[ラス/キュイ] 幼なじみ:4話
濃い茶髪の少年とサーモンピンクの髪のミケ族の少女は、足音を忍ばせながら洞窟の中へと進んだ。
ラスとキュイが閉じ込められたのと同じ牢屋は四つだけで、以後は石で構成された狭い通路だった。
石壁にかかったたいまつに子供たちの二つの影がゆらゆらと揺らめき、小さくなったり長く伸びたりが繰り返された。
通路は長かった。
ドスンドスンという音と悲鳴はもう聞こえなかったが、この長い沈黙が良い兆候なのかどうかは、子供たちには分からなかった。
石の道は少しずつ下に傾斜していた。
まるで深いところに導いているようだった。
ラスは口をぎゅっと閉じて前に進み、キュイは時々後ろを振り返ったが、これといった言葉は出さなかった。
道の終わりが見えてきた。
その先には頑丈そうな鉄の扉があった。
「扉があるよ?」
キュイがふむふむと扉の周りを見回した。
狭い洞窟を隙間なく塞いだ鉄の扉は、同じく鉄で作られたかんぬきがついていた。
「ラス、この扉はこっちから鍵がかけられてるよ」
キュイの言葉にラスもうなずいた。
「この中にいる人たちを 出られないようにしてるのかな?」
かんぬきは固く閉ざされていた。
ラスは鉄の扉に耳を当てて向こうの様子を見ようとした。
冷たい金属の向こうに聞こえるのは、静かな沈黙と風の音のようなものだけ。
「中に人がいるよね?」
「キュイとラスが来た時、誰も見られなかったから、ここにいるんじゃないの? 秘密の通路のようなものがなければね」
「じゃあ、入ろう」
かんぬきを握ったラスがキュイと視線を合わせた。
開けるよ? 眼配らせで合図を送ると、キュイがうなずいて魔力を集め始めた。
キュイの頭上の火の玉を見ながら,ラスは強くかんぬきを内側に引っ張った。
金属が擦れる音とともにかんぬきがほどけた。
ラスは深呼吸をして鉄の扉を力いっぱい開けた。
厚い鉄の門が開くと、風が子供たちの方に吹き込んできた。
ラスとキュイの目が大きくなった。
扉の向こうは、今まで通ってきた通路よりはるかに広くて巨大な空間があった。
洞窟の天井は、ラスを十人上へ立たせても届かないほど高く、風が吹きつける音は、ここが閉ざされた空間ではないということを知らせていた。
広い空間であることは明らかだったが、子供たちはその広さを推し量ることができなかった。
目の前に人工的に作られた壁のようなものがそびえ立っていて、視野を遮っていたためだった。
壁は長く伸びており、扉と繋がっているところだけが入口のように開いていた。
「すごく広いじゃん……?」
キュイがピョンと音を立てながら壁の向こうを見ようしたが、無理だった。
ラスがキュイを肩車したとしても、壁に手の先も届かないほどだった。
「うぅーなんか気持ち悪い~。入ってこいというように、あからさまに開いてるし~」
壁の唯一の入り口を見ながら,キュイはブツブツ文句を言った。
ラスは看守の言葉を思い出した。
彼は選ばれたかどうかがわかるだろうと言っていた。
それだけでは、ここが何をするところなのか全くわからなかった。
「あの壁の向こうに行かなきゃいけないみたいだね、キュイ」
「むぅ、元も子もない気分! ラス、これって罠じゃないの?」
キュイの言う通り、怪しいことは確かだった。
確かに拉致した時も、キュイを捕まえた人、後ろからラスを捕まえた人で、少なくとも二人はいたはずなのに。
一人の看守を倒したとしても、残りの一人が残るうえに、このように広いところをたった二人が守っているのは何かおかしい。
「あそこに入ると、なんだかあの扉が閉まりそうだよ。そうすれば、ウチ達はまた閉じ込められちゃうよ」
「うーん、キュイ、あの扉を壊すわけにはいかないよね?」
「鉄だからムリムリ! 継ぎ目とかなら溶かしてみることはできるけど、そうしたらキュイの魔力が全部吸い取られて干乾びてミイラになっちゃうよ!」
何があるのかも分からない状態で、キュイの魔力を全て使ってしまうのはよくなさそうだ。
「危なそうだけど、だからといって戻るわけにはいかないよ。ここまで来たから、他の人たちを救おう」
ラスの力強い言葉に、キュイも真剣にうなずいた。
「そうだよ、ここまで来たんだから、一儲けしてから帰んなきゃ」
そうじゃないよ、キュイ。
ラスの中の常識が頭を垂れたが、口げんかをする時ではなかった。
二人の子供は、警戒した猫のように入口に足を踏み入れた。
入口に入ると、先程見たような壁が広がっていた。
壁と壁の間の通路は、右と左にずっと続いている。
二人の子供はすぐに、この奇妙な構造物の正体に気づいた。
「キュイ、これ迷路みたいじゃない?」
「なんでこんなものを作ったの!? あの誘拐犯たちの正体は何なのさ!?」
キュイの声が洞窟に響き渡った瞬間、再び床が揺れた。
キュイは耳をすませ、ラスは辺りを見回した。
ドスンドスンと響く振動が徐々に静まった。
ずっと続くかと思って警戒したが、それ以上は鳴らなかった。
この奥に、何かがある!
「すごく大きいものがあるみたいだね? もちろんキュイは全然怖くないけど!」
「キュイ、危ないと感じたらすぐ逃げるんだ。グランロード・レオンも退く時を知ることが重要だって」
「キュイの方が早く走れるもん! ラスこそ逃げ遅れて泣くなよ~!」
怖がっているせいか、子供たちの声はいつもより甲高く、早口であった。
それでも帰らない理由は、各自が抱いた目的はもちろんながら、好奇心が沸き上がっていたからだ。
ここは一体何をするところだろう? ラグナデアの近くにこんなところがあったっけ?
分かれ道が現れると、自然に足を止めた。
「行く方向を決めなきゃいけないね」
左と右を交互に注意深く見ていたキュイとラスは、同時に叫んだ。
「左!」
二本の指が同じところを指していると、キュイが素早く反対方向に手を回した。
「右!」
「……変える必要はないじゃないかな」
「キュイは元々、右に行こうと思ってたの!」
「そうだね、そうだね。右に行こう」
子育てをする大人たちの苦労を切実に感じながら、ラスはちょこちょこと動くキュイに合わせて足を運んだ。
それほど長くない角を曲がるやいなや、すぐに壁が塞がったが、その壁の端には木でできた宝箱のようなものが置かれていた。
「宝箱だ! キュイのものだよ~!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! キュイ!!」
止める間もなく飛び出したキュイが、ぱあっと宝箱を開けた。
その瞬間、箱から何かが凄い速さで飛び出し、キュイに飛びかかった。
[キュイ、会いたかったのよ! ]
「エレス!?」
ラスとキュイが驚いて叫ぶと、ハリネズミがぴょんと飛び上がった。
[エレス、また捨てられるかと思ったよ! エレスを捨てないで!! ]
「捨てない、捨てない! キュイはエレスを奪われたんだよ! ちょうど今、悪いやつらからエレスを取り戻してきたところなんだよ~!」
[エレスはキュイを信じてたよ! エレスもキュイが捕まらないように努力したけど、エレス一人じゃ無理だったよ……]
キュイとラスはエレスのしょんぼりとした言葉に驚いた。
エレスは気絶した二人の代わりに外の状況を見ていたはずだ。
「エレス、キュイが気絶してからどうなったか知ってる? 拉致した人が何人とか、ここがどこだとか?」
キュイの言葉に、エレスの丸い体がぐっとしぼんだ。
[エレスもよく分からない。エレスは少し疲れててグランウェポンの中で休んでいたから。寝ている間にグランウェポンが動いたから、キュイが家に帰ると思って目を覚ましたよ。ところが馬の上にいたんだよ! 顔を隠した人が気絶したキュイを馬に乗せて走っていんだよ。人は二人だったよ。もう一人をラスを連れて馬を走らせたよ。エレスはキュイがいないと力を使うことができないよ……ビナを呼びたかったけど、遠すぎて行くこともできなかったよ。エレスは体に流れる電気でチクッとさせたけど、怖い人はびくともしなかった。むしろエレスを叱ったよ。邪魔すると森にグランウェポンを捨てるって。 エレスは……捨てられるのが嫌で、グランウェポンに戻ってしまったよ……キュイ、ラス、ごめん……]
話を終えたエレスは、体を丸めて顔を隠した。
トゲトゲの玉の形なので持ち上げることもできなかったので、キュイがぴょんぴょん跳ねた。
「エレスはどうして謝るの? これはキュイとラスを捕まえてきた誘拐犯が悪いんだよ! その誘拐犯の一人は、キュイがやっつけたんだから!」
[本当? すごい! さすがエレスの契約者よ!! ]
「エレスとも再開できたからキュイは無敵だよ~! 早く残りのヤツも見つけて、やっつけちゃおうよ!」
[いいね!! ]
そうやってハリネズミをなだめたキュイは、宝箱からエレスのグランウェポンであるオーブを取り出した。
箱にはオーブの他にも色々な種類の武器があり、ラスにとって見慣れた剣もあった。
エレスまで入っていたのを見ると、持ち主のいる武器を適当に積んでおいたのだろうか? しかし、不思議なことに、大きな武器は見当たらなかった。
カルリッツが振り回したハンマーや身体より大きい盾、背を一気に越える槍のようなものはない。
箱にぴったり収まるサイズ。
まるで子供たちが扱うにも負担にならない武器だけを集めておいたようだった。
ラスは素手よりは何でもあった方がよかったので,剣を取り上げた。
銀色の刃がまっすぐ伸びていて、クロスガードに小さな赤い宝石が刺さっているショートソードだった。
ラスは剣の柄が温かいことに気づいた。
エレスの時と同じだ。
「もしかして、これはグランウェポンじゃ?」
「これ全部グランウェポン? じゃあ、全部盗んできたの!?」
「それはわからないけど、この剣は温かいよ」
ラスはそう言って剣を見下ろした。
「君がグランウェポンなら……もしかして契約者がいるの? その人を探してあげようか?」
剣の柄から一層熱くなった熱気が感じられる。
赤い宝石がかすかに光を抱くが、ついにグランソウルは現れなかった。
「すごく内気だね。はっきり言わないとわからないよ! 英雄の魂なんだから!!」
「落ち着いてよ、キュイ。契約者でなければ、話すのも嫌がるグランウェポンもいるんだって。ここを出てカルリッツに任せれば、持ち主を探してくれるよ。イブ様は、聖木から続くグランウェポンの契約者たちを皆覚えてるって言ってたよ」
キュイをなだめるラスは、宝箱を見つめた。
この残りの武器も全部グランウェポンなのかな? しかし、箱いっぱいに入っている武器をラスとキュイが全てを持ち運ぶのは到底無理だ。
やはり、すっきりとしない。
これ見よがしに武器が置いてあるのは何のためだろうか?
「キュイの勘が当たったよ。ここに来る前に分かれ道があったんだけど、エレスを感じて右側を選んだんだ~」
[エレスとキュイが通じたんだ! ]
「最初は左にしてたのに……」
キュイ限定の常識であるラスが泣きそうになったが、グランウェポンと契約者の再会を邪魔しないという平和のラスも同時に現れ、ラスは今回も平和の方を選んだ。
エレスと騒いでいるキュイを見ていたラスは、思わず握っているグランウェポンを見た。
赤い宝石がちりばめられたグランウェポンは温かったが、依然として何の応答もなかった。
「オレには足りないのかな。オレに力があったら、グランウェポンが応えてくれたのかな……?」
焦ってはいけない。
わかっているけど……ラスは弱くなりそう気を引き締めた。
二人の前には、何が起こるかわからない空間が続いていた。
ラスは温かさが伝わるグランウェポンを、さらに握り締めた。