蓮華山麓(18)─人生は出たとこ勝負

  会社を辞めた私は、夏の間とりあえず旧知の北アルプス針ノ木小屋にいた。これからどうするのか、まだ何も決まってはいなかった。
  よくいうことだが、仕事が嫌だから辞めるというのはよくない、辞めるなら次の目標や予定がたってからにせよ、と。
  だが私はそうそう段取りよく歩いていかれる人間ではない。私が辞めたくなったのは、会社や仕事が嫌だからというよりは、生き方に疑問を持ってしまったからだ。
  都会的なライフスタイル、勤め仕事で給料を得て、人並みの家を買ったらローンを払い続け、余暇には登山などして趣味を楽しみ、子どもを大学まであげてやり……
  そんな昭和後半から常識的となった中流ライフを私は自分のものとは思えなかったのだ。
  自分にとって幸せな生き方とは?
  それを探すには、一度レールをはずれるしかない。レールに乗ったままでは探せない。今思えばその時は、かなり思い詰めた、覚悟をきめての決断だったのだ。
  とはいえ具体的な展望はまるでないので、出たとこ勝負である。つまり、この時私は、「出たとこ勝負の人生を生きていく覚悟をきめた」ということになる。
  それは本当に、その通りになる。

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