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82--「夜に光る道」2045字7-24-2012モントレーの山奥から心の叫けび
アスファルトで舗装された道ばかりのアメリカに舗装されていないドライブウェイがある。
未舗装の道を見たかったら、フリムン徳さんの家へ来たらすぐ見ることが出来る。
私の土地の入り口から家まで牧草地の中を走るドライブウェイは未舗装。
少ない年金生活の私には、この200メートルのドライブウェイをアスファルトで舗装するには費用が高すぎる。土地の周囲が4キロメートルだから仕方がない。
訪ねてくる人も少ない山の中の生活はこれで良いと思っている。
第一、公道でもない私有の牧草地を走る道は舗装されていない方が自然と私は思う。
今の世の中、どこの道を走っても、アスファルトで舗装されている。
地球が顔をアスファルトで塗りたくられて、息できないと怒っているではないか。
私の未舗装のドライブウェイは生きている。
降った雨は地中に染み込みながら流れていく。
地球は、未舗装の道から、水をもらい、顔を洗い、太陽光線を直に受け、空気も直に吸う。
私のドライブウェイには、ヘイ(牧草)えが生る。
4月には目の覚めるようなオレンジ色のカリフォルニアポピーも咲く。
花が咲く未舗装の道、これが自然の道というものではおまへんか。
アスファルトで埋め尽くされた道は地球が息が出来なくて、死んでいるようである。
アスファルトで舗装された街に雨が降ると、雨水は地面に染み込む事が出来ない。
大きなドレインで海まで流れて行く。
街の雨水、生活排水で、海水の量は増え、さらに地球温暖化で北極、南極の氷が解け、一層、海水の量は増える。
そのうち陸地は沈むかも知れない。
未舗装の道は高いハイヒールを履いた別嬪さんが歩くには良くない。
別嬪さんは歯を食いしばって、足元を確かめ、足に力を入れながら歩かないとすぐにこけるかも知れない。
別嬪さんが歯を食いしばった顔は別嬪台無しである。
でも、野生の動物達には良い道のようである。
未舗装の道を歩いてみると、野生の動物、植物の生き様を知ることが出来る。
物事をよく観察できる、いや観察するようになる。
文章(エッセイ)の書き方を勉強しているフリムン徳さんには非常にためになる。
人間の子供をも襲うと言われるカヨーテ(狼の一種)が私の未舗装の道を便所にしているらしい。
どうも牧草の中で用を足すより、楽に用が足せるからのようである。
時々、道の真ん中に糞のお土産を置いている。
カヨーテの糞の中に珍しいものを発見する。
形は犬の糞に似ているが、何かの動物の毛で覆われている。
食べた野うさぎか、野ねずみか、リスか、モグラかのどちらかに違いない。それだけではない、もっと変わったのも混じっている。
これは私にとっては大発見だった。
木の実の種がたくさん混じっている。
肉しか食べないと思っていたカヨーテが木の実を食べるのである。
そんなこと、考えたこともなかった。
猫が緑の草を食べる。
鶏が砂も食べる。
フリムン徳さんが酒を飲む。
それぞれに何か理由があるか。
それも自然の営みのようである。
この未舗装のドライブウェイは私の車のためだけのドライブウェイではない。
ウズラの大群のドライブウェイでもある。
ウズラは牧草地の中の牧草の穂を食べた後、このドライウブウェイを40羽から50羽のグループで、行進して、我が家へ帰る。
私の車がその行進の後ろに近づいても、すぐには道を譲ってくれない。
車との間合いを計算しつつ、行進のスピードを速め、その最高速度の競歩でも、車にひかれると分かった時、ついに私に道を譲り、車のまん前から飛び立つ。
走る車のまん前から、40羽、50羽のウズラの大群が一斉に、飛行機のように離陸するのである。
その瞬間を写真に撮ったら、ええ絵になりそうだが、カメラに疎い私はまだ実行していない。
ところが、雨が降ると未舗装のドライブウェイは、ええ絵どころではなくなる。
降った雨は喜ぶようにして、この道を川のように流れる。
後には大きな凸凹が残ることになる。
2、3日も雨が降り続いた後は、注意深く凸凹を避けながらドライブしなければならない。
昔懐かしい言葉の「道普請」が必要となる。
今の人は「道普請」という言葉は知らないかもしれない。
昔、フリムン徳さんが小さい頃、喜界島の道は全部未舗装だった。
大雨の後は、村の人が総出で、「道普請」をした。
未舗装の道があったからこそ、村人達の助け合い精神が生まれたように思う。
「道普請」は、コンピューターに向かってエッセイの勉強ばかりをしている私の身体を使う運動の一つであり、仕事でもある。
この未舗装の道は懐かしい昔も思い出させてくれるが、地球が生きている事も、星の一つであることも教えてくれる。
山の中腹に建っている私の家から、暗闇の夜、この未舗装のドライブウェイを見下ろすと、光っている。
アスファルトの道は夜光らないのに、未舗装の道は光っている。
地球の神秘を見せてくれる。
星のように地球も光っているのだと、証明してくれている。