【昔話SF】姫と王子
むかしむかし、といっても、21世紀のはじめあたりの話。
あるところに、姫がいました。
彼女は、嘘をつくことが得意な姫でした。
姫は、嘘をつきたくなくても、ついてしまうのです。
まるで、病気のように。
彼女もそれは、わかっていましたので、だれからも理解されなくて当然だと思っていました。
姫は留学をしていたのですが、病をわずらってしまい、城へと帰ることになりました。
彼女は、失敗したのです。
身体も心も壊して、城に帰った彼女は、おかしなことに気づきました。
彼女の親は、もちろん、王様と王妃なのですが。
王様と王妃が、まるで、彼女の知っている王様と王妃ではないようなのです。
「おとうさんと、おかあさんのところに帰りたい」
彼女が、うわごとのようにくり返しました。
願いが叶ったのか、彼女の知る王様と王妃がもどってきました。
彼女はうれしがりました。
一方、彼女のことを風のうわさで知った王子がいました。
彼は、自分のことが嫌いでした。
どうしても、自分が好きになれないのです。
そんな王子は、ある日、城に帰ったという姫の話を聞きます。
耳を疑うような話ばかりでした。
王子は、そんな姫に恋をしてしまったのです。
会ったこともない、顔すらも知らない、話だけで聞いた姫に恋をしてしまった。
彼の不幸は、そこから、はじまってしまいました。
さて、姫の話にもどりましょう。
彼女は、王様と王妃のすすめで、違う学校に通うことになりました。
でも、彼女には夢がありました。その夢を彼女は追いかけたいと思っていました。
だけれども、現実はそうはうまくいきません。
彼女は親の言うとおりに、その学校に通い、無事に卒業、そうして、彼女は夢を追いかけることにしました。
ですが、彼女の身に不幸がふりかかります。
彼女は、まがりなりにも王族ですので、公務をしなければなりません。
公務に時間をとられると、夢を叶える時間も減る。
彼女は慣れない公務に時間をとられながらも、必死に夢を追いました。
けれども、夢は叶いません。そんなに世の中は甘くはないのです。
そうしているうちに、また、彼女は心と身体を壊してしまいました。
すると、彼女の耳に歌が入ってきたのです。
とてもとても、きれいな歌でした。
彼女はその歌にはげまされて、元気をとりもどしました。
残念ながら、その歌は王子の歌ではありません。
その歌を歌ったのは、今では有名な歌姫で、その歌姫は彼女の一番の友達になりました。
姫はまた、公務をこなしながら、夢を追い続けました。
しかし、限界を感じるのです。
公務ではなく、夢の方に彼女は限界を感じてしまいました。
姫は、公務に専念することにしました。
新しい公務をやってみたいとも、思ったからです。
その公務は、とても時間がかかるもので、姫の夢を追う時間はありません。
姫は夢はいったんわきにおいて、新しい公務をがんばることにしました。
姫は、新しい公務を慣れないながらも、必死にがんばりました。
とてもとても、大変でした。目まぐるしいほどに日々はすぎていきました。
そうして、姫は、また無理をして、倒れてしまいました。
ですが、姫は、そこで気づいたのです。
夢を追うことのむずかしさに。それをつづけることの厳しさに。
だけれども、姫はただ夢を追っていたのですが、その夢の本質に気づいたのです。
本質に気づけただけでも、姫は気力をとりもどせました。
そうして、また、息をふきかえすように、姫はなんとか身体も心もたてなおしました。
ところが、城が補修が必要なほどに老朽化していることが、発覚しました。
城から離れた場所に、姫と王様と王妃は暮らすことになりました。
姫は、公務を減らし、城で療養生活をしながら、公務にあたることになりました。
姫の王妃が、公務をへらしなさいと言ったのです。
姫は素直におうじて、公務をへらし、療養生活をしながら、すごしました。
このときに、ようやく王子は姫の目にとまります。
実は、それ以前にも、姫の目にはとまっていたのですが、姫はまったく気づいていませんでした。
おお、かわいそうな王子。
ですが、王子は、ようやく姫の目にうつったのです。
姫は最初に王子を見たときに、驚きました。
彼の容姿の美しさにおどろいたのではありません。
彼は、見ず知らずの貴族の女性から、黄色い声援を浴びていました。
なのに、彼は、貴族の女性を信じられないような目で見ていました。
姫は、大笑いしてしまいました。
この王子は、嘘がつけない。
おそらく、嘘がつけない、顔に出てしまっている。
王子ともあろう人が、顔で嘘がつけないだなんて、あっていいものだろうか?
いや、あっていいはずがない。
さまざまな公務に支障をきたしてしまう。
ああ、なぜ、あなたは王子なのか?
王子としては、必死にしていたので、姫がそんなことを思っていただなんて、露ほど知りません。
そうして、姫は日々をつつがなく送りました。
城がきれいに補修され、姫は愛しの城へ舞い戻りました。
すると、また、変なことが起こり始めたのですが…割愛しましょう。本筋とは関係がありませんので。
王子が姫に求婚してきました。
非常に、非常に、わかりづらく。
非常に、非常に、だれが気づくのかと思うような方法で。
姫は王子の歌を聴きました。
とてもとても、いい歌だなあと、姫は思いました。
そうして、姫は、この王子に賭けてみたいと思ったのです。
なにを賭けるか?
実は、姫は夢を追うことなど、本当はどうでもよかったのです。
夢を追う人間のきらめきを見て、姫もやってみたいと思ったのです。
現実は厳しく、姫は夢を追う楽しさ、うれしさよりも、辛さの方が上回ってしまった。
姫は、この王子なら、私の世界を変えてくれるかもしれないと、期待したのです。
でも、この王子は嘘をつくのが下手だ。
これは、王子としては非常にまずい。
王子は私のことが好きなのか、歌だけではわからない。
私は王子が好きだ。でも、私は人を好きになるという感覚がわからない。
恋など、したことがない。
恋がどんなものかは知っている。
あれは非常に面倒なもの。
世話や手間をかけつづけてやらないと、育たないもの。
それを何年も、何十年も、私はできるだろうか?
今はできない。でも、いつかできるかもしれない。
さいわい、王子は私のことが好きらしい。
ならば、利用してやろう。
まずは、私を嫌いになってもらおう。
私は心と身体を壊した経験がある。
心と身体を壊したようにふるまえば。
きっと、この王子をだますことができる。
好きなだけでは、生きていけない。
夢を追っていた私ならわかる。
好きなだけでは、生きていけないんだ。
そうして、姫は王子をだますことに成功しました。
それはそうです。なぜなら、姫は嘘をつくことに長けていたのですから。
王子を遠ざけた姫は、また、夢を追うことにしました。
でも、それだと王子がかわいそうなので、たった一通だけ手紙を送りました。
手紙の内容は、たいしたことがありませんでした。
でも、姫の王家の封蝋で手紙を閉じました。
この封蝋は限られた者しか見ることができませんが、王子が知るよしもありません。
姫はつつがなく日々をすごしました。
でも、無理がたたって、姫はまた倒れてしまうのです。
療養中のベッドのなか、姫は夢のなかで、見ず知らずのだれかと、取引をしてしまいました。
その取引は、姫にとっていいものか?
それはのちほど。
また、公務にもどり、夢も追っているうちに、姫は、またおかしなことにまきこまれます。
姫にはペンフレンドがいました。
王家であることを隠して、貴族の間で流行っていた、仮面文通というものをしていたのです。
姫にはペンフレンドが一人しかいませんでしたが、ある日、もう一人のペンフレンドができました。
そのもうひとりのペンフレンド、
彼は貴族でしたが、いわゆる成り上がりで、自分の実力だけでのしあがってきた人間でした。
姫の耳にも彼の噂は入っており、たまたま目にした容姿に姫は一目惚れしましたが、それだけでは恋ではないと、そのときの姫は思っていました。
そして、姫は知らず知らずのうちに、その貴族とペンフレンドになりました。
姫は、そのやりとりを楽しく思っていました。
姫には、友達というものが、そのときには、いなかったので、とてもとても楽しかったのです。
とてもとても楽しいやりとり。
姫は友達ができて、とてもうれしく思いながら、おしのびで、おでかけをしたのです。
実はそのときに、その貴族のペンフレンドが会いに来ていたのですが、姫はまったく気づきませんでした。
おお、姫よ。なんじは、なんたる阿呆なのか。
ひさびさのおでかけのあと、姫は体調を崩しました。
今回は、身体も心も壊していないのに、どうしてだろう。
姫は不思議に思いながらも、療養をすることになりました。
そして、その療養中、暇をもてあました姫は、ひたすら音楽を所望しました。
実は、心も体も壊したときに、彼女を救ってきたのは音楽だったのです。
姫は、音楽を聴きながら、音楽家に無茶な難問を出し続けました。
その難問を解いてしまった人間が、なんと四人もいたことを姫はとてもうれしく思ったのです。
まるで、音楽の絆ができたようで、姫は本当にうれしく思っていました。
療養期間は長く、姫は寝込みつづけました。
その寝込んでいる間に、王子がやってきたのです。
王子は姫にふられたあと、なにもかもが信じられなくなっていました。
王子は姫にまた求婚します。
姫は王子の求婚を受け入れました。
だけれども、今度は王子が慎重になっていたのです。
この姫は嘘つきだ。
嘘つきが、嘘をついていないだなんて、どうやって、みわけるんだ!
王子は交際という形をとる旨をまたもやわかりづらい方法で姫に伝え、姫は了承しました。
そうして、療養をつづける姫のもとに、今度は歌姫が助けを求めてきました。
実は、姫は歌姫に何度も助言をしていたのです。
歌姫は姫にただならぬ想いをもっていました。
だけども、姫は歌姫のことを違う目でみていました。
歌姫は、本当に歌うのが好きだ。
自分の声が、もっともっと別の声だったらいいのにといつも思っているのかもしれない。
でも、私は歌姫の声ではなく、歌う技術が、とてもとても素晴らしいと思った。
なのに、彼女は評価されない。
きっと、彼女の歌い方は、練習をしないと身につかない。
歌姫から直接聞いたわけじゃないけれど、彼女の歌い方の方法を噂で耳にしたことがある。
その方法は、手間がかかる。時間もかかる。歌いこなすまで、かなりの労力がいる。
なのに、彼女は、その方法を人に教えてしまう。
そんなことをしてしまっては、彼女のような歌を歌う人が増えるかもしれない。
なのに、彼女は、その方法を人に教えた。
教えてもいいと思っているということは、彼女はそんなことはどうでもいいんだ。
聞かれたことに、素直に答えてしまっている。
つまり、彼女は素直な人なんだ。
そうか、だから、彼女の歌にひかれたんだ。
練習がたりていて、歌が大好きで、素直な人。
だから、私の心に届いた。
嘘つきな私の心に届いた。
だって、嘘がないから、届くはずだ。
歌は不思議だ。
聴いていれば、どんな心情も歌によってぬりかえられてしまう。
彼女は私を助けてくれた。
なら、彼女が助けを求めたときだけ、私は彼女を助けよう。
私は助言だけしかできない。
それも、こんな嘘つきの助言を彼女は真摯に受け止めてくれる。
私はそんな人の友達になりたい。
姫がそう思っていると、なんとまあ。
姫に、ただならぬ想いを抱いている人間が大量にわんさかとやってきました。
姫は、非常に非常に困りました。
そこで、姫は、とりあえず全員に家に帰れと伝えました。
みんなと友達になれるのなら、とてもとても、よろこばしいことだけど。
それは無理かも、いや、無理だ。
だって、そんな思いを抱いてしまっては、冷静ではいられない。
距離をおく必要がある。
だから、ごめんなさい。
家に帰れと伝えたなかに、ひたすら居座った人間がいました。
あの貴族のペンフレンドです。
彼は、姫のことを好きになったかもしれないと言いました。
彼は、恋をしたことがないと言いました。
それを聞いた姫は共感しましたが、話を聞いているうちに、どうやらそうでもなさそうだと思いはじめました。
おそらく、彼は私と同じだと思ってしまった。
でも、私は知っている。
人間はひとりとして、同じ人がいないことに。
おそらく、彼は私を知って、私が普通の姫じゃないことを知って、この人ならば、わかってくれるかもしれないと思ったのかもしれない。
きっと、彼は好きになった相手のことを大事にするのだろう。
だけど、その好きというのが、彼にとってはなにかわからない。
だって、彼は恋を知らない。
きっと、物語では知っている。
その物語をたどることで、彼はひどく共感する。
だけど、共感したあとに、自分の感想を考えて、その感想が正しいと判断してしまう。
つまり、彼は共感できるほどに、やさしい人なのに、自分の意見を言ってしまうから、それで、損をしてしまう人なんだ。
言葉も足りないのかもしれない。
たぶん、人に伝えることをためらってしまうのかもしれない。
やさしいから。
だけど、私にとっては、そのやさしさは毒となってしまう。
なぜならば、私のご機嫌をとりつづけようとする。
それは、はたして、やさしさといえるのだろうか。
私は彼の欲しているものがわかる。おそらく、わかってしまうだろう。
だから、わがままを言うことで、ゆるされていると、思いこもうとする。
きっと、この関係は、おたがいのためにならない。
ならば、憎まれ口をたたきあうぐらいが、ちょうどいい。
私は彼の容姿が好きだ。
はじめて見たとき、こんなにきれいな人間がいるのだなと思ったくらい好きだ。
だけど、それは内面を知ったことにはならない。
私はそれをよく知っている。
それに、私は王子のことが気になる。
私は彼を好きになったけど、本気で好きになることをしないでいた。
でも、本気で好きになる努力をしようと思っている。
だから、ごめんなさい。
私はあなたのことが好きだけれど、恋という意味では好きになれない。
けれども、貴族のペンフレンドは、姫のことが好きだとかたくなに言い張ります。
困った姫は、逃げることにしました。
でも、城にはいます。
王子と、その貴族のペンフレンドを面会謝絶にしました。
もちろん、公務で外に出るときに話しかけられるかもしれません。
だけれども、姫はいろいろな人の手を借りて、うまく王子と、貴族のペンフレンドを避けつづけました。
そうして、姫はまずは王子と、貴族のペンフレンドを競争させることにしました。
なぜ、そんなことをしたのか?
私は王子が好きだ。
その気持ちはまったく変わらない。
だけど、私は嘘つきだから、きっと信じてもらえない。
別に信じてもらえなくてもいい。
私は王子の負担になりたくない。
彼は私以外の人間にすら、あきらかなほどに魅力的な人間に成長した。
私が見ていないうちにも、努力を重ねている。
そんな、とてもとても健気な人に、私は嘘をついてしまう。
それは嫌だ。
嘘なんて、つきたくない。
彼に嘘をつきたいくない。
だけれども、私の本性がそれを邪魔してしまう。
嘘をつきつづけてしまう、空気のように、言ってしまうんだ。
そんなことしたくない。
彼には、そんなことをしたくない。
どうしよう。
そうだ。みんななぜか、私の城のなかに入れていた。
もしかすると、私の日記、あれが読まれているかもしれない。
それなら、読まれている前提であの日記を書こう。
あの日記には、王子と、ペンフレンドの彼を公平にあつかって書こう。
そうすれば、王子はともかくとして、ペンフレンドの彼の不満が王子の方へ向くことはないはず。
それで、王子が守れるかもしれない。
それと、王子には手紙を送ろう。
きっと、返事はこない。
だけど、いい。
返事なんてこなくていい。
私が一方的に好きなだけにした方が、きっと、あとくされがない。
それが、きっと王子のためだ。
王子のために、手紙を書く。
大好きな王子のための手紙だけど、なにを書けばいいんだろう。
いろいろ考えて書いた方がいいんだろうか。
いや、やめよう。
きっと、そんなことをすると私の嘘が筆にのって、あらわれてしまう。
できるだけ、本心を書こう。
失礼になってしまっても、気持ち悪くなってしまっても、彼への敬意があれば、大丈夫。
彼への愛情があれば大丈夫。
恋がわからなくても大丈夫。
いつか、わかるようになる。
きっと、わかるようになる。
その日を信じて、私は手紙と日記を書き続けよう。
姫の思惑どおり、王子と貴族のペンフレンドは、日記を読んでいました。
内容はひどいものでした。
貴族のペンフレンドのことをけなしたり、持ち上げたり。
王子においては酷評に近い内容でした。
そして、王子に送った手紙はラブレターに近い内容でした。
貴族のペンフレンドは混乱したでしょうが、きっと、王子はもっと混乱したことでしょう。
そうして、姫は公務に専念しながらも、手紙と日記を書き続けました。
すると、おどろくべきことが起きたのです。
なんと姫の公務への思いが変わっていったのです。
王子に送る手紙のおかげでした。
つたなく、不器用で、見るひとによっては、なにを書いているのかわからない、でも最後は王子への愛でしめられている手紙。
そんな姫のへたっぴな愛がつづられた手紙。
手紙は、まぎれもなく本心がつづられていました。
姫は手紙のなかで、嘘をつく必要がなくなっていき、嘘をつく罪悪感で心が潰れることが、へっていったのです。
さらに、日記にも効果がありました。
好き勝手に書いているおかげで、今までふたをしていた、どろどろしていた嫌な気持ちが、書くたびにへっていったのです。
そうして、幾日もすぎ、姫はどんどん元気になっていきました。
しかも、夢を追わずして、心が満たされていくのです。
姫は王子のおかげで、恋を知り、愛を知ったのです。
ああ、姫。私はうれしく思います。あなたが元気になったことが、なによりも、うれしいのです。
しかし、姫の日記は、王子と貴族のペンフレンドだけに、読まれていませんでした。
おどろいたことに、姫の知らない人間、数多くの姫が知ると卒倒しそうなほどの人間たちが、姫の日記を読んでいたのです。
だけどもそれは、良いことだったのです。
何度も何度も倒れる姫を心配した人たち、歌姫や四人の音楽家たちや、姫が思っているよりもたくさんのたくさんのたくさんの人たちが、姫の日記を読んで、議論を交わしました。
そうしているうちに、なぜか、なぜだか、人々は争いをやめていきました。
姫の知るかぎり、大小さまざまな戦争が起きていました。
いろいろなところで、人がいっぱい死んでいました。
ところが、その戦争が止まったのです。
なぜか?
みなが、姫と王子の恋のつづきを知りたがったからです。
たしかに、死んでしまっては、つづきを知ることができない。
そして、戦争を一時休戦し、姫と王子の恋のつづきを知ることに躍起になりました。
もちろん、止まらない戦争もあります。
戦争というものは、そのていどの恋物語で止まるほど、やわなものでもないのです。
姫は毎日を楽しくすごしました。
こんなに楽しかったのは、いつ以来かしら?
あんなに泣いていたのに。
ずっと泣いていたのに。
これもそれも、王子のおかげだわ。
私は王子に救われた。
ああ、私は幸せ者だ。
しかし、姫には気がかりなことがありました。
王子が公務中に倒れてしまうという話を風の噂で聞いていたのです。
前に、ぼろぼろになって会いに来たとき。
王子は、とてもとても、しんどそうだった。
しんどくて、しんどくて、それを隠そうともしていなかった。
今は、もっとしんどいはず。
王子は二回目の求婚のとき、きみがわからないと言っていた。
私には意味がわからなかった。
人間なんて、わからなくて当然だった。
私は共感ができない。
どんなことにも、共感というものがない。
達成感がない、うれしいと感じることは、いっぱいあるけど、それもすぐに忘れてしまう。
なのに、つらいこと、苦しいこと、しんどいこと、きついことは、よく覚えてる。
そういうことは、ずっと、ずっと、忘れなくて、いつも、いつも、覚えている。
私はうれしいことが、覚えてられないんだ。
なのに、人は私のことをいろいろ言う。
いろいろなことを言われてきた。
どれも、私じゃなかった。
でも、本当の私なんて、どこにもいない。
そもそも、本当ってなんだろう。
私は、ただ、あるだけ、いるだけなのに。
それだけなのに。
それだけで、なんで納得してくれないんだろう。
でも、王子の感覚は、普通の感覚なのかもしれない。
私は普通がわからない。
普通にあこがれていた。
ただの人にあこがれていた。
でも、私は姫だから。
そういう人間は、普通にはなれない。
特別をうらやましがる人がいる。
最初から特別な人間は、普通にはなれない。
特別な人間は、普通にあこがれる。
けっして、手に入らないものだから。
どんなに欲しがっても、特別は普通にはなれない。
普通は特別になれるのに。
ああ、そうか。
だから、私は王子にひかれたんだ。
この人、普通なんだ。
私が、どれだけ欲しがっても手に入らない普通なんだ。
ああ、そっか。
私が、ほしがるはずだ。
だって、私、普通になりたいから。
姫でも普通になれるんだろうか。
いや、無理だろうな。
でも、王子の前なら、もしかしたら、普通でいられるのかもしれない。
ただの普通の女になれるのかもしれない。
私は王子のために生きていきたい。
だけど、なにが彼のためになるのだろう。
わからないけど。
私ができることしか、できない。
だって、私はなにも力を持っていない。
私は嘘をつくことしかできない。
そのせいで、多くの人をまどわせてしまう。
それならば、私は彼のために嘘をつこう。
彼のために嘘をつきつづけよう。
私にはそれしかできない。
私の嘘で彼を守ろう。
まずは、私のことを知ってもらおう。
手紙に私のことを書くんだ。
いっぱいいっぱい、書くんだ。
書いているうちに、彼のことを本当に好きになれるかもしれない。
私は好きがわからない。
だけど、この人は助けなきゃいけない気がするんだ。
きっと、無理をしている。無茶もしている。死にそうな思いをしている。
そんなに大変な人が、死んでしまったら、私は私がゆるせない。
だけど、貴族のペンフレンドをどうしよう。
彼のことは、好きではない。
だけど、私は彼のことを気になってはいる。
私が思っていた人と違っていた。
若くで成功している印象が強かったけど。
若くで成功をするということは、もっと若いころからの研鑽があったからだ。
とても謙虚な人だ。あんなに成功しているのに、自分に自信がない人だ。
だけど、この人は私と考え方が根本的に違う。
たぶん、結婚したらすれ違いしつづける気がする。
気がするだけ、なのに。
なぜ、彼を拒むのだろう。
いや、それは、はっきりしている。
私は王子が好きだから、彼の想いには答えられないんだ。
彼のためにも、きっぱりと断らないといけないのに、彼のことをもっと知りたいと思ってしまう私もいる。
ああ、そうか。
私は彼のことが、友達として大好きなんだ。
友達としていたいけど、それはとっても難しい。
どうしよう。
どうしようもない。
時間をかけて、考えるしかない。
考えて出した答えなら。
私は、自分自身の心に嘘をつけないだろう。
そうして、姫は幸せな気持ちにひたりながら、王子の様子を気にしながら、長く長く考えをめぐらせながら、日々をつつがなく、すごしていきました。
そんなある日、また、王子がやってきたのです。
さらに、貴族のペンフレンドもいました。
姫はひらりと二人を避けて、城にもどります。
そうして、姫は王子に愛の告白をし、貴族のペンフレンドに謝罪したのでした。
めでたし…? いえ、このおはなしは、おかしいですね?
姫は王子にまったく会っていないのに、なぜ、彼を愛したのか?
まあ、昔の話です。
多少、間違いがあっても、いいじゃあありませんか。
え…? この昔話にはつづきがある?
ほう、私はそのことを知りません。
どうぞ、私にお聞かせ願いたい。
まだまだ、夜は長いのです。
酒でも飲みながら、話をしましょう。
素敵な素敵な、つづきを期待しておりますよ。