蓮華山麓(23)─山の試験場
人生はつねに出たとこ勝負である。
ヨーコさんが「うちにいてもそう手伝ってもらうこともないし、ここへ行ったら勉強になるんじゃない?」といって、新聞でみつけた農業試験場の話をもちだした。
それは旭町の隣の稲武町にある農業試験場が、研修生を募集しているという記事だった。ここからなら通えるから、平日はそこへ行って週末はうちの手伝いをしてはどうか、という提案だ。
ようがす、いってみやしょう!と私は原付バイクで面接に行った。稲武分場と略されるその試験場の正式名称は「愛知県農業総合試験場山間技術実験農場」というおそろしく長い名称で、稲の育種や野菜、花の栽培研究をするところだった。
場長さんは、はっきり言って迷惑顔だったと思う。ここが研修生を募って地元農家の青年育成に貢献してきた歴史はけっこう古く、昭和三十年代までは毎年研修生がいたらしいが、ここ何十年かはゼロだった。ただ慣例で募集をだしていたのだ、役所らしいではないか。
そこへひょっこり、えたいの知れない青年が現れたのだ。しかも非農家で将来農業に就くかどうかも怪しい。
いったいこいつに、何をさせればよいのだ?定年間際の役人場長には、絶対に迷惑だったにちがいない。