(今さら)2020年新作洋画ベスト
こないだバイト先の友人と初めて飲みに行ったのだがその際2021年に劇場で見た映画が面白かったという話題になった。私には大学入学時に上京して以降見た映画をすべて記録している、というちょっと気持ち悪い習性があり、後日その記録を改めて見返したら色々記憶が蘇ってきて面白かったので映画を軸にしながらちょっと昔のことを書き残しておこうと思った。さらに言うと、その友人に限らずバイト先の知人らがけっこう人に勧められた映画をすぐ見てくるので調子に乗って私も色々喋りすぎてそろそろネタ切れの感があり、一回ここらでまとめといていざという時このページのリンクでも送り付けてしまおうかしら、と思った次第なのである。ちなみに、私は人に勧められた映画を数年後にようやく見て、平気な顔して「あ、○○さんこないだ△△見てさぁ……」と感想を話すのだがきまって「……あんた、いつの話してんの?」と呆れられるのであった。というわけで今回は2021年の映画を振り返る前に、新作をそれなりに見るようになったきっかけの2020年に見た新作洋画について振り返ってみたい。
2020年は新作を20本見ていた。この年といえば新型コロナウイルスが流行した最初の年なわけで当然そんなに多くは見てない。おまけに当時はまだ映画中毒末期患者ではなかったので映画館にあまり行かず家で有名な洋画を見漁るのを主にしていた。いや、まともに考えたら1年ちょっとの間に20回も映画館行ってる時点で十分どうかしてるか、まあいいか。
フォードvsフェラーリ
2020年最初に見た新作は「フォードvsフェラーリ」だった。当時私は大学2年生で、たしかその頃はダイヤモンドプリンセスがどうたらこうたらとか中国でやばいウイルスが流行っててそろそろ春節で日本に爆買いしに来てこっちでも流行るとかなんとか騒いでたはずだ。実家から真っ先に東京で流行るからいつでも帰ってこいと日に日に連絡が増え、私もさすがに「そろそろやばそうだな……」と焦り始めた。それでようやく一月下旬に今のうちに見たい映画できるだけ行っとこうと急いで新作に行き始めたのだ。第一発目として喜び勇んで「フォードvsフェラーリ」に行ったはいいものの当時上映設備の区別が全然ついてなかったせいでDolby AtmosをIMAXと勘違いしていて、いざスクリーンに到着した時にびっくりしたのを覚えている。そして見ながら「あれ、これ別にIMAXじゃなくてもよかったかな」とも思った気がする。画面より音響全振りでよかったかなぁと思った記憶。映画自体は終盤までめちゃくちゃ良かったのに最後でめちゃくちゃ盛り下がって、劇場を出る時かなり釈然としなかった。たぶん今見直したら全然印象変わると思うのでいつか必ずリベンジしたい。
オリ・マキの人生で最も幸せな日
次に行ったのが「オリ・マキの人生で最も幸せな日」。正直なんで行こうと思ったのか全然覚えてないのだがこれがめちゃくちゃ面白かった。この作品はユホ・クオスマネン監督のデビュー作で、ヌーヴェルヴァーグをオマージュしたモノクロの映像とロケーションでの移動撮影といった演出にスローテンポで起伏の少ないストーリーのためおそらくスタイル先行の触れ込みだったのではと思うのだが、見てみると意外や意外、普通に良い話なのである。フィンランドのボクシングチャンピオンのオリ・マキがある日出席した披露宴で同じく参加者だった女性に一目惚れして交際することに、ところがオリ・マキは世界タイトルマッチを控えているのにデートばかりしていて減量がまるで捗らない。国を背負って臨むボクシングの大一番か、かけがえのない恋人か、オリ・マキは一体どうする……。という文面だけでも十分面白そうな内容なのだ。ヌーヴェルヴァーグを意識しつつどっちかというとアキ・カウリスマキやジム・ジャームッシュのような80年代に脚光を浴びたオフビート映画作家のノリを思わせる。というかクオスマネン監督自体フィンランドの方なのでこの辺の作風の類似には納得。今のところ監督の最新作である「コンパートメントNo.6」も2023年ベストに多くの人が挙げていて今後の活躍がますます期待される。
テリー・ギリアムのドン・キホーテ
2023年をもって家業を継ぎに田舎へ帰った超仲の良い友人がいるのだが彼とはじめて一緒に行った映画が「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」だった。彼はとにかくコメディが好きで、ウイルスが蔓延して遊べなくなる前に一回映画に誘おうと思った時ちょうどモンティ・パイソンのメンバーであるテリー・ギリアムの新作が公開されていたのでこれにしたのだった。
……勘の良い読者はここで気づくだろうが「モンティ・パイソンのテリー・ギリアム」と「映画監督のテリー・ギリアム」は全然違うのである。テリー・ギリアムの映画にコメディと一言で言ってしまえる映画なんてひとつもないのだ。むしろモンティ・パイソンでのわちゃわちゃ感が肥大したカオス系ディストピアSF・ファンタジーの作家なのである。見に行って愕然とした。あれ、全然笑えねぇぞ。でも、映画としては良かった。けっこう好きだった。遥か昔にドン・キホーテを演じたはいいが役から抜け出せなくなって自らをドン・キホーテと思いなしている老人とまるで進まない撮影に嫌気がさして逃げ出したCM作家の若者が遭遇し、幻覚的冒険に突き進んでいく途方もない物語。あまりの途方もなさに見ていて気が遠くなるのだが、ちゃんと2時間で終わる。ジョナサン・プライスとアダム・ドライバーのW主演であった。ちなみにテリー・ギリアムはこの映画の完成まで何十年という歳月を要しており、途中ジョニー・デップ主演で撮影開始までこぎつけたのにポシャってしまう顛末を撮ったドキュメンタリー「ロスト・イン・ラ・マンチャ」という作品までこしらえている。
ジョジョ・ラビット
結局このあたりで東京でも市中感染が出始めて3月頭に実家のある秋田に帰省しそっからなんだかんだ約半年間東京に戻ってこなかったのだが、その前に見た最後の新作が「ジョジョ・ラビット」だった。これは問答無用の傑作である。スカーレット・ヨハンソンとサム・ロックウェルが良すぎた。内容としても「ライフ・イズ・ビューティフル」を彷彿とさせる、第二次世界大戦下の悲劇を子ども視点から喜劇的に描いた作品であった。最近なぜか「リトル・ミスサンシャイン」を見返した時、終盤のステージパフォーマンスで収拾つかなくなって親父が娘と一緒に踊り出すシーンでなぜか本作のダンスシーンを思い出した。人間踊らなやってられん時あるよなぁ。「ジョジョ・ラビット」のダンスシーンは本当に素晴らしい。
たしかこの時東京でも感染者確認のニュースが出始めていて、いつロックダウンしてもおかしくない状況下で映画館に辿り着きほぼ満席の中固唾を飲んでこの映画を見たのはけっこう代え難い経験だったように思う。この頃にはもはや映画を見に行くことそれ自体が憚られるような気分で見に行く回数すら激減してしまい、結局この年度のオスカー候補作は「1917」やら「ナイブズ・アウト」やら色々見逃してしまった。
ANNA/アナ レイニーデイ・イン・ニューヨーク
秋田の実家で3月以降過ごすことになり大学もすべてオンライン講義になってしまって結局まる4か月実家でぐだぐだ映画ばかり見ていたが、7月頃には感染者もかなり減って遊んでもよくね?みたいな雰囲気になりようやく盛岡に家族でドライブに行った。そこでも私は家族水入らずの楽しい旅行どころか現地に着いた途端単独行動を開始し、ミニシアターにて「ANNA/アナ」と「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」を見た。たしか前者がフォーラム盛岡で後者がアートフォーラムだったはず。アートフォーラムは23年4月にビルの老朽化による立て壊しで閉館となったのであそこで映画を見たのはあの日が最初で最後となった。「ANNA/アナ」がリュック・ベッソン監督で「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」がウディ・アレン監督の新作であった。どちらも秋田では上映予定がなく、かと言って東京に戻る時にはロードショーが終わってそうな気もする、さらにけっこう有名な監督という絶妙な2本立てだと我ながら思う。まあそれとは別に二人とも#Me too以降立場が無くなりつつある作家という嫌な共通点もあるが。
「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」はさすが大ベテランのテンポの良さとうまい脚本で非常に見やすく、撮影も力の入っていて見ごたえのある(のちに調べたらヴィットリオ・ストラーロで納得)特に後期のウディ・アレンの面目躍如といった作品になっていた。キャストもティモシー・シャラメ、エル・ファニングを筆頭にかなり豪華な布陣。意外と面白かったのが「ANNA/アナ」。ノーラン作品を筆頭にここ数十年ずっとトレンドになっている時間軸入れ替えをベッソン流にバタ臭くやってみるとこんなにも都合よく、かつテンポよく出来上がることに改めて感心。同じく監督作の「LUCY」っぽいハッタリのかましっぷりだった。はっきり言っちゃえば後出しじゃんけん大会映画なんだが、それとは別に話自体はベッソンが散々撮ってきた「ニキータ」系のパターンであり、結局女が一番強いってのをこの映画でもやってたから私は案外良かったのではないかな、と思う。
デッド・ドント・ダイ
8月ようやく東京に戻って初めて見たのが「デッド・ドント・ダイ」。3人くらいしか客がいないガラッガラの角川シネマ有楽町で見たはずだ。ジャームッシュと愉快な仲間たちが内輪ネタに勤しみながらゆる~く作った同人(風)ゾンビコメディ。3人しか客がいなかったから人目を憚らず爆笑できた。しかしまぁ、私はジャームッシュファンだから楽しめたけどそこまで思い入れなかったらキレてもいいくらいの映画ではある。何より恐ろしいのはこの「デッド・ドント・ダイ」が2019年カンヌ国際映画祭のオープニング作品だったという事実である。
サンダーロード
書きそびれていたがある時期まで新作映画はほぼ名画座で見ていた。2本立てだから一本あたりの単価が封切時に見るより断然安い。映画の話ができる友人もほぼ皆無だったので公開してすぐ見ないとネタバレを食らうなんて心配もなかった。11月に見た「サンダーロード」もそうで本来6月くらいにはロードショーされていたのに気づいたら終わっていた。さらに名画座でやるかかなり微妙な作品だったので悔やんでいたのだが結局早稲田松竹でかけてくれた。2本立ての相方だった「パブリック 図書館の奇跡」もかなり気になっていたのだが全然上映時間に間に合わず「サンダーロード」の最終上映の予告の最中に滑り込んでようやく見れたのを憶えている。ちなみに過去人前で「サンダーロード」の話をした際必ず「狂い咲きサンダーロード」と勘違いされたのでここで予め全く異なる作品であることを言及しておく。
「サンダーロード」はジム・カミングスが監督・脚本・編集・音楽・主演をひとりで務めた絶妙にむずがゆいドラマ。言動が独特なうえ危なっかしく周囲に馴染めていない警官のジムが大事な母の死や仕事のミス、別居している妻との問題などの様々な困難の中で、うまく解決するでもなく、完全に人生詰むでもなく、うまくいかないけど何とか生きていこうともがいている姿にとんでもなく揺さぶられた。面白いかと言われたらかなりギリギリのラインなんだが私には無性に刺さってしまって、一番後ろの列の一番端の席だったからよかったものの終盤ずっと咽び泣いてしまった。最近ミニシアター・名画座は苦戦を強いられているが、(ハッキリ書いてしまうのは良くないけど)こういう集客力のないうえ刺さる層の少ない映画を頑張ってかけてくれるのはとてもありがたいし、これぞ名画座という醍醐味を味わえる良い映画体験だったように思える。
グッバイ、リチャード LETO レト
12月ぐらいから下高井戸シネマに通い出した。当時は池ノ上に住んでいたので井の頭線で明大前まで行って京王線に乗り換えたら一駅、30分もしないで着くところに各回入替制の名画座があったら利用しない手はないはずだ。ここで年度末にかけて色々気になっていた作品を見まくった。その第一弾だったのが「グッバイ、リチャード!」と「LETO レト」だった。前者は余命半年を宣告された大学教授が残りの人生を謳歌するというストーリーで主演はジョニー・デップ。これは面白くなりそうじゃない!と喜び勇んで見に行ったら、まあ本当に毒にも薬にもならない作品で、おそらくジョニー・デップじゃなかったら日本で配給されることはまずなかったと思う。それに対して後者がもう衝撃的に面白くて驚いた。舞台演出でも活躍しているロシアの鬼才キリル・セレブレンニコフが、80年代ソ連のアンダーグラウンドロックシーンを描いた音楽映画。若干間延びした長回しの多さが時間を停滞させ登場人物たちの関係のもつれをそのまま映し出すが、歌唱シーンで急にファンタジーというかミュージカルみたいな演出が始まったり、脇役が突然死んだあと「これはフィクションです」とかなんとかほざきながら蘇ったり、一体全体何を見てるんだか分からなくなる混沌がこの作品にはたしかにあった。物語を展開させながら同時に物語に没入するのを阻害する、という奇妙奇天烈なことが行われていた。
ザ・プロム Mank/マンク
年末が近づくとヒューマントラストシネマ系列を筆頭にNetflixオリジナル洋画の目玉作品が宣伝を兼ねて先行で劇場公開され始める。私がこの年に見に行ったのは「ザ・プロム」と「Mank/マンク」。「ザ・プロム」は、かつてスターだったが今は落ち目の舞台役者たちがたまたまSNSで異性カップルしか認めない学校のせいでプロムに参加できないレズビアンを見つけてしまい、自らの人気回復のため「マイノリティーを救済」しに片田舎に乗り込む……という相当どうかしてる導入部からちゃんといい感じの話に持ってくシニカルミュージカル映画(だったと思う。けっこう雰囲気でごまかされたような気もするが……)。メリル・ストリープだのニコール・キッドマンだのやたら豪華なキャストにきらびやかな衣装やセット美術で「ネトフリ金持ちだなぁ~」と感心した。一番いいシーンはニコール・キッドマンが「オール・ザット・ジャズ」のオマージュソングを歌うところ。ぶっちゃけあそこだけで満足できる。
「Mank/マンク」はとんでもない傑作だった。たしか年始の夕方くらいにガラッガラのユーロスペースで見たと思う。デヴィッド・フィンチャーには映画にハマりたての時に「セブン」「ファイトクラブ」を見てあんまりハマらなかった記憶がありそれ以来手を付けてなかったのだがこれを機に再チャレンジしてみたら案外ハマった。ところがこの映画改めて考えるとなかなか前提知識が求められていた気がして、まず1930年代~1941年までのハリウッド映画オタクじゃないと時代背景や人物関係が把握しきれないおそれがあり、色んなシーンで「市民ケーン」のオマージュがあり、そもそもモノラルサウンド(気のせいかも)やフィルムのパンチマークなどわざわざすぎる物語当時の映画オマージュもふんだんに散りばめてあり、まあ、つまり古典映画オタクがフィンチャーと一緒になって小ネタにキャッキャしているという楽しみ方が一番多いのではないかと思うのだ。とはいえ、話自体も「市民ケーン」の脚本を執筆しながら完成時にはクレジットされなかった脚本家ハーマン・J・マンキーウィッツ(マンク)を主役に、脚本執筆時と1930年代の二つの時間軸を何度も行き交いつつ脚本に込められたマンクの思想とノンクレジットになった顛末を描く非常に熱い物語なのである。主演のゲイリー・オールドマンの圧巻の演技が物語をさらに熱くさせている。
燃ゆる女の肖像
「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」を一緒に見に行った友だちと2021年始めに見に行ったのが「燃ゆる女の肖像」だった。これも素晴らしかった。実は内容がそんなに思い出せないというか見てる最中若干うとうとしてしまったのだが、画が圧倒的に良すぎたのでもうそれだけでずっと鳥肌立ちっぱなしだった。マジ映画館で見れてよかったと思う。記憶の中では圧倒的大傑作になってたけど今回具体的に色々書こうと持ったら全然思い出せなかった。もっかい見ます。なんかめっちゃすごかったのだけは憶えてんだよな。
ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー mid90s
2021年2月に諸般の都合で人生初の飯田橋ギンレイホールに行くことになりたまたまそこでやってたのが「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」「mid90s」の2本立てだった。ギンレイホールは22年11月で休館(実質上の閉館)したのでこれもまた貴重な経験になった。どちらも20年夏ごろにけっこう話題になっていた評価の高い作品だったが個人的には完全に「ブックスマート」メインのつもりで向かった。ところが「ブックスマート」を見てみると存外何も起こらず皆いい子でうえぇ~いみたいな、決して悪かないけど大傑作みたいな扱いするかこれ!? という感想になってしまい世評にもやもやする作品だった。逆に消化試合感覚で見た2本目の「mid90s」がもう本当に素晴らしくて感動しきりだった。当時は知らなかったが監督のジョナ・ヒルは2000年代以降日本でビデオスルーされた米製コメディによく出てくる役者で、初監督の本作はよく出演してるコメディでなく90年代の家庭に居心地の悪さを覚えている少年がストリートカルチャーに流れ着き仲間たちとの交流の中で様々な経験をするという正統派のドラマだった。単純に映画が上手い。音楽も最高。仲間うちでの出自の違いとか目指すものの違いとかカリスマ的先輩から危なっかしい奴までの絶妙なリアリティとかが抜群に良かった。「mid90s」は2020年公開作の中で最も心に残る作品だった。
オン・ザ・ロック
2月には別の名画座でも新作を見ていた。目黒シネマに「ロスト・イン・トランスレーション」「オン・ザ・ロック」のソフィア・コッポラ2本立てを見に行った。正直新作はオマケで「ロスト・イン~」の35㎜フィルム上映を楽しみに行ったのだが、例によって「オン・ザ・ロック」の方が私には刺さった。2本立てあるある、期待してなかった相方の方が面白い。「ロスト・イン~」がTOKYOでくたびれたおじさん映画スターと彼に親密さを感じている若い女性の関係性を描いていてけっこう終盤「全然嫌じゃないが、そんな感じか……」と思ったりもした。ソフィア・コッポラという作家に対する完全なる偏見で申し訳ないし今後見直して改めるつもりだが、見た当初父親概念に依存している作品だと感じた。それが、「オン・ザ・ロック」を見てみると全くの逆で父親離れ映画だったのだ。約20年の歳月でソフィアが親離れを果たしていて驚いた。夫の浮気を疑う妻とそれを一緒に調べるモテ親父という面白い状況をソフィアらしい軽さでテンポよく進めつつ、近所付き合いのめんどくささのディティールがやたら現実的でフィクションとリアルの塩梅がちょうどいいように感じた。
シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!
21年に入ったぐらいから途端に映画の話ができる友人が増えて、けっこう「今年のベストは?」と尋ねられることがありそのたびに「いやぁ新作をそんな見てないもんで……」と答えていたのだが個人的に今年のベストをやはり決めたくなって3月に下高井戸シネマに通って色々見た。最初に見た「シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!」はただフランス映画という理由だけでてきとうに決めたのだがこれがめっぽう面白かった。戯曲シラノ・ド・ベルジュラックの作者エドモン・ロスタンがどのようにして戯曲を書き上げたのかという舞台裏を(おそらく)創作で作り上げたコメディ作品。ロスタンたちのドタバタと戯曲の展開がうまくシンクロしていきつつ本筋としては健康的な浮気ものというのがいい。映画黎明期から続く舞台裏ものの面白さもちゃんと踏襲していて意外と侮れない作品だった。
ホモ・サピエンスの涙
次に見たのが「ホモ・サピエンスの涙」。スウェーデンの名監督ロイ・アンダーソンの作品。ヤバいという噂は聞いていたのだが実際見たら度肝を抜かれた。上映時間70分くらいしかないのに体感120分。構図に全精力を傾けているので動きが少ない。ワンカットがほぼ分単位。ずっと色調がどんよりしている。出てくる人みんなが厭世的か短気。思わず中盤居眠りしてしまったのだが目が覚めてもシーンが変わってなくて愕然とした。なのに、見終わった時の感想は「すげぇいいもん見たかもしれねぇ…」になるんだなこれが。前半で何の関連も見いだせずただシーンの羅列になっていた各キャラクターたちのストーリーが終盤に至るまでにどんどんつながっていき、ついにはすべてがつながり大いなる人間讃歌へと昇華されてしまうのだ。最初はシニカルだったカメラもいつの間にかキャラクターに寄り添うが故の距離感な気すらしてくる。意外と悪くない、妙にクセになりそうな映画だった。
ハッピー・オールド・イヤー
3つ目が「ハッピー・オールド・イヤー」。基本ハリウッド、ヨーロッパ圏の映画ばかり見ている私にしては珍しくタイの映画。2020年に見た映画の中ではトップクラスに重かった記憶がある。実は内容をほぼ思い出せないのだが、これはとても良かった気がする。とにかく主人公が家を掃除する、物を整理する話で、それにまつわる思い出とか取んなきゃいけない連絡とか会わなきゃいけない人とか全部しんどい映画だった気がする。んで最終的に物を捨てられない親とのいさかいになってそれがまた尾を引く終わり方をするので、映画が終わってもずっと苦い感覚が残っていた。わりとキャラが極端すぎると物語に入り込めないことがよくあるのだが「ハッピー・オールド・イヤー」はむしろそれがよく作用していたように思う。
シカゴ7裁判
最後4つ目が「シカゴ7裁判」。監督が「ソーシャルネットワーク」「マネーボール」の脚本を書いているアーロン・ソーキン。60年代に実際に起こった反ベトナム戦争デモの首謀者グループの裁判を描いた作品。とにかく熱くてテンポがよくて役者がよくて面白かったのだが意外と当時ハマらなくて、今考えてみるとその理由はほぼ理不尽・胸糞系に近いノリだったからだと思う。政府が色々工作して活動家をハメたという話を非常に丹念に描いているため正直見てる最中ずっと辛い。その分ラストのカタルシスもひとしおなのだがかえって「これくらいじゃまだ足んねーぞ、もっとやり返せ!」となってしまい不完全燃焼気味になった。
マイベストテン
以上が私の見た2020年公開映画20本の記録である。こう改めて振り返ってみるとハズレがほとんど無くてそれぞれいい映画体験だったように思える。2020年は新型コロナウイルスに振り回された年で、映画館は休業するし公開予定は延期するしそもそもあんまり出歩けねえしで色々と大変だった。大学も完全リモート授業で、リアルタイムで参加しなきゃいけない講義以外はオンデマンド配信で課題提出期限内に見りゃ何とかなったのでとにかく自分の時間が増えた。その結果見たい映画を授業時間を気にせず好きな時に見に行けるようになり以前より映画館に見に行くようになった。私の映画への熱中っぷりは歯止めが効かなくなり、3月以降は一日2本以上見るのは当たり前、映画見ない日があると気持ち悪いという状態が今の今まで続いている。2020年は私にとって後戻りのできない映画ヲタクに成り果ててしまった決定的な1年だった。
というわけでたった20本しかないが2020年の新作マイベストテンを発表して終わりにしようと思う。
mid90s
燃ゆる女の肖像
オリ・マキの人生で最も幸せな日
シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!
LETO レト
サンダーロード
Mank/マンク
ジョジョ・ラビット
オン・ザ・ロック
ハッピー・オールド・イヤー