ADHDが、勉強は出来たとしても、仕事は出来ない理由。 【ADHDは高学歴を目指せ】
1.
僕の仕事の出来なさっぷりは、大したものです。
生粋の面倒がりであるために、細かい作業をする際、ひどいストレスを感じてしまいます。
気合の入っている時はまだ何とかなっても、油断や嫌気が少しでも生じてしまった途端、ミスを連発させてしまう。
これではいけないと気合を入れなおし、失敗した分を取り戻そうと頑張ると、他のことへの注意が疎かになり、そちらでもっと大きな失敗をしてしまう。
そんなことの繰り返しで、仕事がいやになり。
余計に気合が入らず、さらに仕事のクオリティが下がってしまう。
かくして、どんな職場においても、僕はすぐに無能のレッテルを貼られてしまったものです。
そんな僕が。
勉強だけは出来る、というのは、本当に不思議なことです。
仕事と勉強、使う能力は同じではなくとも、そこそこの関連はある筈で。
だからこそ、就職の際、学歴が重要視されるのでしょう。
なのに、仕事においては徹底的に無能だった僕が、勉強では相当に有能だった。
何故こんなことが起こるのでしょうか?
これは、自身ずっと疑問に思っていたことでしたが。
ようやく最近になって、答えが見つかったように思えます。
その結論から書いてしまうと。
『正解が複数あるかどうか』次第だ、ということ。
思い返せば。
僕は、小学校時代を除いて、ずっと劣等生ではありました。
宿題はしないし、プリントはなくすし、テスト範囲すら分からない。
そんな状況で過ごして来たのですから、これは当たり前のことです。
ただ、それでも。
何とか大学受験に合格することは出来ましたし、どうにか大学で単位を揃えることも出来ました。
そんなことが出来た理由は、一にも二にも、「勉強が好きだったから」です。
どうして勉強が好きになれたのかに関しては、また後日述べますが。
とにかく、塾講師と言う仕事同様、勉強は、「それなりに好きなこと」であったために、「それなりに頑張る」ことが出来たのです。
けれども。
その中で、どうしても好きになれない勉強が、一つだけありました。
それが、大学三年になり、専攻することになった、「開発経済学」というもの。
そこで、指導教官に言われたある言葉が、どうしても引っかかったのです。
それは、
「途中の論理さえ正しければ、結論が正反対であっても、どちらも正解になる」
というもの。
この考え方が、感覚的に受け入れられなかったのです。
今、思い返せば。
僕の先行していた、「開発経済学」という学問は、理系ではありながら、経済学的な要素が強く絡んでくるもので。
経済学といえば、ノーベル経済学賞受賞者を複数人抱えている会社ですら、簡単に倒産してしまうことがあるように。
現時点でも、「これが正しい」と言い切ることの出来ない要素がまだまだ多い学問で。
ましてや、その学問の研究対象は、「途上国の開発」という、スケールが大きすぎるものなのです。
学生風情がどんな素晴らしい論文を書いたところで、その通りに、途上国の開発政策が行われる筈もなく。
決定的な正誤の判定など、絶対に不可能なものだったのです。
そんな分野ですから、結論が一つに絞れる筈もない。
その教官の言葉は、「色んな説を出して行く必要がある」ということを意味するのでしょう。
けれども、二十代の僕は、どうしても、「真実はいつも一つ」だと、強く思ってしまっており。
その「唯一の真実」へとたどり着けない学問に対して、嫌悪感を覚えてしまっていたのです。
そう。
ただでさえ、いろんなことが気になってしまい、フラフラしてしまうADHDの僕にとって。
「正解が複数あるもの」というものなど、考えなければならないことが膨大に膨れ上がってしまい。
どうしたらよいか、さっぱり分からなくなってしまう。
逆に言えば。
「正解」が明確なものに対しては、僕は安心感のようなものを覚えていました。
高校までの勉強などは、そうですし。
特に、議論の余地もないような明確な「正解」が必ず準備されている、「数学」に関しては。
その正解に到達できた上に、それが完全に正解であると確認出来た時に、心の底からカタルシスを感じることが出来るのです。
正解が複数あるものに対して、失敗を繰り返し。
正解が明確なものに対しては、楽しさを覚える。
そういう経験を繰り返した挙句。
いつしか僕は、正解が明確ではない物に対して、強い忌避感を抱くようになってしまっていたのでしょう。
そして、さらに考えてみれば。
そんな僕が、仕事がまるで出来なかった――本当に、まるで出来なかったのは。
ただ、不注意と言う特性のせいだけでなく。
仕事における「正解」が、見えていなかったからでもあるのではないか、と思えるのです。
普通に考えれば。
組織の一員である場合においては、上司や先輩の指示=「正解」になるのでしょう。
けれども。
人の話をちゃんと聞けない、ADHDである上に。
異様にプライドだけは高かった若いころの僕は。
上司や先輩の指示を、ちゃんと実行することが出来なかった。
指示を聞き取れず。
聞き取れなかったことを聞き直すことも出来ず。
誰かに助けを求めることもせず。
正解がさっぱり分からないままに、曖昧な記憶や、勝手な憶測だけを頼りに。
ひどく適当な仕事ばかりをしてしまったものです。
そして、社長になってからは、さらなる迷子になってしまいます。
誰も、僕に指示をしてくれないのです。
正解は、自分自身で見つけなければならない。
本来。
そんなことは、「お金を稼ぐ」「楽しく仕事する」等々、自由に決めれば良いだけのことで。
そもそも退屈に耐えられない上に、金銭に対する欲求の薄い僕にとっては、ただ、「楽しく仕事する」ことだけが正解であり。
実際、開業して一年半は、(ライバル会社の嫌がらせや裁判を抱えていたとはいえ)十分に楽しく仕事が出来ていたのです。
けれども、人を雇い、規模を拡大してからは。
人件費や家賃を支払うためには、どうしても、「お金を稼ぐ」ことが重要になってしまう。
故に、管理仕事をはじめとした、「楽しくない」仕事を沢山しなければならなくなる。
でも、どうしても「楽しい」仕事以外はしたくない。
その二つの正解の中に挟まれた僕は、どうすれば良いのか、まるで分からなくなり。
結局、そこで僕はバランスを崩してしまいます。
「楽しいこと」ばかりに専念し、「楽しくない」仕事から目を背けてしまった為に。
お金と会社の全てを奪われる、という、見事な破滅を迎えてしまったのです。
このように。
専門的な学問や仕事といった、「正解」が明確ではない分野では。
僕は、とにかく無能でいるしかなく。
一方で、それらが明快な、「高校範囲までの勉強」に関しては、それなりに有能であることが、可能だったのです。
――とはいえ、勿論。
本来、「型にはまったこと」に退屈を感じるのが、ADHDです。
だから、普通に考えれば、高校範囲までの学問などでも、一時的には、安堵感や楽しさなどを感じることが出来たとしても。
やがて、退屈を感じ、嫌気を感じてしまうようなものである筈。
努力を積み重ねることが出来ないようなものである筈。
――でも。
実際、僕は、それを得意にすることが出来たのです。
何故でしょうか?
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