【小説】私の高校生活パート2 (一)
春、私は高校に通い始めた。
十三年ぶりの青春。
色々なことが待ち遠しく思える。
修学旅行、体育祭、文化祭。部活動だって大会には出られないけれど、できることはあるはず。
私は胸いっぱいの高揚感を抑えきれないまま、もう七分ほど咲いた桜が側に立つ校門をくぐって行った―。
「おはようございます」と、春風が過ぎる度に運ばれてくる声は青く若いものだった。私の年季の入った「おはようございます」の声が少し恥ずかしく思えた。
校舎に入ってすぐ、私は並ぶ下駄箱の多さに目を見張った。こんなに広い場所だったかと、自分の記憶を疑った。
自分の靴箱の前で上履きに履き替えると、私は懐かしさと新鮮さを交互に感じながら教室へと向かった。
開いた窓から吹き込む暖かな風、タンタンと響く階段を上る自分の足音、どこかから聞こえる話し声―。掲示板や壁に張られた連絡事項や部活の勧誘ポスター。それを止める画鋲の鈍い輝き。
私はその世界に自分が紛れられているのがこの上なく嬉しかった。
一歩一歩噛み締めて、二階の教室へ行くのに体感では五分かかったように思えた。
ようやく見えた私の教室。
その黒板側の扉に手をかけて、私はゆっくりと開いた。
上半分のガラス越しに中が見えなくはないが、私はあえてそうしなかった。
向こうにいるのはこれから3年間をともにする仲間たち。どんな子がいるのか楽しみで仕方がない。その出会う感動を存分に味わいたかった。
ガラガラと音を立てながら開かれた扉。
そうして私は一歩踏み出し、教室中を見渡した。
そして逆に向こうにいる子達からの視線を私はいっぺんに浴びた―。
それらは、全く温度を持っていなかった。
教室の時が止まった。
あー、やはりそうか。
一度踏み外した人間はこういう風になるのだと、私は改めて感じ得た。
「キーンコーンカーンコーン」と、教室の時間を進めるようにチャイムが鳴った。それとともに先生が私の隣から「ホームルーム始めるぞー」とぶっきらぼうに言って教壇の上へと立った。
私に向いた視線の半分がそちらに行った。
私は先生の言葉にならって、廊下側、前から二番目にある自分の席へと向かった。その足取りはこの教室まで来るときとは違う重さがあった。
「おっけい。それじゃあ、入学式から一日経つけど、昨日言った通り今日からまた一人このクラスで一緒に学んでいく人が居るので、よろしくお願いします」
先生がそう言ってこちらを見てきた。
教室全員の視線がまた、こちらに向かって飛んてくる。
「それじゃあ、自己紹介。よろしく」と、先生が丁寧にも手のひらで私に促した。私は返事もなく立ち上がると、しっかりと全員が見える方へと向いて笑顔を作った。
元からある最近気になり始めたほうれい線をなぞるようにくっきりとシワを作って。
「本日からお世話になります、糸井塔子と申します。高校生活は二度目になります。それでも皆さんと楽しんでいけるよう努めていきますので、よろしくお願いします」
深々と礼をした。
最敬礼に近いくらいに。
そうしないと自分の似合わない、ただのコスプレと化したセーラー服姿があたかも晒されているようで―、私はその集まる目達から逃れたかった。
「はい、ありがとう。えーと、まあ。そういうこので…」
先生も言葉に詰まった様子だった。
どうにかカバーできればと言葉を選ぼうとしていたが、何も出てこなかった。
そして一言、「まあ、皆仲良くな」と零すように言った。
私は椅子に座ると、自分の心臓が思ったよりも落ち着いた鼓動でいるのに驚いた。顔も熱くない。恥ずかしい思いをしていたはずなのに―。
もうそこまですべてどうでも良くなったのだと思った。
三十歳。二度目の高校生活。
今回は卒業できればと、私は頬杖をついて先生の話を聞いた。