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動物たちに想いを込めて ― 野生動物画家の一筆入魂 —
この取材は、株式会社宣伝会議『編集ライター講座』少人数クラス課題の「人物取材」のために行った。修正・加筆をしたうえで公開する。
10月下旬のある日曜日、秋の空気に包まれた東京都武蔵野市の『井の頭自然文化園』では、お絵描き教室が開かれていた。20名超の参加者の半分は、小学生以下の子供たちだ。
皆が鉛筆で描くのは、生息数100頭弱の絶滅危惧種『ツシマヤマネコ』である。
「耳は特徴的な形なんですよ。」柔らかい口調で説明をしながら、ホワイドボードに手本をみせる講師がいた。
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岡田宗徳(おかだ・むねのり)さんは東京都出身の野生動物画家だ。
2003年アメリカの動物画家の協会Society of Animal Artistsの入会試験に合格し、正会員として日本人3人目に認定された。
2018年に『国連生物多様性の10年日本委員会生物多様性アクション大賞』審査委員賞を受賞。近年は様々なメディアに取り上げられ、NHK製作番組『ダーウィンが来た!』では岡田さんはニホンオオカミの復元図を手掛けた。
岡田さんは様々な動物の姿を描いてきた。
とりわけ絶滅危惧種といわれる野生動物が題材だ。その理由をこう話す。
「(絶滅危惧種を)知らないヒトが知るきっかけになる。そのヒトの人生の中で、何かを考えるきっかけになれたら十分ですね。」
絶滅危惧種とは〈地球上から姿を消すおそれがある生物種〉のことである。毎年4万種の動植物と昆虫が絶滅し、そのスピードは加速している。そして今後数十年以内には、世界の動植物の約100万種が、地球上から消える危機にある。
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画材は鉛筆とアクリル絵の具。1日8~12時間はアトリエにこもる。
寝る時間を削り、多忙な岡田さんには大切にしている言葉がある。
日々絵に向き合うがイメージになかなか辿り着けない「絵の道」の険しさを実感する。しかし心がけとして実践できることは筆に込める想い。
一筆一筆に想いを込めて描く・・・。
それが 〈一筆入魂〉だ。
岡田さんにとって筆で描く魅力とは何であるのか。
「人はまだ〈筆〉の持つ力を、表現仕切れていないと思うのです。その力を引き出すためにはどうしたら良いのか?日々考えながら作品に向き合っています。」
原画には印刷物にない〈作者の 苦悩〉や〈息遣い〉が存在するという。
岡田さんの原画の前に立ち、動物の流れる毛の動き、鋭い眼差し、力強く枝を握る爪など、細かな筆のタッチは人の手で描かれたということを忘れてしまいそうだ。
少し距離を置いて全体像を眺めれば、こちらの気配に気づかれてしまったのではないかという錯覚と生身の野生動物に出会ってしまった時の緊張感さえある。
絵を観る側がそのような体験をするのは、作者の試行錯誤が繰り返されているからだろう。対象となる動物にいかに近づけるのかと、我々には計り知ることができない苦悩の中で全神経を集中させ、絵と一体となって完成させることで、そこに目には見えない作者の<息遣い>を感じ取れるのかもしれない。
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動物の絵を描く時に意識しているのは「存在感」と、岡田さんは一言で答えた。その意味は原画を観た人だけが感じるであろう。
幼少期、3歳年上の兄が通う絵画教室についていった。スポーツが好きで、将来は柔道でオリンピックに出る夢を抱いていたという。学生の時、頑張ったスポーツで挫折した。悔しい思いをしたその時、気が付いたらいつもそこに絵があった。
学生時代に描いたF1ドライバー ナイジェル・マンセルの人物画がある審査会に入選した。岡田さんに仕事の依頼が入るようになる。
「イラストの依頼が少しずつ増え、動物の作品が次第に人気になりました。昔から動物が好きだったので、嬉しくて筆が進んだ。そんなことがきっかけで気がつけば、動物イラストレーターとして雑誌や、学生向けの職業ガイドの本に載っていました。この頃は、1年半ほど先まで犬猫の絵を描く仕事が詰まっていました。」
アトリエにこもってひたすら仕事をこなす日々。「絵を描くことは特別なことではなく生活の一部です。」と淡々と話す岡田さんにも、唯一苦しいと思う時代があった。
「イラストレーター時代、あまりにも忙しすぎて、クライアントから依頼される絵と、自分が“絵描き”として描きたい作品に差が出来たことでしょうか。求められる絵のクオリティは、自分が目指すものと比べると低く、当時はとにかく枚数をあげることを求められた時代なので自分を抑えたイラストは、描けば描くほど絵が下手になっている、そんな感覚がありました。」
悩む中で光が見えたのもそんな時だった。
「出会ったのが、アメリカ・カナダが発祥となっているワイルドライフアートという自然と動物が描かれた作品で、目指したいものは(これだ!)と思い、少しずつシフトチェンジをしていきました。」
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さらに、ある獣医師の言葉で、自分の絵が絶滅の恐れがある動物を世に知らせることになるとも気づいた。
岡田さんは絵を手掛けるなかで野生動物に感じるものがあるという。
「〈厳しさ〉ですね。自然のなかで出会う・観る動物は本当に羽・毛が綺麗です。自然のなかでは弱っていたら、他の動物にやられてしまうので、その生きる姿から力をもらい描く力にしています。」
そして、岡田さんは動物の生息地に行って現場の取材をする。生息地保全のために、その地域について勉強しなければと動物が暮らす環境や共に暮らす人々にも意識を向ける。
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人は動物とどう共生していけば良いか。
地球環境が変化しつつある今、誰しもが考えなければならない問題である。
「夏に冷房を効かせるために必要以上に温度を下げるとき、その裏側で溶けているかもしれない南極の氷をイメージしてみる。こんなちょっとした気遣いが必要と考えています。
『今が・自分が良ければいい』こんな気持ちをちょっとだけ、誰かのため、自然のために『気を遣う』そんなことが大切だと思います。」
私たち世代が直面する問題は今の世代で終わらせて、次の世代に恥ずかしくないようにしたいと岡田さんは考える。
動物保護や自然環境の保全に対して身構えなくていい。
見て体験したことや「ワシはかっこいいな」という些細な気持ちから〈自然に興味を持つ機会〉を大人として作ってあげたいという。
「自分が死んだ後、絶滅のおそれがある動物たちが自分の絵をきっかけに生息地で無事に生きられたとき、初めて私が絵を描いた意義が生まれるのではないかと思ってます。こんな思いで日々絵を描いてます。」
井の頭自然文化園のお絵描き教室がそろそろ終わる頃、岡田さんは近日開催される展示会に出展する『サイ』の絵を公開した。
子供たちは目を大きくして見つめる。
サイの角を狙った密猟があることをみんなに知ってもらいたい。その熱い想いがこもっているのだろう、大きな身体でこちらに迫って来るサイの姿は屈強で美しかった。
岡田さんは、今日もアトリエで一筆入魂の筆を握る。
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【参考文献】
■環境省ホームページ「政策『希少な野生動植物種の保全(ツシマヤマネコ)』」(https://www.env.go.jp/nature/kisho/index.html)
■ナショナルジオグラフィックWebサイト「研究室に行ってみた。日本獣医生命科学大学 ツシマヤマネコ 日本の絶滅危惧種問題 羽山伸一『第4回 絶滅危惧種ツシマヤマネコに迫るこれだけの危機』」
(https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/17/072500011/072800005/?P=2)
■野生動物画家 岡田宗徳氏ホームページ(https://www.atelier-mansell.com/)