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ジンマ、来ませり ~九頭竜の花嫁達~第1話 桜花
■ あらすじ
穢れと呼ばれる怪異と戦うことを生業としている高天家と九頭竜家は古来より怨敵として争い続けて来た。しかし、両家は意外な理由で和睦することに。九頭竜家当主の娘、桜花が高天家次期当主のオロチに結婚を申し込んだのだ。それを拒絶するオロチ。彼は十年前の両家の抗争により敬愛する叔母小夜子を失っていた。それによりオロチは誰よりも九頭竜家を憎悪していた。ある日、桜花が穢れに襲われている子猫を救ったことがきっかけで二人は出会う。猫好きに悪い奴はいない。二人は同じく猫好きであり、こうしてオロチは桜花と打ち解けた。その時オロチは知る由もなかった。この後、九頭竜家の分家から8人の花嫁候補が自分の前に現れることを。
■ シナリオ本編
■ ナレーション 高天家と九頭竜家の因縁の歴史
〈妖の血を受け継ぐ妖人族の末裔で構成された高天家と陰陽師を源流とする剣聖の一族、九頭竜家。両家は人間に仇為す『穢れ』と呼ばれる怪異と戦い滅ぼすことを生業としていた。だが、水と油のように両家は決して交わることはなく、お互いを怨敵と認め古来より争い続けていた〉
〈時代は移り変わり、令和の時代。両家の争いは意外な理由で終止符を打つことになった━━。〉
■ 繁華街 夜
裏通りに続く道が警察によって封鎖されている。
通行人は何事かと封鎖された通りを覗き見る。
警察「危ないからさがって!」
殺伐として警察。
■ 繁華街 裏通り 夜
そこでは複数名の剣士がカラスの様な姿をした化け物━━穢れと戦っていた。
剣士達は妖しく光る妖刀を身構え、穢れに斬りかかった。
しかし、剣士達は為す術もなく穢れに薙ぎ払われた。
剣士A「こやつ、強いぞ⁉」
穢れの強さに剣士達は狼狽えながら後退る。
その時、ビルの屋上から人影が飛び降りて来る。
人影は右拳に炎の妖気を込めると、そのまま穢れの脳天を殴りつけた。
穢れの脳天は粉々に砕け散り、そのまま消滅する。
そこに佇んでいたのは頬に黒蛇の刺青が刻まれた少年━━高天オロチだった。
剣士達は目を見開きながらオロチを睨みつける。
剣士A「小僧、何者だ⁉」
オロチ「あ? 高天オロチだ」
剣士B「貴様が高天家の次期当主か⁉」
オロチの名を聞き、剣士達はたちまち殺気立つ。刀を身構え、オロチを睨みつけた。
剣士A「ここは我が九頭竜家の領域ぞ! 薄汚れた妖の血を引く高天家が立ち入ってよい場所ではない!」
剣士B「妖人はここより立ち去れ!」
オロチ「オレが何処で何をしようがオレの勝手だ。てめえらこそ、とっととオレの前から消え失せやがれ。目障りだ」
剣士達は怒りの形相を浮かべると、同時に叫んだ。
剣士達「ジンマ、来ませり!」
剣士達の前に甲冑をまとった鬼が現れる。
剣士A「我らが最強の使い魔によって滅ぶがいい!」
次の瞬間、オロチは右手に纏った炎を剣士達が召喚した使い魔に放った。
その一撃で使い魔達は一瞬で消滅する。
剣士達は狼狽し、身体を震わせる。
オロチは背後に大蛇の妖気を漂わせながら剣士達を睨みつけた。
オロチ「失せろ」
オロチの強大な妖力を目の当たりにした剣士達は引きつった形相を浮かべながら退散していった。
剣士達が立ち去った後、オロチはキョロキョロと周囲を見回すと、何かに気付き嬉しそうに頬を緩ませた。
オロチ「もう大丈夫だぞ、お前達」
オロチは物陰に隠れていた猫の親子達に近づく。
オロチ「お前達を食おうとしていた化け物はもういないから安心しな」
オロチは懐から猫缶を数個取り出し猫達の前に置く。
猫達は猫缶に群がり、美味しそうに食べ始める。
オロチ「美味いか?」
オロチは先程とは打って変わって、頬を染め、とろけ切った表情で猫達を眺めていた。
すると、オロチは背後に気配を察知し振り返る。
そこには黒服を着た男が佇んでいた。
黒服「坊ちゃん、知世様が火急のお呼び出しです」
オロチ「お袋が? 何の用だ?」
黒服「それは知らされておりません。とにかくお屋敷にお戻りください」
オロチは名残惜しそうに猫達を見る。
オロチ〈ったく、せっかくの至福の一時を邪魔しやがって〉
オロチは面倒くさそうに目をしかめると、頭を掻きながら深く嘆息する。
オロチ「わーったよ」
オロチはそう呟くと、空高く跳躍する。一瞬でビルの屋上に着地すると、そのまま走り出す。
夜空にオロチの姿が舞った。
■ 高天家 屋敷 夜
オロチが屋敷の門をくぐると、大勢の黒服達に出迎えられる。
黒服達「お疲れ様です、坊ちゃん!!!」
オロチ「お袋は?」
黒服A「当主の間でお待ちです」
■ 高天家 当主の間 夜
当主の間でオロチの母、知世が煙管をふかせながら優雅に鎮座している。
※ 高天家の当主にしてオロチの実母である知世は長い銀髪をなびかせ、両目には呪印の書かれた呪帯を巻いている。雪の様に白い肌。40代とは思えない若さと美貌を輝かせている。
知世「戻ったかえ、オロチや」
オロチ「お袋、何の用だ? 忙しいからとっとと用事を済ましてくれ」
オロチは不機嫌そうな表情で知世を睨みつけた。
知世「まーた猫どもと戯れておったのかい? お前のにゃんこ好きには呆れるのう」
知世はホッホッホと笑い声を上げた。
オロチ「別にいいだろ⁉ んなことよりさっさと要件を言え!」
オロチは恥ずかしそうに頬を薄く染めながら知世を怒鳴りつけた。
知世「ならば単刀直入に申そう。オロチや、お前の結婚が決まったぞ」
オロチは知世の言葉を聞き、一瞬呆気にとられ目を丸めて立ち尽くした。
オロチ「なん、だと? そりゃどういうことだ⁉」
知世「この度、我が高天家は九頭竜家と和議を結ぶこととなった。そこで両家の絆を強固なものとする為にお前と九頭竜家の娘を結婚させることにしたのじゃ」
オロチ「したのじゃって……んな大事なこと勝手に決めるんじゃねえ! オレは結婚なんか認めねえからな!?」
知世「これは当主命令じゃ。もし拒否すれば我が息子といえども容赦はせんぞ?」
知世は微笑を湛えながら背後に強大な妖気を漂わせた。
オロチは眉間にしわを寄せながらチッと舌打ちする。
オロチ「そもそも何でいきなり九頭竜家と和睦することになったんだよ? オレ達は古来よりの怨敵同士だったはずだろ?」
知世「一目惚れしたそうじゃ」
オロチ「一目惚れ? 何のことだ?」
オロチは目を丸める。
知世「先日、政府仲介による当主会談があったのは覚えておるか?」
オロチ「ああ。十年前の大規模抗争みたいなことにならないようにって、色々とルールの取り決めをしに行ったやつだろう?」
知世「その時、九頭竜家当主の義輝がの、こう申して来たのじゃ。我が娘が貴様の息子に一目惚れしたから、是非とも嫁にもらって欲しい、とな」
オロチは驚きに顔を強張らせる。
知世「その流れで、いっそのこと和睦しようじゃないかって話になっての。まあ、そういうことじゃ」
オロチ「ふ、ふ、ふざけんじゃねえ!!! それじゃ、結婚させる為に和睦したってことじゃねえか⁉」
知世「男のくせに細かいのう。ともかく、結婚は確定事項じゃ。もし嫌ならば掟に従い力ずくで母を納得させればいい。お前に出来るのであれば、じゃがの?」
知世はニタリ、とほくそ笑んだ。
オロチはがっくりとうなだれると、悔しそうに歯軋りをした。
オロチ「クソったれが!」
オロチは怒声を張り上げると、瞬く間に屋敷から飛び出して行った。
■ 繁華街 本通り 夜
オロチは苛立った表情で本通りを歩いている。
その時、強面の大男と肩がぶつかる。
大男「小僧、死にたいのか?」
大男はオロチを睨みつけた。彼の周りには強面の男が三人ほどおり、彼等もオロチを睨みつけた。
オロチは常人の目には止まらない速さで大男の顎を軽く小突く。
大男はその場で崩れ落ち、泡を噴きながら地面に倒れ込んだ。
オロチ「弱い者虐めしたって気は晴れねえな」
オロチは退屈そうに呟いた。
その時、オロチは上空から何かが落ちて来るのに気付く。
オロチ「なんだ……?」
オロチは目をしかめながら、空からの落下物を凝視する。
それは巫女のような衣装を身に纏った少女だった。
オロチ「何で女が空から降って来るんだよ⁉」
オロチは咄嗟に少女を抱き止めた。その時、両腕に衝撃が走り、顔をしかめた。
オロチ「くっそ重てえな!?」
その時、オロチの腕に抱きかかえられた少女はキッと口を結ぶと、オロチの頬を平手で叩きつけた。
オロチは目を見開き、唖然とした表情で少女を見る。
少女「女の子にそんなこと言うなんて最低ですよ⁉」
オロチは怒りのあまり肩を震わせる。
オロチ〈このクソ女……! 助けるんじゃなかったぜ⁉〉
少女「来る……!」
少女は険しい眼差しで上空を睨みつけた。
次の瞬間、黒い影がオロチと少女に襲いかかった。
大きな爆発が起こり衝撃波が発生して周囲の通行人を吹き飛ばす。
オロチは少女を抱きかかえたまま、後方に飛び退いていた。
二人の目の前には、カラスのような姿をした巨大な穢れが佇んでいた。
オロチ「穢れだと? お前、何であんなのに追いかけられているんだよ⁉」
少女「お前じゃない。私の名は桜花よ。そんなことより早く降ろしなさい!」
オロチは額に青筋を浮き立たせると、笑顔で桜花を放り投げた。
桜花は尻もちをつき、痛みに顔を歪ませる。
桜花「女の子を放り投げるなんて、あなた最低よ⁉」
オロチ「うっせー、クソ女。耳が腐るから黙っておけや」
オロチは桜花の姿を見てハッとなる。
オロチ「てめえ、九頭竜家の退魔剣士か?」
桜花「だから何? 貴方には関係ないでしょう?」
オロチは引きつった顔を浮かべる。
オロチ〈本当に可愛くねえな!?〉
オロチ「大ありだ。この辺は高天家の縄張りだ。九頭竜家のクソ女はとっとと失せな」
桜花「私が何処で何をしようと私の勝手よ。あなたに指図されるいわれはないわ」
その時、オロチは驚きに目を見開く。
オロチ〈オレと同じようなことを言ってんじゃねえよ!〉
オロチは苛立ちを露わに拳を震わせた。
穢れ「ギャオオオオオオオオオオオン!!!」
カラスのような穢れが桜花に襲い掛かる。
オロチ「うっせえんだよ!!!!!」
オロチは右拳に炎を纏わせると、そのまま穢れを殴りつける。
穢れはその一撃で粉々に砕け、消滅した。
桜花は驚いた表情でオロチを見る。
桜花「あなた、強いのね」
オロチ「褒めたって何も出ねえぞ」
桜花「なら安心して手伝ってもらえそうね。半分は任せたわ」
桜花はそう言って刀を身構えた。
オロチ「あん? お前、何を言って……」
次の瞬間、オロチは複数の魔の気配に気付く。
上空を見上げると、先程のカラスの姿をした穢れが十数匹現れるのが見えた。
オロチ「お前、本当に何であんなのに追いかけまわされているんだよ⁉」
すると、その時、桜花の胸の中から子猫が顔を出した。
子猫「にゃおん」
子猫を見た瞬間、オロチは全身に衝撃が駆け巡る。頬を染め、わなわなと身体を震わせた。
オロチ「そ、そのにゃんこは?」
桜花「奴らに襲われそうになっているところを助けたの」
オロチ「なんだと⁉」
オロチの瞳が鋭利なナイフの様に鋭く引きつる。
桜花「私が奴らの獲物を横取りしたから、怒って追いかけて来たのよ」
オロチ「そうか……」
オロチはそう呟き、一歩前に出る。
桜花「オロチ、半分任せてもいいかしら?」
オロチ「いいや、桜花、お前はそこでにゃんこを守っていろ。奴らはオレが全て片付ける」
オロチはそう告げると、髪を逆立て全身から妖力を立ち昇らせた。
オロチは目の前に大きな魔法陣を出現させる。
オロチ「吹き飛べ!!!」
オロチは右拳に炎を纏わせると、そのまま振りかぶって魔法陣を殴りつけた。
オロチの拳が炸裂した魔法陣から八匹の大蛇が現れ、咆哮を発しながらカラスの姿をした穢れに襲いかかった。
十数匹の穢れは全て一撃で消滅する。
オロチ「にゃんこに危害を加える奴は絶対にオレが許さねえ」
オロチは満足気に呟いた。
桜花「助けてくれてどうもありがとうにゃあ」
桜花は子猫を両手で掴み上げると、オロチの目の前に子猫を近づけながらそう言った。
桜花「きっとこの子もそう思っているわよ」
桜花はそう言ってニッコリと微笑んだ。
すると、子猫は何かを見つけ、にゃあと鳴いた。
子猫の視線の先には親猫と兄弟猫の姿があった。
桜花「さあ、お母さんのところにお帰り」
桜花が子猫を地面に置くと、子猫は親猫のもとに駆け寄って行った。子猫は親猫と再会を喜ぶかのように頬をすり合わせた。
その時、上空から再びカラスの姿をした穢れが猫達に襲いかかった。
桜花「まだ残っていたの!?」
その瞬間、オロチは猫達を守る為に躍り出た。
穢れの爪先が猫達に突き刺さろうとした瞬間、オロチが猫達を庇う様に覆いかぶさった。
穢れの爪先がオロチの背中に深く突き刺さる。
オロチ「良かった……ガハッ!」
オロチは吐血するも、猫達の無事を確認して柔和な笑みを浮かべた。
桜花はそんなオロチの姿を見て大きく目を見開いた。
そして、桜花は怒りに顔を歪ませると穢れを睨みつけた。
桜花「ジンマ、来ませり! おいでませ、黄昏の竜帝!」
桜花が招来呪文を唱えると、目の前に竜神が現れる。
竜神はブレスを吐き、穢れを消滅させた。
穢れの消滅を確認すると、桜花はオロチに駆け寄る。
桜花「大丈夫!?」
オロチ「ああ、にゃんこ達は無事だぜ」
桜花「そんなの分かってる! 私は貴方のことを聞いているのよ⁉」
オロチ「なんだよ、オレの心配をしてくれるのか?」
桜花「当たり前よ! だって、猫好きに悪い人はいないもの」
オロチ「オレは九頭竜家の人間は吐き気がするくらい嫌いだ」
桜花は口を結んで息を呑んだ。
オロチ「でも、さっき桜花が言っていた猫好きに悪い奴はいないって話。それについては激しく同意するよ」
オロチはそう呟いた後、意識を失った。
■ オロチの夢
そこは炎に包まれた十年前の街。
至る所に九頭竜家と高天家の人間の死体が転がっている。
オロチは血塗れの姿で炎に包まれた街をさ迷っていた。
その時、オロチは地面に倒れている長い白銀の髪の美女を発見する。美女の名は高天小夜子。オロチの叔母である。
彼女の側には、九頭竜家最強の剣士と謳われた剣聖武丸も死体となって横たわっていた。
オロチは小夜子が武丸と相打ちになって死んだのだと理解する。
オロチ「小夜子叔母さん!!!!!」
オロチはその場に崩れ落ち、泣き叫んだ。
■ 高天家 オロチの自室 朝
オロチはベッドの上で目覚める。
オロチ「ここは……?」
オロチは起き上がろうとした瞬間、背中に痛みを覚える。
体を見ると、包帯が巻かれていることに気付く。
ハッとなり、全てを思い出す。
オロチ「そうか。オレはあの時……」
不意にオロチの脳裏に桜花の姿が過る。
オロチ「あいつは無事だったんだろうか? いや、オレが無事なんだ。きっとあいつも無事に違いないな」
部屋のドアが開くと、知世が入って来る。
知世「お目覚めかい? 馬鹿息子が」
オロチ「ああん? それが生死の境をさ迷っていた息子にかけるお言葉たあ、有り難くって涙が出るぜ」
知世はオロチの前に行くと、無言のままオロチを抱き締めた。
オロチは傷が痛み、顔を歪める。
オロチ「このクソババア、何をしやがる……⁉」
知世「親に心配かけるなんて、馬鹿息子以外の何ものでもないじゃろうが!」
知世はオロチを抱き締めながら肩を震わせた。
オロチは返す言葉を失い、軽く嘆息する。
オロチ「お袋、悪かった。以後、死なない様に気を付ける」
知世「当たり前じゃ! このたわけが!」
知世はそう言って、バシン、とオロチの背中を叩いた。
オロチは激痛のあまり悶絶する。
知世「それよりも、目が覚めたんなら早く支度をおし。客人が待ち侘びておるぞ」
オロチ「……客人?」
■ 当主の間 朝
知世の後に続いてオロチが当主の間入ると、そこに一人の少女が鎮座していた。
少女はオロチが入って来るなり、平伏する。
知世「オロチや、紹介しよう。こちらは九頭竜桜花。お前の許嫁じゃよ」
少女━━桜花は顔を上げると、オロチを見て微笑む。
オロチは桜花を見て顔を強張らせると、額から汗を垂れ流した。
オロチ「お、桜花、お前がオレの許嫁だったのか⁉」
桜花「あらためまして、九頭竜桜花と申します。オロチ様、不束者ですが、何卒よろしくお願い致しますね」
桜花はそう言ってぺろっと舌を出して微笑んだ。