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モントレーの山奥から心の叫び 34

34--  「ジープを切り刻む男」 2122字  8-23-2013
「こんな珍しい事をする人が世の中におるんだろうか」と言いたいような顔で、フリムン徳さんを見つめたのは、すぐ隣に引っ越してきたアメリカ人夫婦である。
ビデオに撮りたいとも言う。
フリムン徳さんが分解している、いや、わかりやすく言えば、ジープを切り刻んでいるのを見ての話である。
車社会のアメリカで大量に出る廃車は大きな機械で押しつぶして、四角い薄い小さな鉄の塊にする。
それを積んだ大きなトラックがフリーウェイを走っているのをよく見かける。
娘からもらって、乗り潰したGEOジープ、36万キロも走って(日本では何10万キロで廃車にするか知らないが)、故障が多く、修理費が高くつくから、廃車にした。
 もうすぐ満70歳になるフリムン徳さんはエッセイの達人になるのが夢である。
老後の趣味としてどないかして、エッセイの文章が上手くなるように、毎日コンピューターを打ち始めるのだが、2、3行ですぐに、止まってしまう。
禿げ頭を撫でるが、なかなかエエ文章が浮かばない。
エッセイ書きで行き詰まると、私は、作業服に着替えて、家の横庭に出る。廃車にしたジープを切り刻むのである。
ドア、ボンネット、屋根、外枠の鉄板を大きなハンマーで叩き、鉄ノコで切り、グラインダーで削り、外れないネジ、ボルトは、グラインダーで削り取ってしまう。
ドアは、ガラスの部分と鉄板の部分を鉄ノコで切り離す。
ボンネットは、真っ二つに切り裂く。
屋根の鉄板は4つに切り離す。
エンジンは、鋳物だから、大きなハンマーで叩くと割れる。
手頃な大きさに叩きき割る。
でも一番最後まで、苦労したのがエンジン潰しだった。
硬かった、硬かった。
潰しは大きな騒音も出るが、隣の家までは500メートルも離れているので問題にならない。
ジープを切り刻みながら、次に書くエッセイの構想を練ったりする。
フリムン徳さんにとってはいい気晴らしの仕事なのである。
私の庭に現れた新しい隣人は言う。「自宅で車の解体なんて見たこともないわ。
何かわけがあるの」。
「エッセイのネタ作りのためですよ」。
フリムン徳さんが言う、横から嫁はんが「トムのエクササイズよ」。
フリムン徳さんの本心は、暇つぶしと、お金の節約と、少しだけのお金儲け、のためである。
 小さなジープの処分でも、70歳の老人には面倒な事だ。
鉄くず屋にこのジープを持ち込みで売るとたったの10ドルぐらいである。冷蔵庫は2ドル50セントである。
一方、引っ張って行くトレーラーを借りるのに、5、60ドルもかかる。アホな話や。
電話をすれば、引き取りにも来てくれるが、それも同じくらいかかる。
フリムン徳さんの乗っている韓国製のKIAの乗用車に積めるサイズに、切り刻んでから鉄くず屋に何回も分けて、持って行くと、このジープ1台の鉄くずで50ドルぐらいになる。
でも、1万ドル以上もしたジープがたったの50ドルか。
世の中、おかしいなあ。
それだけ分、乗ったということやなあ。
 この辺の牧場地帯にはピカピカの新車は似合わない。
ここに住んでいるアメリカ人で、新車を買う人は少ない。
たいていの人は、2、3万マイル走った車をディーラーから買う。
ほとんど新品と同じだし、値段もぐんと安い。
新車を買うのは、ピカピカの皮靴を履いて牧場の牛を追うようなものだ。
この辺では車を磨く話を聞いたこともない、見たこともない。
もちろん、フリムン徳さんも磨いたことは少ない。
 使っているうちに古くなり故障が多くなると、それは家に置いといて、また、別に中古の車を買って乗る。
それの繰り返しである。
土地が広いから、車を置く場所はいくらでもある。
たいていの家が4、5台の廃車を家にほったらかしている。
フリムン徳さんも4台ある。
そのうちの2台は使えない車だ。
このジープがそのひとつである。
 解体が進み、屋根を切りとられ、回りの鉄板、椅子、ボンネット、エンジンの回りの鉄板がなくなり、丸裸の4つのタイヤの車体の上にハンドルがぽつんと取り残されている。
それは荒れ果てた田んぼの中に、よれよれの布を羽織った案山子より寂しい、無残な姿である。
今まで、長年、乗せてもらい、助けてくれた車を切り刻んでいくのは楽しくはない。
寂しい、悲しい。
罰が当たるのではないかとさえ思う。
でも老人の身の回りの整理の一つとしてもやらねばならぬ。
切り刻みながら車の中身をよく見る。
数え切れないほどの沢山の部品を作り、それを順序良く、適材適所に組み立てる。
いったい、何百人の手がかかっているのか。
一人で仕事をして家を建ててきた元大工のフリムン徳さんには、驚きである。
それにしても、一人でも作れる家の値段がどうして車の値段より高いのだろうか。
フリムン徳さんの家が50ドルということはあり得ない。
 ジープを切り刻みながら私は大事な事を発見した。
何かの筆記試験を受ける時、必ず、順番にしなくてもいい。
難しい問題は飛ばして、できる問題から回答していく事。
ジープを潰していて、なかなか外せないところや、手間取る箇所は、後回しにする事である。
簡単で早く取り外せるところを先にやる事によって、いつの間にか、はかどっていくこと気にが付いた。
「徳さん、70歳にして、そんなことに気が付いたのか、遅いのう」。

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