【長編官能小説#友情(第1話)】
(官能小説を投稿しています。SM、フェチシズムが苦手な方、18歳未満の方は閲覧はご遠慮ください。)
髪の表面になるくらいの小さな雨粒が落ちてきた。先日来の雨とは違った何処か温かみを含んだ雨だった。雨に温かみとはおかしな表現ではあるが他に表現のしようのない感触であった。
奈保子はイタリアンレストランの前に立った。橙色の灯りが店の中から漏れていた。その灯りが春の走りの街の空気に馴染んでいた。
木製の扉を引くとドアベルが頭の上に響いた。落ち着いたトーンに包まれた店内には6つのテーブル席の入り口から一番奥の窓際にある向かい合わせの二人席に亜希子はいた。先に奈保子を認めた亜希子が手を上げた。
「ご予約でしょうか?」奈保子の姿を認めた店員が訝しむように言った。亜希子に向けた視線に合点がいったようにその店員が表情を崩した。店員に先立って奈保子は亜希子の向かいに歩き出した。
「ひさしぶりね」奈保子が言うより先に亜希子が言った。
「ごめんね」誘っておきながら遅れてきたことを奈保子は詫びた。
「わたしもちょっと前に来たところ」深い翆がかった瞳が輝く亜希子の容貌は今でも美しい。
(すこしふとったかしら…でも、やっぱりこの娘(こ)には敵わない…)
奈保子に素直に認めさせるほどに亜希子は美しかった。
「ごめん、突然誘ったりして」
「そんなことはないわ。週末だっていうのに誰にもかまわれなくって…待ってたの、誰かに誘われないかって」そう言った亜希子の言葉は奈保子の心に偽りのものとして響いた。これほどに美しく卒のない亜希子に奈保子は微かに嫉妬心を覚えた。
…
奈保子が最初に挫折を覚えた相手は目の前で微笑んでいる亜希子であった。高校を卒業してから年賀状だけで頼りない友情関係をつないでいた二人に再会の機会を与えてくれたのは仕事を得て屈辱に近い降格人事を言い渡され、思いの持ってゆき場所を失ったときに不意に浮かんだのが、『私はいま理不尽な仕打ちを受けながら東京で踏ん張っています。聡明な奈保子にはそんなことはないとは思うけど、気持ちの整理がつかないときは声をかけてね』というメッセージとともに携帯電話の番号とメールアドレスが書き込まれた年賀状を奈保子は思い出した。
…
アルコールをザルのようにこなしていく亜希子に対して、奈保子はアルコールに呑まれてしまうタイプであった。
「わたしには分かるような気がする」亜希子の言葉に痺れかけた頭が覚醒したように思えた。
「わかるってどういうこと?」
「奈保子だけじゃないってこと、わかる?」引き込まれそうになるくらいに深く美しい亜希子の翆がかった瞳が真っ直ぐに奈保子の瞳を捕らえた。
…
「……」奈保子は壬生との一夜のことの一部始終を話した。それ以外のことは笑みを浮かべながら奈保子の言葉を訊いていた亜希子は奈保子がそのことを話し始めると居住まいを正すようにして表情を変えて「面白いな話ね。ここじゃなんだからわたしのウチに来ない?今夜は朝まで話そうよ。明日は休みでしょう」亜希子の有無を言わせぬ物言いに気圧された奈保子は亜希子に従った。
―つづく―