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親愛なる美紀さんへ② Ma chère Miki

9月27日、東京

お元気でいらっしゃいますか?十五夜の日は昼間33℃まで気温が上がりましたが、やっと涼しい風が感じられるようになった東京です。

美紀さんのお仕事についての考え方の変遷、そして子育ての喜びと引き換えに失ったもののこと、とても興味深く読みました。そして私も同じような考え方をしてきたところがあると気づきました。

私の場合は、フランスの大学に留学した後、最初の就職はフランスでした。当時バブル景気で好調だった日本企業に買収されたフランス企業の通訳、兼、秘書で、フランスの会社員生活に没頭しました。大学時代に友達から「結婚せずにキャリアウーマン(当時流行った言葉!)になりそう」と言われていて、そうなるのではと思っていましたが、人生は不思議なもの、結局、友達の誰よりも早く結婚(26歳)しました。

結婚して日本に帰国してからはフランス系企業で働いたり、通訳等しましたが、私も長男が生まれた時に仕事を辞めました。子供が初めて歩くとき、初めて言葉を話すとき、その場に居合わせたいと思ったからです。そして、そうできる環境にいたことは本当にありがたかったと思います。

美紀さんは「子育ては自己セラピー」と書かれていましたが、少しうらやましく感じました。というのは私の経験は少し違っているからです。国際結婚という環境はもちろん、親、子の性格も私の子供時代とは違っていて、もう一回自分の子供時代の思いを反映させながら過ごしたという感じよりも新しい挑戦ばかりだった気がするのです。また私自身、子育てに対するビジョンがはっきりしていなかったと思います。子供が成人した今になって「こうすればよかった」「ああしてあげたかった」の念に苛まれておりますよ。(それがこの夏、特に感じたことでした。Noteの記事参照)その瞬間、その瞬間は精一杯やっているつもりだったのですが。

フランスでディナーで初めて会う人に「お仕事は?」と聞かれるシチュエーションでのとまどい。よくわかります。「弁護士」なり「デザイナー」なり肩書を簡単に言えるような職業なら悩むことはないのですが、自分の本当にしたいこと、今していることにはどんな肩書きが適当なのか、考えてしまいますよね。真摯でありたいと思えば思うほど。その上、初めて会う人に細かい事情を説明する時間も勇気もないですし。

上の子が5歳になる頃、少しずつ通訳・翻訳、パートタイムで会社勤めなどを再開しましたが、本当は自分はどんな仕事がしたいのか真剣に考えるようになったのは13年ほど前からでした。「フランス」という軸は変わらないものの、自分にできること、やりたいことをいつも考えています。

私の仕事について今まで積み上げてきた活動が実を結んでいるのでは?とおっしゃっていただき、光栄です。そして同時にこの先どんな仕事をする予定なのか、というご質問をいただきました。実はなんとなく形が見えつつも模索中。美紀さんが書くことで自分の声が聞こえるとおっしゃっていましたが、その通りです。今までの自分の仕事を振り返りつつ、これから考えをまとめてお答えできればと思います。

しあわせな子育て期がそろそろ終わりを迎えることに落ち着かない気持ちを持たれているのですね。生活のリズムに変化が起こることを感じていらっしゃるのだと思います。でも、それも自然な人生の流れなのですよね。これから「働くということ」について何回かに分けてお話しいただけること、楽しみにしております。

梨やきのこがお店に並ぶようになり、秋のメニューを考えるのが楽しくなりました。ベルサイユのマルシェの様子など想像しています。

Avec toutes mes amitiés 友情を込めて

信子

追伸: スポーツクラブには登録せずに今日に至っております。あれから何回も勧誘の電話がかかってきてイヤになってしまったという、そんな理由です。



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