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92-4 サンフランシスコの夜昼裏表   モントレーの山奥から心の叫けび

夜中の12時50分発の最終便には空席がなく、乗れなかった。
翌朝始発6時半のバスになった。
寒い夜中は1時を過ぎた。
二人警備員がやってきた。
待合室にいる人の切符を調べ始める。
椅子に座っていた二人の人がサーッと立って出て行った。
一番後ろの椅子に座っている二人が、警備員と何やもめている。
とうとう、この二人も出て行った。
バス待ちを装ったホームレスのようだった。
全員の切符の点検を終わると、警備員は入り口のドア、バスのゲイト1番から7番までのガラスドア全部に鍵をかけた。
そこは内からも外からも鍵がないと開けられない。
入り口のドアは内側は開けられるが、外側からは開けられなくなった。
その後は切符を持っている人を警備員が連れて来てはすぐまた、鍵を掛けていく。
ホームレスは待合から締め出された。
 でもホームレスは、警備員がいなくなるとすぐ戻ってくる。
内側から開くガラスドアの外側から、1ドル札をひらひらさせて、自動販売機でクッキーを買いたいそぶりや、切符の入っていないグレイハンドの封筒をしきりに振って、ドアを開けてくれと手招きする。
事情を知らないバス待ちのお客さんはドアを開けて入れてしまう。
そのうち、彼らは座っているお客さんに順番に声をかけて1ドルを請い続ける。
これが彼らの仕事のようだ。
世の中には珍しい仕事があるものだ。
 東洋系の青瓢箪の男は、椅子に座っている白人に、お金じゃなくて、携帯を貸してくれと言う。
その白人は何のためらいもなく、自分の携帯を貸してやる。
そして自分の携帯を気にすることもなく平然と新聞を読み続ける。
青瓢箪は必死にボタンを押している。
めちゃくちゃどこでもボタンを押しまくっているようだ。
足元がふらついている。
普通じゃない。
でも、新聞を読んでいる白人は一向に気にしない。
自分の貸した携帯のことなど忘れた感じだ。
私は何が起こるだろうかひやひやしながら、興味津々でこの様子を見守る。青瓢箪はとうとう、通話を諦めて、携帯を返す。
白人は携帯をポケットに仕舞い込むと何事もなかったかのように新聞を読み続けている。
日本人の私にはこの白人の親切さ、鷹揚さ、気前の良さが理解できまへん。アメリカにはいろんな人がいるようである。
 朝の4時になった。
私が一番興味深く観察していたおしゃれなホームレスがまたやって来た。
もう彼は数えきれないくらいこの待合室に出入りしている。
黒人男性で30歳から40歳くらい。
夕方6時過ぎからもう3回も服を着替えている。
初め見た時は白いTシャツ一枚で、腕の筋肉を自慢しているようだった。
ホームレスに筋肉を自慢する人がいるとは思いもよらなかった。
今は長いオーバーコートをどっしりと着ている。
いったいどこに衣類を隠しているのだろうか、どこで着替えをするのだろうか、秘密の場所があるのだろう。
その秘密の場所を見てみたい。
 この筋肉マンの仕事のやり方は一風変わっている。
まず、待合室に入るのに、彼は内側から開けられるガラスドアの向こうで、グレイハンドの切符の封筒と、ゴールドのビザカードをヒラヒラさせて、切符を持っているかのように装いドアを開けてくれと頼む。
それも俳優並みに悲壮な顔をして真に迫る演技をするのである。
毎日何回もやっていたら、顔つきも演技も板に付いてくるのだろう。
必ず誰かがドアを開けることになる。
 待合室に入ったら、この「俳優」はビザのゴールドカードをヒラヒラさせながら、名文句のセールを一人ひとりに始める。
「私はそこのレストランで朝食をしたいのだけど、このビザでお金を引き出すには5ドルを先に払わなければなりません。
5ドルをお願いします。
そして一緒に朝ごはんを食べましょう」。
とうとう、一人の白人が引っかかって一緒に下へ降りて行った。
30分ほどして、その白人は疲れた顔で帰って来た。
 私はトイレを汚す犯人、鏡を割る犯人も分かった。
ヒーターがない理由も分かった。
ホームレスは強い!! 
ホームレスの生きる見事な知恵、それを堂々と、飽きずに実行して、したたかに生きるホームレス。
フリムン徳さんも脱帽でした。
ホームレスは努力して、諦めずに何回も同じことを繰り返して、生活する楽な商売ではないようである。
サンフランシスコ・グレイハンドバス待合の夜はホームレスに圧倒された12時間だった。
ホームレスとの強烈な触れ合いの場所だった。
そして、それが「アメリカ人が一番行きたいアメリカの街」サンフランシスコの夜の裏側だった。
いろんな変わったことが起きるのも当然のようだ。
 朝の6時30分発のバスは予定通り発車。              暖かい車内、柔らかいシートに身を沈めて、「人間観察も楽じゃない」と思いつつ徹夜明けの体はうつらうつらしながら、バスの窓からサンフランシスコを眺めた。                            それはアメリカ人が一番行ってみたい昼の表側のサンフランシスコの街並みだった。 
11-2010 フリムン徳さん

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