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テトラポッドの隙間の話
自宅から徒歩3分ほどで到着する、日本海の小さな漁港跡地。
そこは、2人の息子とよくガラス石(シーグラス)を探しにいく、過疎地の寂れたプライベートビーチだ。
その海は、私が子どもの頃から慣れ親しんできた場所でもあり、プロ猿になるために厳しいトレーニングを積んできた地でもある(テトラポッド=波消しブロックの上や隙間を、いかに素早く華麗に飛び回れるかを表現する猿人間)。
そんな田舎の寂れた浜に、鼻腔をえぐり、脳髄を突き刺す強烈な刺激と幸福感を与える、悪魔のスポットがある。
それこそが、テトラポッドの隙間だ。
そこは、行けば毎回現れるというものではない。
むしろ、テトラポッドの隙間という隙間を、覗き込んでは移動し、覗き込んでは移動しを繰り返しても見つからないことの方が多い。
それでも諦めずに探し続ける。
すると、その瞬間は突然訪れる。
「むっ、ゔぉふぁ!」
あまりに強烈な刺激に、一瞬意識が飛びそうになる。
しかし徐々に、なんとも言えない幸福感で全身が満たされていく。
生き物の死骸が腐乱し発酵した強烈な臭い、いや、匂い。他の言葉で例えようがない、唯一無二のマーベラススメル。
かつて生命あったものたちの最期の叫び。魂の叫び。
あなたも、この叫びを全身で感じ取ったとき、きっとその匂いの虜になる。
海に行く度に、「またあの叫び声を聴きたい、全身で感じたい!」と、テトラポッドの隙間に吸い込まれていく。
そして、気付いたときにはもう元の世界には戻れなくなる。
月日が経ち、ある男がテトラポッドの隙間を覗き込んできた。
あなたは、強烈な匂いとともに叫び声をあげる。
生命の叫び。魂の叫び。唯一無二のマーベラススメル。
男は呼吸が一瞬止まった後、虚な目をしながら恍惚の表情を浮かべ、あなたの方へ近付いてくる。
男の顔が目と鼻の先まで近付き、目の前が真っ暗になったとき、あなたはようやくあなたに戻れる。
田舎の寂れた浜では、波音とともに、シーグラスを探す2人の子どもの笑い声が響き渡っている。
あたりには、強烈な匂いが切なく漂っていた。
そんな妄想をひとり楽しんでいると、「お父さん、もう帰ろうよ。」と子どもたちが言ってきた。
ハッと我れに返ると、陽はだいぶ傾いている。
声のする方を見ると、夕日をバックに逆光で真っ黒になった2人の子どもが立っていた。
あんな気持ちの悪い妄想をしていたせいか、その光景がなんとも不気味で恐ろしかったのを覚えている。