[ラス/キュイ] 幼なじみ:5話
エレスを取り戻したということは、キュイの火力が倍に増えたという意味だ。
グランウェポンで強化された強力な火炎は、何が飛び出してくるかわからない迷路で、二人の安全性を高めてくれることは明らかだった。
しかし、問題は思いもよらないところから生じた。
何が飛び出すかわからないはずの迷路では、何も飛び出して来ず。
そして、キュイは忍耐力が高くない方だった。
ラスとキュイは、さっきまでこんな会話をしていた。
「キュイ、騎士団のお姉さんが教えてくれたんだけど、迷路と迷宮は違うんだって」
「何が違うの?」
「迷路は人を迷わせるための場所だから、道がいくつも別れているし、迷宮は道は一方向だけどすごく長くて複雑に作られているんだって」
「じゃあ、なんで迷宮を作るの? 一方向なら、それで十分じゃない?」
「迷宮は、真ん中に伝説の怪物を閉じ込めておくためだって。道が複雑に絡み合っていると、簡単に抜け出せないんだよ」
「じゃあ、ここが迷宮なら真ん中にはすごく大きな怪物がいるってことだよね!?」
「うん、迷宮じゃないことを願わないと……」
「うわぁぁぁ!! また行き止まりだぁ!!」
幸いなのか、不幸なのか、ラスとキュイが迷うところは迷宮ではなく迷路だった。
さまよっている間に不審な人間やモンスター、落とし穴など何も出てこなかった。
ラスとキュイは退屈ながら来た道を戻り、方向を忘れてまた同じところに行ったり、他の場所に行って行き止まりを繰り返した。
何回目なのか数えることも諦めた行き止まりで、キュイがついに爆発した。
「こんなんじゃ、キュイの身代金稼ぎは不可能だよ!!」
「不純な目的を大声で言わないで……」
「わかった、ラス? こんなにグズグズとしてたら何もできないんだよ!!」
活火山のように怒りをぶちまけたキュイが、肩の近くに漂うオーブを手に取った。
「こうなったら、キュイは武力で突破するよ!! ……エレス!!」
[え、え? 何ですか? ]
しばらく眠っていたエレスが、ポロロンと飛び出した。
キュイは目を輝かせながら言った。
「最大出力!!」
[キュウッ!? ]
キュイの突然の注文にも関わらず、エレスは反応してくれた。
黄色のオーブの宝石がまぶしく輝いた。
「キュイ、何をするつもりなの!?」
「ラス、そこにいたら巻き込まれるよ~!!」
キュイの前に巨大な炎の翼を広げる蝶が現れた。
起こる惨事を本能的に感じたラスは、身体を横に転がし、それと同時にキュイが叫んだ。
「行け、エレス!!」
巨大な炎の塊は、蝶という姿が嘘のように速く飛び上がり、そのまま迷路の壁に激突した。
小さな蝶は岩をも砕いてしまうのに、キュイほどの大きさの蝶なら言うまでもなかった。
魔力をたくさん吸収して身体を膨らませた蝶は、豪快に壁を突き破った。
石の粉がパラパラと飛び散り、続いてドーン、ドーンという音がこだまのように相次いで聞こえてきた。
音がおさまると、ラスは注意深く立ち上がった。
灰色のほこりが沈むと,大きな玉が転がったように一直線に貫かれた壁が見えた。
オーブを握ったままキュイが息を切らした。
「もっと早くこうすればよかった!」
「キュイ、大丈夫? 足がガクガクと震えてるよ……」
「うぅ、大丈夫! キュイは天才魔法使いだから、このくらいは平気だよ!」
キュイは派手に叫んだが、いつもより確実に疲れているように見えた。
「キュイ、ちょっと休んでて。オレが道を確認してくるから」
ラスの言葉に、キュイは首を横に振った。
「休んでる暇なんてある? キュイはここに閉じ込められた子供たちを早く救って、報酬をもらって、満足した気持ちでご飯を食べて、ぐっすり寝るんだよ! だから、グズグズとしているよりこっちの方がいい!」
そう言ったキュイは、壁の崩れた残骸を飛び越えて走り出し、ラスも仕方なくその後を追った。
急ぐという言葉は本当なのか、キュイはためらうことなく強制的に一直線になった通路を素早く通り抜けた。
その横を一緒に走っていたラスは、ふと何かを見つけた。
「あれは……?」
キュイが壊した壁越しに続いた通路に、何かが倒れていた。
一瞬、人だと思ったが、黒い染みが所々にある緑色の肌とそびえ立っている耳を見て、魔物だとわかった。
手を垂らした魔物の周りに黒い水たまりが濃く残っていた。
キュイの魔法に巻き込まれたら焼かれただろうし、剣で切られたように血が流れることはないだろう。
「元々、この迷路には魔物がいたんだ」
しかし、魔物は誰かがすでに倒し、ラスとキュイは少し退屈な迷路をさまよう姿になってしまった。
先に入ってきた人が退けたのかな? ラスとキュイは看守を倒して勝手に入ってきたので、迷路が正常ではない可能性もあった。
「ラス、置いていくよー!?」
遠くから聞こえる声に顔を上げたら、ほとんど向こうの端まで行ったキュイが見えた。
「あっ! 待って、キュイー!」
遅れてラスもキュイのところまで到着して、先程見たことを説明した。
「キュイ、あそこに誰かが倒した魔物の死体があったよ」
「え!? キュイより先に報酬金目当てのやつがいるの!?」
「……そんな人が他にいるわけないよ。やっぱり、オレ達より先に来た人がいるんだと思う」
「うーん、キュイは子供たちを捕まえた残忍な誘拐犯たち! と思っていたのに」
「グランウェポンを使える人たちを拉致したのかな……?」
「ラスはグランウェポン使えないじゃん」
「そうだね……」
軽くお喋りをしながらも、二人の子供は覚えていた。
牢に閉じ込められた時、人の悲鳴が聞こえたということを。
振動は何度か続いたが、その後は静かだということを。
「とにかく、危機に陥ってるはずだよね? 決定的な瞬間にキュイが救ってあげれば完璧だよ!」
キュイは不安を吹き飛ばすように話し、ラスはうなずいた。
そんな子供たちの前に、巨大な壁が再び立ちはだかった。
迷路の奥深くまで入ってきたような気がしたが、まだ出口は見えていない。
「エレス、準備して!」
「また壊すの?」
「ラスも見たじゃん。ぐるぐる回るよりこっちの方が早いんだよ」
[キュイ魔力をたくさん使ったよ……エレスはキュイが休んで欲しいよ]
キュイは豪快に叫んだが、グランウェポンの上に現れたエレスがキュイを心配そうに眺めた。
「心配しないで! キュイにも考えがあるんだって。ほら!」
キュイはマッチ棒ほどの小さな火をおこして頭の上に浮かべた。
空中にぷかぷか浮いている火が、吹いてくる風によって右に揺れる。
「見える? 風が吹いてるってことは、出口が近いってことだよ! だから、風が吹いてくる左側を壊せば出口と繋がってるということだよ!」
「出口が近いなら、キュイが無理して全部壊す必要はないよ」
「近いからといって道そのまま繋がってるという保障はないじゃんか! 一緒に迷路をさまよう人も、キュイが壊した道に沿って進めばいいし~。それで、キュイの利益になったら、ありがとうって言いながらキラキラをくれるはずだよ!」
そう言ってキュイは熱心に魔力を集め始めた。
エレスはためらったが、結局キュイに合わせて力を使ってくれた。
オーブの周りに結集した魔力マナが、再び燃え上がる火の蝶に変わった。
キュイの力強い手振りに火の蝶が再び迷路の壁を壊し始めた。
火の蝶は先程よりも明らかに遅くなった。
鈍い轟音が聞こえてきて、静かになったかと思う頃、突然悲鳴が聞こえてきた。
「うわあああーっ!!」
「!?」
ラスとキュイは同時に頭を上げた。
「今の、人の声だよね!?」
「向こうから聞こえたよ!」
悲鳴は明らかにキュイが火の蝶を飛ばした方から聞こえてきた。
ラスは最初に崩れた壁の向こうに走った。
まだほこりがまともに治まらず、まともに見えなかった。
「キュイ、ここにいるよ! オレが行ってみる!」
ラスが走るとふらつきながらも,キュイが追いついた。
「キュイ、一緒に行こう!」
「ウチが魔力をたくさん使ったの知ってるでしょ!」
「あの音、キュイのせいかもしれないのに、どうしてじっとしていられるの!」
そう言うキュイの顔には、汗がにじんでいた。
足取りもめっきり遅くなった。
無理しているに違いない。
キュイにこれ以上頼ることはできない。
ラスは力を込めて剣を握った。
ドスンという振動が地面から感じられた。
巨大なものがゆっくりと足を離すような地鳴り。
何かわからないものが、ゆっくりと足を踏み出していた。
これ以上は待てなかった。
「オレが先に行くよ!!」
キュイの返事を聞く前に、ラスは地面を蹴って走った。
キュイの蝶は幾つかの壁を壊して消えたようだったが、それだけで十分だった。
最後に壊れた壁の横の通路まで行くと、すぐ前に広々とした空間が現れた。
複雑に絡み合った迷路の最後は、広い空間だった。
その中でラスには巨大な山のように見える巨人がそびえ立っていた。
濃い影が長く伸びて、ラスにまで届く。
圧倒的な威容に、ラスの足も凍りついた。
「さ、ジャイアント……」
モンスター図鑑で見た記憶がある。
身長は人間の三倍ほどあり、身体が大きくて動きが鈍い代わりに、その力は兜と鎧を一度に潰してしまうほど強力だ。
その巨人はラスを見ていなかった。
自分の身体ぐらいの巨大なこん棒を床に引きずりながら、ジャイアントはゆっくりと左側に重い足取りで移動をしていた。
ラスもジャイアントが見る方向に首をかしげた。
その先には、壁に追い込まれた一人の男の子が見えた。
「逃げろ!!」
ラスの叫びに男の子はこちらを見たが、ジャイアントはラスを見なかった。
魔物の歩みは遅かったが、一歩一歩は大きかった。
起き上がった子供は、壁にもたれて足を引きずりながらもラスのところに行こうとした。
「足を怪我したんだね」
子供が自由に動けないことに気づいたラスは、壁の残骸である石ころを手に取り、ジャイアントに力いっぱい投げつけた。
「ほら、こっちを見ろよ!!」
しかし、石ころではジャイアントの厚い灰色の肌に小さな傷さえつけることができなかった。
ドンドンと鳴る足と共に、足首にぶら下がった鎖がギシギシという音を立てる。
「どうしよう!?」
ラスは手にした剣を見た。
このグランウェポンが応えてくれたら、炎の剣を出すことができれば、目を引くことができるのに! いや、倒すこともできるかもしれない。
「応えてくれ、お願い……! グランウェポン!!」
しかし、自ら温もりを抱いた武器は、ラスのどんな言葉にも動かなかった。
ジャイアントはゆっくりと棒を持ち上げた。
その棒はすでに何かをつぶしたのか、黒くて濃い茶色の染みがべたべたとついていた。
苦しみながらも一歩を踏み出した男の子が、棒の影を見て驚いて倒れた。
これ以上は待てなかった。
ラスは再び床の石ころを拾い上げた。
「ごめん!」
ラスはグランウェポンに謝罪を叫びながら、鋭い剣刃に石を長くこすりつけた。
鉄と石がぶつかり合い、ギイイイッという不快な音が聞こえた。
剣にしてはいけないこと、剣の刃を傷つけることをやりたい放題して、摩擦音を起こし続ける。
その神経を逆なでする音に、ジャイアントの視線がラスに向けられた。
「そう、ここだ!」
ラスは堂々と宣言をし、剣をこすり続けていた石を、ぼんやりとした顔に向かって力いっぱい投げた。
正面を見ていたせいでジャイアントのまぶたに石が命中する。
魔物の機嫌を損ねたのは確かで、こん棒を握ったジャイアントが手を高く上げ、床に向かって八つ当たりするように強く殴り始めた。
「グオオオオ──ー!!」
鉄を掻くような魔物の鳴き声が、洞窟を響き渡った。
恐ろしい響きに足がぶるぶる震え始めた。
ジャイアントは身体をこちらに向けてラスを見た。
重い足取りが、ラスにまっすぐ向かう。
剣を握った手に汗がにじむのが感じられた。
ジャイアントをどうやって倒せばいいのだろう? よく思い出せない。
こん棒を突き出す範囲は六メートルに近いので、絶対正面にいないこと。
しかし、ラスは真ん中にいた。
六メートルはどれくらい長いの? パニックになった頭が、まともに考えられなかった。
ジャイアントの陰鬱な瞳がラスを捉えて、こん棒を持ち上げた時、小さな火の蝶が正確にジャイアントの左目に燃え上がった。
「グワアアア──ー!!」
「キュイ!!」
魔物の咆哮の中で、ラスの嬉しい叫び声が混ざった。
壊れた壁に寄りかかって片手を伸ばしたキュイが、息を切らしながらジャイアントを見つめた。
「け、決定的な瞬間……だよね?」
ミケ族の少女の手によって、頭の上に小さな蝶がもう一つできた。
「キュイ様の活躍を覚えておいて……!」
蝶は突き出した手によって、すぐにジャイアントに向かって飛んでいった。
のろまなジャイアントは、小さな蝶を防ぐことができなかった。
すぐに小さくて熱い火の玉が、ジャイアントのもう片方の目に爆発し、眩しい炎を起こした。
「グアアアアアァァァァァ!!」
苦痛に満ちた叫び声とともに魔物がよろめいたが、ラスは歓声を上げることができなかった。
ラスはキュイを見ていた。
よろめいていた小さな少女が、そのまま地面に倒れた。
「キュイ……!!」