蓮華山麓(31)─田舎町長屋住まい

  はりまや長屋と養鶏場は5キロほど離れていて、私は原付バイクで通った。このころはまだ大町の市街地も活気が残っていて、長屋から歩いて行けるところにスーパーの松電ストアーがあり、銭湯の梅の湯があり、ジャスコもあった。
  私の部屋は風呂無しだったから、梅の湯には週に何回か入りに行った。毎日でないのは金がなかったからだ。銭湯の隣には新開園というラーメン屋があった。いかにも支那蕎麦という感じのラーメンだった。
  大町の夏の風物詩、王子神社の祭礼を通りで見物したり、お祭りだから寿司をとった大家さんがお裾分けをくれたり、田舎町の夏を気楽な独身者として満喫したものだ。
  三軒長屋の真ん中に入った私の東隣は化粧品セールスレディが昼間子供を預ける無認可保育で、夜は誰もいないから静かだった。
  西隣は若い夫婦が住んでいた。そして狭い通路で犬まで飼っていた。ジローという雑種犬だった。若い夫婦には生まれたばかりの赤ん坊がいて、薄い壁を通してよく泣き声が聞こえた。
  この女房は当時まだ18か19で、経済観念が乏しかったようだ。夫婦喧嘩はよくしていたのだが、その声がまる聞こえだったのだ。
「なんで金がないんだよ?」
「知らないわよ」
「知らねえわけねえだろ!10万円がなんで消えちまうんだよ!何につかったんだよ?」
  そんな喧嘩を夜中にしていた。赤ん坊は泣き出す、不穏な空気にジローまで鳴き出す。修羅場だった。

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