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28‐‐髭剃り後のクリーム        モントレーの山奥から心の叫び 

他人様にはよく気を使う、嫁ハンにはごくたまに気を使う私は目に見えないアホナ気苦労もする。
暑いから車の窓を開けて外の涼しい風に当りたいけど、我慢している。
日曜日の朝9時50分、嫁はんと私が教会へ向かっている車の中。
仏教徒である私と嫁はんはもう3年ほど毎日曜日、家から、だいたい15分位かかるカソリックの教会へ行っている。
教会へ行く朝は必ずシャワーを取り、髭を剃って、髭剃り後のクリームを顔と禿かけた頭にも塗りに塗る。
アホなことをすると思いまっしゃろう。
嫁はんも笑うが私はかまわん。
それには私だけの秘密の理由がおまんね。
でも、クリームってたまに塗るとええ匂いがしまんなあ。
大工時代にいつも私の周りに匂っていた、材木の香りとはえらい違いや。昔、大阪で商売をしていた頃、よう飲みに行った北新地のクラブの優しいて、綺麗な女の子を思い出してしまうようなエエ匂いや。
この髭剃り後のクリームは香水と違って、1時間もすると匂いがなくなる。
それならば、香水をつけたらええと言うでしょうが、大工をしていた2年前までは、香水よりも肉体労働後の男の汗の匂いが、男の香水やと思っていた男なのです。
男性用の香水の名前なんか知るはずもない、ましてや買ったこともない。
ねじり鉢巻で頭の禿を隠した大工が、化粧品売り場なんかに、恥ずかしくて、寄り付けるかいな。
嫁はんも化粧にはこだわらん性質だから、香水とはお互い縁の遠い人生なのだ。
でも何十年かに1回か2回巡り合う香水の匂いは私の心も胸も、あれもピコピコさせる。
向かっているのは、山の中の、大きなオークの林に囲まれた小さなカソリックの教会だ。 建物の外は、白く塗られているが、中は古い木肌のままで、なんだか田舎くさい。
椅子に座って周りを眺めていると質素な気持ちになる。
友達のバブとアルビラがこの教会のメンバーである。
5年ほど前に知り合ったこのアメリカ人夫婦の家に、たまに行った時は、ほとんどが英会話の勉強みたいなものだった。
当時、嫁はんはほとんど、英語がしゃべれず、理解できなかった。
ある日、「私達は仏教徒ですが、英語の勉強のために教会へ行ってもいいですか。」と彼らに頼んでみると大歓迎してくれた。
この教会にいつもくるメンバーは15,6名で、教会の建物のように年とった夫婦達だ。皆さん、親切な白人で、東洋人の私達でも、なんの抵抗もなく打ち解けることができた。
午前10時ピッタリに始まるこの教会の礼拝に遅刻する人はほとんどいない。
大工時代にアメリカの職人たちが約束時間を守らないのにあきれていた私には、不思議でならない。
教会へ行くアメリカ人は時間を守る、客さんの家へ修理仕事に行く職人は時間を守らない。
これがアメリカなのだろうか。
 この教会には専任の牧師がいない。
メンバーが少ないからだろう。
メンバーの何人かが交代で牧師役を勤める。
少ないメンバーだが、その中の5、6名ぐらいが牧師として、礼拝を仕切り、説教をする。
夫婦とも牧師役をできるメンバーもいる。
ローマ法王が着る白いガウンみたいなのを着て、
すました顔で聖書を読んで、立派に、たまにはニヤニヤしながら礼拝を勤める。
足元を見ると、ジーパンとスポーツシューズが見える。
ただの普段着の上に、牧師の白いガウンを引っ掛けている。
なんとも、ほほえましく、親しみがわく。
教会での自分の席は暗黙の了解で決まっている。
私と嫁はんは親友のバブとアルビラの隣で前から3番目の椅子だ。
6人掛けの長い椅子が真中の通路をはさんで両側に10 列ほど並んでいる。
長椅子の背もたれの後には英語の聖書が入っている。
礼拝が始まるとにわか仕立ての牧師が、聖書の何ページを開けて、と言い、そして読み始める。
また、皆で読むこともある。
英語の聖書は、易しい英語で書かれている。
それにしても、仏教の本は、難しい言葉ばかりで書かれていて、分かりにくい。
習慣の違いか、食べ物の違いか、言葉の違いから来るのか、私にはわからん。
難儀やのうである。
牧師の説教が終わると、木製のサラダ用の皿みたいなものを持って、お布施を集めに来る。
私達は毎回キャッシュで5ドルを入れる。
メンバーの人は、ほとんどがチェック(小切手)を入れる。
そのお布施の額は、自分の気持ちだけでいいということになっているが?。礼拝の最後には、椅子から立って、通路で、全員、互に「ハグ」をする。
男同士は握手、男と女、女同士はすべての人と「ピース、ウィッズ、ユー」と言って、抱き合って「ハグ」する。
白人のおじいちゃんもおばあちゃんも、私よりは背が高い。
白人のおばあちゃんとハグをすると、おばあちゃんの鼻先に、フリムン徳さんの禿げ頭が来るのだ。まさに、この瞬間のために、フリムン徳さんは髭剃り後のクリームを禿げた頭に塗り、その匂いを風で吹き飛ばさないために、暑くても車の窓を開けないで辛抱したのだ。



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