。血圧が下がりエネルギーやパワーが宿ったと信じる。
それからもプランターに植え替えて育てていた。代わりになるはずであったマンジェリコンであるが、寒くなると同時に生育スピードが落ちてきた。やはり熱帯地方の植物である。寒さに弱い。霜なんぞテキメンだ。痛手をこうむる。
今は室内で管理して栽培しているが 生育が良くないので食する量が減る。寒くなって血圧も高くなり医師に注意された。担当医は血圧が安定してきたら私の家の近場のかかりつけの専門医に預け様子を見て行こうと思っていたと言っていたが、先延ばしになった。
それ以外は今のところ良い調子で来ていて、明るい兆しは見えている。 あともう少しだ。

春は近い。



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