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63-- 「ナースのズボン」 モントレーの山奥から心の叫
63-- 「ナースのズボン」 モントレーの山奥から心の叫び
まさか、こんなところで、真昼間に、こんな快感なピンク色の電波を受信するとは想像もしていなかった。
この電波は腿と腿の間から流れ出た電波だから、「股三郎電波」と名づけるか、「モモ子電波」と名づけるか迷った。
でも、「モモ子電波」の方が色気がありそうなので、「モモ子電波」と名づける。
還暦を過ぎても、フリムン徳さんの助べーは収まらない。
堪忍しておくんなはれや!!
そもそも、還暦を過ぎたフリムン徳さんが「モモ子電波」を受けたのは、薄暗いピンクムードの漂う、バーやキャバレーではない。
夜でもない。
明るい蛍光灯のついた真昼間の病院の小さな部屋だった。
そこでフリムン徳さんは、一人の白人女性、ナースに目が合った途端に「モモ子電波」を感じた。
ビッリ、ビッリとズボンを立ち上がらせるような、昔懐かしいピンクの電波を感じた。
電波じゃない、ホンマにモモ子になってしもうた。
モモ子はフリムン徳さんよりも20歳以上も若い40歳代の白人女性である。
フリムン徳さんより、少しだけ背が高く、ふっくらとしたフリムン徳さん好みのポチャポチャタイプである。
金髪、透き通るような白い肌、そして、天使みたいな微笑み溢れる顔立ちである。
強力な磁石で引き付けられるみたいだった。
小さい頃喜界島で馬の手綱に“フィキトーサッタ”(引き倒された)、あの馬の馬力みたいな力の電波だった。
好き好みに歳は関係ない。
フリムン徳さんは還暦を過ぎても別嬪さんを見たら、すぐ青年になる。
この狭い部屋にいるのはモモ子とフリムン徳さんだけである。
この機会を与えてくれたウヤフジに感謝する。
そして、我が嫁はんには「もう1度許してくれ」と心の中でお願いする。
「モモ子電波」はあまりにも強力だった。
モモ子は私の手術前の担当のナースである。
もう一度書く。
小さな机と1台のベッドが置かれたこの小さな部屋にはフリムン徳さんとモモ子だけである。
何十年かぶりに若い頃の助ベーのフリムン徳さんがモリモリと頭をもたげてきた。
喉元がうずうずと乾きだしてくる。
困ったのう!!
もう、歳も忘れ、嫁はんも忘れて、モモ子と恋愛している気分になっている。
いくら歳をとっても恋愛のあの甘酸っぱい味は歳をとらないようである。
今から脱腸の手術をしてもらうのに、あれだけ、心配していた手術の不安も怖さも忘れてしもうた。
美女の力は地球の引力より強い?
小さな椅子に座り、膝と膝を突き合わせて座っている。
モモ子は、手術前の心構えや、手術の仕方などいろいろと説明してくれた。
フリムン徳さんはこのモモ子の説明の仕方に、また新たな電波を感じた。
わかりやすく、丁寧に、ゆっくりと、優しく、心と頭を解きほぐすような説明の仕方や。
目も心も潤んでしまった。
催眠術をかけられているような気分にもなった。
こんなに気持ちのええ説明の仕方をする人に会ったことがない。
”人間関係、話し方の勉強”に興味のあるフリムン徳さんはこんな話し方のオナゴハンに弱いのや。
「オカン、どないしようーーーーーー」や。
質問や説明が終わったら、横の小さなベッドに寝かされた。
「ハイ、息を止めて、ハイ、大きく息を吸って!!」と言いながら、聴診器で私の身体を診察してくれる。
まともに、モモ子の息が耳元に吹きかかる。
「うわー、ええ気持ちやなー」「甘酸っぱい気持ちやなあ」「もう、ワイはどないしたらええネンーーーーー」。
と喉元が詰まりそうになり、少し息苦しくも感じた。
こういうのを“嫁はんに内緒の幸せ”というのでしょうか。
ええ気持ちやのう!!
贅沢やのう!!
難儀やのう!!――――――――。
続いて、モモ子はもっと大変なことを始めた。
「こんなん、駐車違反や、憲法違反や、法律違反や!!」
「どないしてくれるねん!!」
フリムン徳さんのベッドの横に座ったモモ子は、右手からアイビー(点滴)をすると言う。
フリムン徳さんの右手をとって、モモ子のモモとモモの間にしっかりと挟んで動かんようにしてしまったではないか。
これは夢ではないかと、自分のほっぺたをつねりたくなった。
血圧がどくどくと頭まで上がりよる。
フリムン徳さんの手をしっかり挟んでいるモモ子のズボンが気になる。
モモ子のズボンが憎らしい、モモ子のこのズボンの布地が憎らしい。
布地は人間の肌を守るだけではなく、職業をも守る、大発見や。
ズボンの布地があるから、モモ子は「私はエッチでない、法律違反をしてない」と自覚して、フリムン徳さんの手を腿と腿で挟んでいるのである。
ズボンをはいているのが病院のナース、ズボンをはいていないのがキャバレーのホステス。
そうですよねえ。
ところが助ベーのフリムン徳さんは、モモ子がズボンをはいていないように錯覚してしもうた。
モモ子は腿と腿の間のフリムン徳さんの右手をきつく、締め、左手の甲に注射針を刺した。
その途端に、思わずフリムン徳さんは力を入れて手を握り締めた。
何本かの指がモモ子の腿に食い込んだ。
その途端に注射針の痛さがなくなった。
モモ子に、恥ずかしい気持ちと、すまない気持ちと、うれしい気持ちが混ざりあいながら、モモ子のピンク色のような「モモ子電波」がフリムン徳さんの胸へ流れ始めた。
色つきの電波や、ピンク色の電波や。
こんな甘酸っぱい電波何十年振りだろうか。
胸がときめく、胸が苦しいほどの快感や、おいしい電波や、ずーっとこのままでいたい―――――。
「こら、徳さん、目を覚ませ!! お前、アホか、夢みとんのか」
「お前の右手は腿と腿の間に挟まれとるんとちゃうねん、ズボンとズボンに挟まれとるんじゃ!!」
とウヤフジの声が聞こえた。
はっと目が覚めたようだった。
フリムン徳さんの住むアメリカの山奥の砂漠、ブラッドレーの空気は乾ききっている。
バーやキャバレーもない、色気もない。
赤い、青いネオン街のいっぱいある日本が羨ましい。
昔の大阪北新地のキャバレーを懐かしく蘇らせてくれた、モモ子さんだった。
それにしても意地悪なモモ子さんだったなあ!!