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三日間だけの家出生活 【ADHDは荒野を目指す】
1-5.
その朝、盗み出した親の金を握りしめ家を出た僕は、新大阪駅に向かいました。
幸い、灘中には制服がありません。私服姿の僕は、誰にも怪しまれることなく、新大阪駅にある新幹線のチケット売り場まで行くことが出来ました。
けれども、そこで僕は、足を止めてしまいます。
そこからどうすれば良いのか、まるで分からないのです。
どこか遠くに行きたい。
強烈な思いに囚われて家を飛び出したのですが、その思いは一切の具体性を伴っていませんでした。
その時の僕には、匿ってくれるような友人もいませんでした。
親戚もいません――祖父母は既に四人ともこの世になく、父方の伯父伯母とは折り合いが良くありませんでした。唯一親しんでいた親戚、母方の叔父も、若くして病没しています。
頼れる相手はいない。
となると、一人の力で遠くに行かねばならないのですが。
僕はチケットの買い方も分からない。そして新幹線の乗り方も分からない。そもそもそれ以前に、どこに行けばいいのか分からない。もしどこかに辿り着けたところで、そこで何をすれば良いのかまるで分からない。
無数の人々が忙しく行き交うその駅の中で、僕はただ立ち尽くしてしまいます。
そして時間が過ぎて行きます。
時折ジュースを飲むだけ、食事もとらない。疲労は溜まり、眠気が襲ってくる。肉体的な苦痛はどんどん増して行きます。
勿論、精神的な苦しみはそれ以上のものです。どこにも行けないまま時間だけが過ぎる。このまま夜が来ればどうすればいい? 家に帰ることは出来ない。お金を盗み、学校を無断欠席をしたのだ。どれ程怒られるのか分かった物ではない。それこそ少年院に送り込まれるかもしれない。帰ることだけでは、絶対にあり得ない。
進むことも戻ることも出来ない。僕はどうすればいいのだろう――やはり、死ぬしかないのだろうか。
そんなことを思っていた、夜八時頃。
背後から、声を掛けられたのです。
それは、茶色いジャケットを着た、見知らぬ中年男性でした。彼は言うのです。
――兄ちゃん、仕事探してるんか?
突然大人から話しかけられて、僕は怯えてあとずさりします。構わず男性は言います、それなら、ええ場所があるで、と。
「寮付きやし、明日から働くことが出来るで。兄ちゃんにピッタリちゃうか?」
恐怖に囚われた僕は振り返り、逃げ出そうとしました。
けれども、その一時間後、僕は中年男性の運転するワンボックスカーの中で、背後に消えて行く高速道路の明かりを眺めていたのでした。
これで僕は生きて行ける。あの監獄からの脱獄に成功したのだ。強くこぶしを握り締めながら、僕はそう思いました。
僕に声を掛けた男性は、工事現場で働く人員を手配する仕事をしている人物、いわゆる手配師でした。
ただ、その職場はとある地方都市、若者が余り住んで居ません。ですから、時折都会に出て、仕事をしてくれそうな若者をかき集めるのです。
そんな彼が、偶々他の若者達を迎えに行った駅にて、ただ呆然と立ち尽くしている僕に目をつけたのは、当たり前のことでした。
そして、行き場所を見つけられず弱り切っていた僕が、彼の言葉に流されたのも、当たり前のことでした。
僕と他二人の若者を乗せたそのワンボックスカーは、真夜中過ぎ、とある地方都市に到着しました。そして僕達三人は、小さなアパートの一室に導かれ、布団を敷いて眠るよう指示されました。慣れない環境に緊張しながらも、ひどく疲れていた僕はすぐに眠りに就きました。
翌朝、社長と名乗る男に、六時前にたたき起こされました。そして作業着に着替えさせられ、工事現場へと連れて行かれます。そこで初めて、僕は自分が従事する仕事の名前を知ります――型枠解体工、という。
鉄筋コンクリートの建物を作成する際、コンクリートを流し込むための型枠が必ず必要になります。しかし、コンクリートが固まった後は、その型枠は不要物になります。だから、それを解体する人が必要です――それが、型枠解体工です。
僕はそれまで、そんな仕事の存在すら知らなかったのですが、全く問題はありませんでした。やることと言えば、先輩達のサポートだけです。ビルの上層階にて彼らが素晴らしいスピードで取り外して行く、パイプやベニヤ板などを受け取り、それを一階まで運ぶ。それが終わり次第また上層階に戻り、次のものを受け取る。ただその繰り返し、頭を使う必要なんてありません。体を動かすだけ。運び続け走り続けるだけ。少しでも休むと、あらゆる方向から怒鳴られます。
僕は何も考えず、ただ必死に働き続けました。
早朝に始まったその仕事は、夕方になりよやく終わりました。僕はまたワンボックスカーに乗せられ、アパートに戻されます。
勿論僕はフラフラになっていました。というよりも、仕事中に既にへばっていました。当たり前です。普段からろくに運動もしない普通の中学生なのです。勉強しか知らない――その勉強すらちゃんとは出来なかったのですが――ひ弱な少年なのです。そんな過酷な現場でやっていける訳がない。
倒れ込んだ僕に向かい、社長は言いました。日給は五千円だが、お前は半分は働いていないし、食費と寮費を差し引けば赤字だ。まあ初日だから大目に見てやるが、明日も同じようだったら、逆にお前に金を払ってもらうからな、と。
もう耐えられない、僕は思いました。逃げ出そう、と。
けれども、次の日も僕は現場に居ました。どうしようもありません――逃げる体力すら残っていませんでしたから。
そしてその日の現場も酷いものでした。指示に応えようとも、全身筋肉痛で体は動かない。先輩達はそんな僕を嘲り、作業着が臭い臭いと連呼する――作業着は毎日夜のうちに洗濯しておくものだという知識すらなかったのです。仕方がありません。そして僕は途中でバテテしまい、日陰に転がされたのでした。
当然、その日の給与もゼロです。流石に金銭を請求されることはありませんでしたが、罵声と共に何度か蹴飛ばされてしまいました。僕は抵抗すら出来ず、ただ耐え続けるしかありません。
最後に社長は言いました。逃げるなよ、と。お前のせいで赤字なんだ、それを返し切るまで、絶対にここから逃がさないぞ、と。そして笑って去って行きました。
僕は強く思います――ここは監獄よりひどい場所だ、と。絶対に、すぐに逃げ出さなければいけない、と。けれども、体力も気力も尽き果ていたた僕は、逃げることも洗濯することも出来なないままに、また眠りに落ちたのでした。
そして三日目。
目を覚ました時、既に時刻は午前十時を回っていました。寝過ごした、僕は茫然とします。どれだけの罰を受けるだろう。暫く身動き一つ出来なかったのですが、やがて意識がはっきりしてくると共に、隣室からのジャラジャラという音――明らかに麻雀牌をかき混ぜる音です――と、窓の外からの雨の音を認識し始めます。そしてようやく、ああ、雨なんだと理解します。雨の日は、現場は休みです。つまり今日は、完全な休日なのです。
そう思った途端、僕は起き上がりました。懸命に考えます。部屋には誰もいない。皆隣室でマージャンに興じているようです。つまり僕を見ている人はいない。そして財布には、家を出る時に盗んでいたお金がほぼ手つかずで残っている。僕は決意をしました。
体中の筋肉痛になど、構っていられませんでした。僕は手早く着替えると、街中に向かって懸命に走り出したのでした。
その後、どこをどう走ったのかは覚えていません。現場と寮しか知らない僕は、駅への経路など勿論知りませんでしたし、スマートフォンの地図アプリなどもなかった時代です。僕はただ走り続け、そして幸運にも、小さな駅に辿り着きました。そして追跡者を恐れる僕は、何も考えずに最初に来た列車に飛び乗ったのでした。どこに行くのかも分からずに。
けれども、その列車の終着点が、新幹線の停まる駅だったことが、僕の行く先を決定してしまいました。
いや、そもそも、たった三日で挫折した僕にとって、それ以外に行く先などあろう筈はありませんでした。
僕はトボトボと向かうのです――新大阪駅へと、僕の家へと。
たった三日の脱獄生活は、そうして終わったのでした。