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自分の言葉で生きていく。

自分の言葉はどんどん消えてしまうのに、誰かの言葉だけはいつまでも残ってしまう。

昨日外を歩いていて、ふとそんなことがよぎった。

あぁ、これはおかしい。気付けば、誰かの言葉ばかり考えてるなんて。その上、その誰かの言葉で固まってるなんて。やっぱりおかしい。
自分は自分の言葉で動かさないと。そんなの当たり前の話だけど。
誰かの言葉に縛られてる場合じゃない。何か月も、何年も、誰かのたった一言に縛られていることがあるなんて、一体自分は誰なんだ。

いや、自分の言葉はどんどん消えていく、というのは間違いか。それはまだ「自分の言葉」になっていないもの達だもの。
正しくは、いろんな事を考えていても、自分の言葉にする前にどんどん消えていく、だ。えぇ・・・もっと悪いよ・・・。

でも、実は今、ちょっと清々しい気分でいる。

「自分の言葉はどんどん消えてしまうのに、誰かの言葉だけはいつまでも残ってしまう。」と突然気付いた時、即座に「それはイヤだ」と思ったから。

落ち込むどころか、それ終了!と思った自分は、きっと大丈夫かなと思えた。

改めて、自分は自分の言葉で生きるのだと決め直した。また忘れてしまうこともあるだろうけど、そんな時の為にここがある。またここに戻ってこよう。

実はもう一つ重要なことがあって、noteに住んでいる今、言葉にしきれない部分もある、ということも言えるようになった。

もうずっと前からそう思ってはいたものの、言い切ることに自信がなかった。違うな、そう言い切っていた時もあったのに、いつの頃からか言えなくなっていたのだ。言葉にすることの重要性ばかり、目に留まるようになっていたからだろう。

noteに住み始めて、やっぱり言葉では言い表せない領域もあると再認識した。もちろん人によるだろうけど、少なくとも自分はそうだ。

ただそれとて、言葉にするから、言葉に出来ないものもあると認識出来たわけで。

だから、自分は自分の言葉で生きていくと、最後にもう一回書いておこう。拙くても、まだ足りていなくても、弱さも、弱さ故の強がりも、どんな自分も、繰り返し言葉にし続けよう。自分に向かって。

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