とても良い日
僕は今日朝起きるのがやや遅かった。昨日の夕方にコーヒーを飲んだからだろうか。それに今日は天気が悪かった。そのため散歩には行けたのだがいつもより体にかける負荷を減らした。散歩を終え、昼ご飯を食べてからはリラックスして過ごせている。しかし僕は孤独感や焦燥感が深い恥辱と苦痛を僕に感じさせる。それがつらい。何故そうなるのか、僕にはメカニズムが分からない。
さて最近の僕は癖の強い記事を書いてきたが、こういう日常の所感を色濃く反映した記事をしたためるのも悪くない。僕はこのnoteを始めて、何かが劇的に変化した訳ではない。アメブロの延長線上にあるだけだ。それにしても僕は1日に2、3回コーヒーを飲むのだがこの間に僕は極めて落ち着く事が出来る。今日は運動もしたし、放縦に過ごせば良い。療養生活なのだ。この和歌山での療養生活が終わった後もあまり無理をしたり、負荷を加えない方が良いだろう。僕は何度も悪化と改善を繰り返してきた。もう分かっただろう。自分が統合失調症だからあれが出来ないだとかこれが出来ないだとか変に卑屈になって己の可能性を制限する事は無論ないが、自分が統合失調症の当事者であるという事実を忘れるのは駄目だろう。何故かと言えば自分の疲労感、感覚の爆発、パラノイド的な病状から生じる陽性症状、抑鬱などの陰性症状。それらを強引に治そうとし、自分は健常者だからと無理を仕入ればたちまち人生の闇の深潭に落ちてしまう。
しかし僕は毎日自分が成長出来ているのを感じている。自信もついてきた。これから僕は自分の悩みに即した対処を行っていく。行動の歪さを是正するのは勿論の事、もっと面白い人に僕はなりたいのだ。僕は突拍子もなく面白い着想を与える事が出来る。友達はほとんどいなくなった。それは僕の黒歴史の為なのだろうか、付き合いきれないと見放されたのだろうか。まあそれも仕方のない事だ。これから僕は異常な行動や不審な行動を気をつければ良い。しかしとても良い日が続いていて僕はすこぶる満足だ。この滾る充足感。素晴らしい、人生はかくあるべきだ。