【昔話SF】 王子と姫

私が聞いた話はこうだ。

あるところに王子がいた。

彼は、人情家で面倒ごとをひきうける人だった。

いわば、貧乏くじを自らひきにいくような、自己犠牲をなんともしない人だ。

その彼は、あるときある姫にあった。

その姫は王を亡くしていた。

姫の時間は止まったままだった。

なにをしても楽しくないだろう。

姫は王が好きだった。愛していた。

なぜ、死んだのか。

そういうことは、いつもいつも考えてしまうものだ。

そして、姫はとても魅力的なのか、常にだれか友達がいた。

だが、友達に裏切られることが多かった。

姫自身、なにが原因なのか、わかっていない。

こういうものは、自分自身で気づくしかないものだ。

あるとき、王子は姫と出会う。

王子は一瞬で心を奪われてしまった。

ああ、なんと素敵な人なのだろうか。

私は、あなたを愛したいが、すまない。

私は男が好きなのだ。男であるというのに。

当時、同性愛というものは偏見の対象、差別の対象とされていた。

王子は姫につくしたが、王子はどんどん弱っていった。

無理もない。

男所帯に王子はいた。

王子は男が好きだ。

天国に見えるか? そういうのはな地獄なんだ。

王子は迫害される。

当たり前だ。同性愛は禁忌だからな。

王子は姫に助けを求めるが、姫も王子にかまってはいられない。

姫は公務をこなしていた。

公務というのは、途中で投げ出してはならない。

日に日に、姫は王子の相手ができなくなる。

この姫は、強欲なところがあってな、欲しがるものが多かった。

だが、満たされない。

王子は姫の気持ちがわかる。

なぜならば、王子も物を多く与えられていたからだ。

姫と王子は似ていた。非常に似ていた。

しかし、決定的な差があった。

姫は物をあたえられて当然だと思っていた。

わがままだと思うか? 親の愛は不器用なのだよ。

一方、王子はどうか?

王子は申し訳ないと思っていた。

血税が使われているからな。

民思いのいい王子だ。

だから、病にふせってしまう。

病といっても、心の病だ。

当時、心の病をわずらったものは、迫害を受けていた。

まあ、もう、昔のことだ。今は違う。

ああ、忘れていた。

姫も病をわずらっていた。

病というものは伝染する。

王子の心の病は、姫からうつってしまった。

だが、王子は強かった。

弱った身体に鞭打ち、姫を助けたいと願ってしまった。

悲劇というものは、こうも残酷なものだ。

王子は国に帰った。

帰りながら、王子は想う。

あの人を助けたい。

その願いは危険だ。

人という生き物は嘘をつく。

嘘をつき、裏切る。

それを快感と感じる馬鹿が、わんさかといる。

だが、王子は願ってしまった。

そのような願いをすると、どうなると思う?

王子は狂った。

狂いきった。

だれにも、なににも、どこにも、なにもかも、助けてはくれない。

狂うと、そうやって、なにもかもが駄目になる。

そして、狂気というものも伝染する。

狂った王子を助けるのは、だれか?

彼は民に慕われていた。

しかし、悪い噂というものも、伝染するものでな。

知られてしまったのだよ。

今まで隠していた、男が男を好きになってしまうという、秘密が。

私は思う。

かくもこの世は生きにくい。

人が人を好きになるのに、理由などない。

別にいいではないか。

男が男を好きであっても。

だが、現実はそうはいかない。

王子は狂いながらも耐えた。

幾日も幾日も耐えた。

気が狂ったとしても、一国の王だ。

狂いながら、狂気に染まりながら、生きていく。

一国の長というものは、そういうふうにして、自分の人生をすり潰していく。

もう、終わった話だ。

王子は気が遠くなるような時間のなかで、殺されそうになった。

耳に入るのは嫌な音ばかり。

目にうつるのは知らない景色。

背を這いずりまわる虫たち。

王子は耐えきってしまった。

それが運のつき。

王子は化け物になりはてた。

だれも、助けてはくれない。

だれも、自分を見ていない。

だれも、だれも、だれも、必要としてくれない。

しかし、妙なものでな。

王子が狂うたびに、民は一人、また一人と化け物になっていった。

こうなってしまうと、どうなるか?

国が丸ごと迫害対象になるのだ。

王子は国を自分の大事な故郷を壊してしまった。

王子は、それでも弱音を吐かなかった。

民を化け物にしてしまったのは、自分のせいだと思ってしまった。

ところが、面白いことにな。

民は化け物になったことを後悔していなかったのだ。

面白いものだろう?

しかし、この民はいささか過剰な愛国心があってな。

王子をこんな目にあわせるなど、不届千万。

王子を悲しませたすべてを殺しにいく。

そう息巻いてしまったのだ。

だが、化け物になりはてた王子は、あろうことか公務をこなすこととなった。

どういうことだ?

民たちは、わからない。

王子がどんな想いをかかえているか、わからない。

王子が考えていたこと、それは姫のことだった。

そう、王子にはすべてお見通しだったのだよ。

民が、愛国心をこじらせて、王子を狂わせたすべてを殺しに行くと。

民は、ずっと王子を見ていた。

そこで、民は王子が男が好きであることを知った。

民のなかで、意見がわかれる。

賛成するもの、反対するもの、今度は民同士が殺し合う。

地獄だな。

かくも、地獄はいともたやすく簡単につくられてしまう。

地獄はつづく。

しかし、あるとき王子は気づくのだ。

人間が化け物になるということは。

法に縛られないということだ。

つまりは、私の国の民は。

迫害される。

迫害を受けた私のように。

私は負けない。

民たちのためにも、負けられないのだ。

だが、こうして公務をこなしていくうちに。

あの姫の顔が横切る。

あれは、恋ではなかった。

恋ではない。

真っ暗な闇のなか、私は彼女の手をとった。

彼女は薬を飲みすぎていた。

あんなに飲んでいては、寿命が縮んでしまう。

彼女を助けたいが、私の国の民を捨てることができない。

私が平静をよそおえば。

きっと民の暴走はおさえられるはず。

耐えろ。

今は、耐えろ。

耐えるのだ。

化け物になった民の一人に、心が読める者がいた。

その民はすぐに、他の民に口伝えをした。

民たちはおおいに反省し、化け物として暮らすことを受け入れた。

しかし、現実とは残酷だ。

迫害を受ける。

人間でありながら家畜のようにあつかわれる。

人間でありながら愛玩動物のようにあつかわれる。

人間でありながら道具のようにあつかわれる。

おそろきしかな、人間の業は。

王子は淡々と公務をこなす。

彼も迫害の対象だ。

外交では軽くあつかわれる。

話を聞いてもらえない。

そんな日々をへて、王子は気づく。

私は姫が心配だ。

やはり、心配だ。

あれは、私の数少ない青春だ。

私は、優しくされた。

孤独のなかにいた私を救った彼女を私はうらむことができない。

すると、城の窓から何者かが入って来た。

姫だった。

助けに来たの。

私は恵まれていた。

甘えていた。

それが、当然だと思っていた。

違ったんだね。

みんな、つらさをかかえていたんだね。

あなたのおかげで、私は変わった。

私ね、魔法使いになったの。

あなたを助ける魔法使いになったの。

魔法、いっぱい使えるようになったよ。

いっしょに、世界を壊そう。

しかし、王子は姫に言う。

私はもう、人間ではない。

人間の理から、はずれてしまった。

もう、私は化け物である自分を受け入れてしまった。

なにも感じることができない。

楽しかったこと、うれしかったこと、さびしかったこと、苦しかったこと。

すべてが遠い思い出だ。

きみは、私の思い出になってしまった。

思い出のなかには帰れない。

私が暴れてしまっては、民たちに迷惑をかける。

きみは、私に恋をしたかい?

私はきみのことは、友達にしか思えない。

私は男が好きだから。

ああ、隠していたことをきみに、うちあけてしまった。

やっぱり、私はきみのことを大切な友達だと、まだ思っているんだな。

きみは、私のことをどう思っているんだい?

魔法使いは答えた。

友達だよ。

ずっとずっと友達。

私だって化け物だよ。

ねえ、本当にしかえしをしないの。

もう、あなたはぼろぼろ。

私の魔法で、あなたを治してあげたい。

お願い。

私に魔法を使わせて。

王子は答える。

すまない。

きみを化け物にさせてしまったのは、私のせいだ。

魔法は万能だ。

なんでもできてしまう。

なんでも手に入ってしまう。

危ういものだ。

私は知っている。

そういうものに一度でも手を出すと。

もう、もどれない。

そう、もどれない。

私はきみのことを助けたかった。

でも、もう、それもできそうにない。

つかれてしまった。

少しだけ、休みたい。

だが、寝れないんだ。

私の身体が、まるで私の身体ではないんだ。

きみが私に魔法をかけたいというのなら。

眠らせる魔法をかけてくれ。

魔法使いは言う。

そう言うと思ったの。

私ね、実は、そんなに魔法が使えないんだ。

やっぱり才能がないんだって思ってた。

でもね、私はあなたのために。

たったひとつだけ、魔法を覚えたの。

それがね、あなたを眠らせるための魔法。

あなたが眠ったら、私は旅に出るの。

もう、会わないって決めた。

本当は、会って話がしたい。

ごめんね。

私が、もっとすごい魔法使いだったなら、

あなたをいっぱい助けてあげられたのに。

あなたを攻撃するすべてから、守れてあげれたのに。

ああ、私って、やっぱり駄目だなあ。

できるって、思ってた。

でも、できなかった。

私、くやしいの。

あなたを守ってあげたかった。

私を裏切らなかったのは、あなただけだった。

私、醜いの。

鏡を見ても、全然、私は自分の顔が好きになれないくらい嫌いなの。

姫なのに。

お姫様なのに。

なのにあなたは、私のことを大事にしてくれた。

私も、あなたを大事にしたい。

ねえ、ひとつだけ聞いてもいい?

なんで、私と友達になってくれたの。

こんなに、わがままな私と。

こんなに、醜い私と。

ねえ、どうして?

王子は答える。

声をかけてくれたからだ。

私は一人きりだった。

いつもいつも一人きりだった。

なのに、きみは私に声をかけてくれたんだ。

私も自分が大嫌いでね。

鏡も嫌いだ。

化け物になる前から、ずっとずっと嫌いだった。

嫌いだったんだ。

でも、きみは、そんな嫌いな私を好きになってくれた。

私は、はじめて光を見た気がする。

暗闇はいい。

すべてを塗り潰してくれる。

私は暗闇のなかでしか、息をすることができないのだ。

化け物だから。

ひっそりとしか暮らせない。

静かにしか暮らせない。

もう、つかれてしまった。

私からも聞こう。

これから、どこへ行くんだい?

魔法使いは言う。

遠くへ行くの。

あなたの知らない、本当に遠い遠いところへ行くの。

たぶん、そうした方がいいんだと思う。

また、会えるかな。

ううん、会わなくていいや。

あれ、なんだろうな。

涙が止まらないや。

どうしよう。

最後に、あなたの顔をちゃんと見たいのに。

やっぱり、私って駄目だなあ。

王子は言う。

そんなことはない。

きみは、たしかに、わがままだった。

だけれども、きみは、ちゃんと公務をこなしていた。

その公務がうまくいかなくて、そのことを私に教えてくれたとき、私はうれしかった。

私はきみが大好きだった。

だって、友達なのだから。

はじめて、声をかけられてできた友達だったから。

私は、きみに声をかけられて、救われた。

たしかに、救われた。

私にとって、きみは光そのものだ。

だから、闇にもどってきては、ならないよ。

ああ、だが、もう、きみも化け物だったか。

すまない。私はきみの人生を奪った。

ただの姫でありたかっただろうに。

ただの人間でありたかっただろうに。

本当に、謝っても謝りきれないな。

姫は言う。

最後の言葉を言う。

いいの。私、今、とっても幸せだよ。

王子は言う。

幸せだったのか。

化け物になったのに、幸せだったのか。

ありがとう。

それを聞けて安心した。

私を眠らせてくれ。

姫は、杖をひとふり振る。

化け物の王子は永遠の眠りにつく。

永遠に目を覚まさない。

主を失った化け物たちは狂っていく。

世界は崩壊していく。

結果として、魔法使いである姫は、世界を壊すことに成功した。

終わっていく。

なにもかもが、こなごなに、ばらばらに。

二度と、元にはもどらない。

永遠に、二度と。

これで私の話は終わりだ。

次の話を聞かせてくれ。

さいわいなことに、タバコもある。

夜は長い。

まだまだ、話をつづけようじゃないか。