蓮華山麓(16)─根なし草稼業

  編集部手伝い期間が終了して、正式に営業部の一員になってからは天国だった。残業も締切もない、外でからだを動かして仕事ができる、ストレスがないのだ。
  私の親父が生前語った数少ないためになった言葉がある。「からだの疲れは寝ればとれるが、頭の疲れは寝てもとれんぞ」全くそのとおりである。
  この会社の営業部は、日本全国の中学高校を回り、教材の見本本を届けつつ担当教諭に売り込み評価を聞き採用を依頼するという、だから車での長期出張が主だった。
  通常1~2週間、長い時は3週間にわたって車で移動しながら学校を回るので、一年の半分以上がホテルや旅館暮らしだった。
  二人一組の移動なので、新人はベテランについて教わりながらの旅である。ベテランは、まあ新人だから最初はいろいろなところへ連れて行ってやろうとサービスしてくれる。おかげで私もあちこち旅行させてもらった。仙台から熊本まで、ただで旅行ができたのだ。
  しかしながら毎日が旅の空、気楽といえばそうだが仕事が終わって宿についても、飯を食ったらすることがない。パチンコか、なにかを継続できるといったら読書くらいである。編集にいたときは毎晩遅く帰って、飯食って寝るだけの日々だった。
  だんだん私のなかで「これを続けていると、根なし草になるのではないか?」という疑問がふくらんでいったのだった。
  

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