消去メーター
それは、ある日突然現れた。
しかも、ここだけではない。世界中の都市という都市に、未確認飛行物体のように静かに、しかしいきなり現れ、都市が見渡せる建造物の上空に留まり、3桁の数字を表示しているのだ。
その3桁の数字は、ホログラムなのか光粒子の操作なのか、しくみや原理はわからない が、360度どこから見ても数字として読むことができた。さらに、この数字の値は最初999を示していたものの、時間の経過とともに少しずつ減少していくようで、今ではその都市によってまちまちになっている。
某国では、象徴的な女性像の頭上にそのメーターが出現したことから、国防軍を動員してそれを排除しようとしたのだが、10メートル以内には強烈な反重力が作用しており、近づくことができなかった。また、中東地域の某国ではピラミッド上空のメーターへのミサイ ル攻撃も試みたようだが、ミサイルはそのメーターをすり抜けてしまい、リモート制御でミサイルを爆発させても、全く何の効果もなかったようだ。
「この数字は何を表しているのだろう?」
「まさか、これがZEROになったら破滅するとかじゃないだろうね。」
各国メディアも様々な研究機関や専門家の見解を報じたが、その構造原理もその数字の意味も一切が謎のまま時間は経過していった。そして3桁の数字は毎日少しずつ減少を続けていくのだった。特に、ミサイル攻撃を加えた都市のメーターが表示する3桁の数字は 他の都市のメーターに比べては数字が小さくなっていた。
世界各国はこの情報から
「攻撃してはいけない。
もしメーターがZEROになったら何かが起こるのかもしれない」
との恐怖から一切の攻撃を停止した。
また、とある宗教色の強い某国では、このメーターを宗教的な象徴として全市民で「祈 り」をささげる都市もあったが、それでも毎日少しずつメーターが表示する数字は減少していくのだ。
一方、数字が減っていない都市もある。ヒマラヤ山脈エベレストに近い某国である。ここでは、数字が時に減ることもあるがまたすぐに増えるのである。何がどう作用して、どんな時にメーターの数字が減って、どうしたら数字が増えるのか、具体的な理由は明確ではない。こういった都市は世界各地にも点在しており、日本でも地方都市の一部などでは数字が減少せずに維持されているのである。
問題なのは数字がどんどんZEROに近づいている都市である。
特に民族間紛争で未だに大量殺戮を続けている都市や、地球環境問題を一切無視して未だに大量の公害物質を排出している都市など、今やそのメーターの数字は2桁になっていた。
国連の難民支援団体は、難民や一般市民をその紛争地域の都市から退去させようと動き出した。今やこのメーターは世界中で監視されていて、そのメーターの数値もリアルタイムに全世界で共有されている。難民の退去にあたっては国連軍だけではなく、某国国防軍や日本の自衛隊も投入することが決定され、亡命の受け入れにも世界各国が協力をし た。
2桁の数字を指していたメーターはどんどん数字が減少し、今や1桁になっているが、一般市民がその都市に残っている状態ではなぜかZEROにはならなかった。
U氏は、国連軍として避難活動に従軍していた。
最後の一般市民を輸送車両にひきあげると、
「さあ、乗ってください。隣国のA市まで護送します。
大丈夫です。皆さんの受入れ手続きもすべて対応済です。」
U氏は笑顔で最後の一人の背中を支えた。
U氏たちを乗せた輸送車両が走り出した。
問題の都市を出てしばらく走ると。
「我々は見ています。」
という大きな声が、耳からではなく、頭の中に直接入ってきた。
次の瞬間、ZEROを表示したメーターは問題の都市を光に包んだ。それは静かで厳かな霧のように感じたが、光がやんでみると問題の都市は完全に消去されていた。紛争で破壊された建造物の残骸も、都市の中核であった宗教的な寺院をはじめ人造の建造物はすべて跡形もなく消去されていた。
見渡す限りただ静かな原野が拡がり、ところどころには泉があって、残された犬や猫、牛や馬、カラスやネズミなど自然界の動植物は何なかったかのように戯れている。
建造物や汚染した川やゴミや瓦礫も、人間がいた痕跡その全てが消去されていたのだ。
世界は震撼した。
メーターは「消去メーター」と名づけられた。
「決して数値をZEROにしてはいけない。」
「しかし、どうすればZEROにせずに済むのかが判らない。」
ただ一つだけ判ったことは、今回の避難活動に関わり、協力をした各都市は少しだけ数字が増えたのである。これには傍観を決め込んでいた某国は焦った。
「どういうことだ。人道支援をすれば数字は増えるのか。」
「いや、金を出せばいいということでもなさそうだ。中東の某国は最大の資金援助をしたはずだが、消去メーターの数字ははどんどん減り続けているからな。金では解決できないようだ。」
「じゃあ、どうすればいいんだ。やつらは何を見ているというのだ。 やつらとはそもそも誰なんだ。」
結果として行動は二つに分かれた。対策が見いだせずにその都市から逃げ出すことと、もうひとつは日本に地方都市がはじめたことだが、施政者たちが中心になって住民に対する道徳教育を開始すること。ただ、これには大変な時間とコストがかかるが、心ある施政者の都市では、日常生活をつづけながらも経済と道徳を融和し私利私欲に走る ことなく社会に貢献すれば、いずれ自らに還元されるという二宮尊徳翁の報徳思想での教育を始めたのだ。町の公会堂や公民館では連日連夜、地域ごとの指導的リーダーを配置して草の根的な活動を続けているのだ。
一方、避難を決めた都市では
「いまさら、あんなことをしてどうなる。間に合うもんか。
それなら数字の高い都市に移動した方が手っ取り早い。
都市市民の安全を最優先に避難命令を出そう。」
かたや、隣接する少しだけ数字の高い都市では
「他の都市からの流入は認められない。各主要道路と交通機関にゲートを設けて我が都市市民以外の流入を止めるんだ。」
避難住民の受入れ交渉で、施政者たちは舌戦を繰り広げたものの、この二つの都市の消去メーターの数字が一挙に減っていったことから、それぞれの施政者たちは市民による糾弾をうけて即時に解任された。そして、新たな施政者を選出して道徳教育を始める計画を議決すると、消去メーターの減少は一旦停止したのだ。
そして、環境破壊が進んで消去メーターの数字がもはや2桁に達していた都市は、世界中からの環境対策支援資金と環境対策技術を投入したとにより、こちらも数字の進行をいったん止めることに成功した。
何よりも、世界各国各都市から競うように人道支援が進められたためである。今後は数字の回復に向けて、クリーンエネルギーへの切り替えとともに、経済活動最優先の価値観を切り替えていくことが計画されているが、おそらくこの都市での環境対策を世界 各地へ人道的に広めていけば、消去メーターの数字は必ず増えていくはずだ。
「我々は見ています。」