芒種日記/鉢植えみたいな恋をした
6/6(火)
刀鍛冶の里の最新話をみる。
煉獄さんは、明るくていいなぁ。
蜜璃ちゃんも、明るくて大好きだよ。
この師弟の間で暮らしてみたかった人生ですね。(それはつまり千寿郎になるしか)
6/7(水)
今日は休みだが、買い出しもあるし、息子が降園したら小児科にも連れて行かなきゃならないので忙しい。娘は数日前から風邪気味で、今朝起きると「喉が痛い」というので、大事をとって休ませることにした。今日は夫もいるので、久々にひとりっ子気分を満喫させてあげたい。
とは言え、私はそろそろひとりでグータラしたいのだ。来週火曜日の休みは、久々にひとりきりで過ごせるのでその日を支えにずっと頑張っていたのだが、色々あって出勤になりそうなのでもうダメです。頑張れません。
仕方がないので、スタバの瀬戸内レモンケーキフラペチーノでドーピングした。
これ飲んだから頑張れ。乗り切るんだ、俺。
レモンのほろ苦さは、まるで私の心のようで。
6/8(木)
朝からチョコバッキーでドーピング。
でないと俺は、俺はもう乗り切れないんだ。
2〜3日前から左目の奥?というか瞼の裏側?に内出血のような痛みがあり、なんだろうな。
子供たちに蹴られたり頭突きされたりしたっけな。記憶がないなぁ。地味に痛くてしんどい。
今日から梅雨入りらしい。
雨が続くと洗濯物が臭くなるのでいやだ。
部屋干しでも臭わない洗剤やら柔軟剤を色々と試すけれど、やっぱ天日干しには敵わない。
タイトルに惹かれて、Netflixで『完璧な母親』を観た。アニヤは、なんだかまるで私の妹のようだった。あんだけやっといて「助けて」って虫の良い。結局は子供なんだな。まぁ実際、微妙な年頃だし、しょうがないわけだが。
最後にエレーヌはどちらを選んだのだろうか。私が彼女の立場だったら、ヴァンサンを選ぶかも知れない。でも、だとしたら、アニヤを庇わない。アニヤを庇ったのだとしたら、最後に彼女の手を振り解かずに、嘘に塗れたままベルリンの家に帰るべきだと思った。
とは言え、まぁ人間だからその辺の葛藤はあって然るべきなんだろうな。完璧な人間などいないわけだからね。
ってか、言うほど「完璧な母親」としては描かれてなかったと思う。家が裕福なのはさておいて、やってる事としてはごくごく普通の母親じゃない?ちょっと過干渉なくらいで。時に暴走しつつも「どうするのがベストか考えながら頑張って動いてる女性」って感じの話だったけど。ダミアンの母親はいかにも「やっべぇぞっ!」って感じだったけどな。
あまり過去の出来事が客観的に描かれている場面がないから、実際のところがどうだったのかよく分からない。子供たちからすれば、「自分達には無関心なくせに、外面ばかり飾る、虚栄に満ちた親達」って感じなんだろうけど。
個人的にはそこまでの親には見えなかった。
よくある「これが“完璧”ってこと…??狂ってる…!」みたいなホラー的展開でもないしな。まぁいろんな親がいるってことだが、結局「母親」って役割に皆さん期待しすぎだと思います。母なんてな、しょうもない生き物だよ。
ダメです、語りすぎました。
母親コンプレックスの表れですね。
6/9(金)
ずっと「観なきゃ」と思ってさきのばしにしていた『花束みたいな恋をした』をNetflixで視聴。結果、見事にメンタルをやられる。
私自身はどちらかというと絹よりも麦に感情移入をしてしまう。と、いうか、絹の生き方の方が、精神衛生上よっぽどよろしいことは理解した上で、それでも麦のような生き方を選択してしまうと思う。
「その人は、今村夏子さんのピクニックを読んでも、何にも感じない人だよ」と言われた麦が「俺も…もう感じないかもしれない」と返す言葉。あれはもう、今の私そのまま。
かつてあんなにときめいた、心酔していたものたちが、今はなんの輝きもなく、ただただ石ころのように転がっている。いや、輝きを感じられなくなったのは、自分自身なんだけれども。
イラストレーターを目指し、サブカルにかぶれていたあの20代前半から半ばの記憶。フリーターで、文字通りふらふらしていた根無草の私。好きな人と、毎週のように始発まで飲み明かしていたあの頃。夢か幻かのようだった幸せな時。
「あれはきっと、夢か幻だったんだな」と、カプセルに詰めた懐かしい思い出達を反芻しながら、灰色の生活を私は紡いでいくのです。
家までの徒歩30分間のかけがえない時間でさえ、ただの「めんどくさい」になってしまうんだからな。駅近に勝るものは無いですよ。金で、時間を買うんだよ。
ただ、映画見てて思ったのは、とりあえず麦くんは就職してからちょっと精神疾患入ってきてると思うので、早い段階でメンタルクリニックに行くなりなんとか対処方があったなら、もう少し修復可能な関係性だったのではないかな…という気はする。
現在の麦くんは、イヤホンのLRを語るくらいには回復して、また音楽に興味を持てているわけだし。(しかし、そんなことよりも、かつて自分達がやられて嫌だっただろう「年長者の語り」を若者カップルに対してやろうとするようになった麦と絹に、落胆まではいかないけど「時の流れ」と「現実」を突きつけられて「あぁ〜…(グサリグサリ)」ってなった。若い人から見たら、自分もあんな感じなんだろうな)
麦くんは根が真面目なんだろうね。
社会人になったら、健康保険料だって年金だって自分で払うことになって、5万円の仕送りは打ち切られちゃうし。そんな中でも、絹ちゃんにはそのままの彼女らしく楽しく幸せに暮らして欲しいと願っていて、いずれ結婚も考えたら、彼女との暮らしを維持するために正社員として働く方が良かろうと思うのは自然なこと。
フリーターで、正社員と同じくらい稼ごうとしたらそれは難しいもんな。それに、正社員になったからって、麦くん自身も絹ちゃんとずっと変わらず楽しく暮らしたかっただろうし、それができると信じていたんだろう。だからこそ17時に上がれる仕事を選んだわけで。(実際は上がれないんだが)
結局、別れる際に絹ちゃんだって「あの家の家賃はわたしには払えないし」と言ってるわけだから。絹ちゃんだって、自分をしっかり持っているようでいて「自立できてるか」って言ったらそれはまた別の話だよな。彼女は都内に実家もあるしだなぁ。
麦くんは本当に「生活」をしようと努めていただけなんだよな。最後にはそれが「絹ちゃんと幸せに暮らすための手段」ではなくて「目的」になってしまっただけで。
「花の名前を女の子から教えてもらうと、その花を見るたびにその子のことを思い出す」と絹ちゃんは言っていたが、そんな「あれを見る(聞く・読む)たびに、あの人のことを思い出す」ような特定の思い出がたくさん詰まった恋愛だったんでしょうね。だから、「花束みたいな恋」なんだな。それはある意味、呪いのように我々の心を過去に縛り付けるよね。
でもって、花束ってきちんとケアしなければすぐに枯れちゃうしね。さらに言うと、きちんとケアしてたって、どうしたっていつか枯れてしまうからな、花束は。すごいタイトルつけたもんだよ。
さて、私は夫と価値観や物の好みが全く違うし、興味の対象も笑いのツボも違うため、そういった意味ではそもそもすれ違いの心配がないですね。交わってすらいないので。
ある意味では結婚に向いている相手同士と言えるのかもしれません。我々には「花の名前」のような記号も呪文も、ほとんどございません。花束どころか、花すらないのです。幸か不幸か。
余談ですが私、実家の前の道のストリートビューに数年間載っていたことがあります。顔は隠れてるけど結構恥ずかしかったな、あれ。
6/10(土)
『花束みたいな恋をした』を見た影響でメンタルをやられ、昨夜は寝られなくなってしまった。ダメージがデカすぎる。
「サブカルかぶれの過去がある人間には、グサグサ刺さってダメージデカすぎるし、見た後についつい自語りしてしまう映画」らしいんだが、まさにその術中にハマってしまった。クソっ。辛い…!羞恥心…!!
あまりに辛いので口直し(?)に、こちらもずっと観たかった『恋は雨上がりのように』を観た。とても良かった。店長が女子高生のあきらにきちんと節度を持って接すること、誠実に向き合ってくれること、娘を持つ身としては超安心感で観てしまった。大雨で停電のシーンはハラハラしてしまったが、最後までとても清々しい関係性でよろしかった。自分が女子高生の頃に見ていたら、もうちょっと色々もどかしい気持ちになるんだろうが。
原作漫画はチラッと立ち読みしかしたことしかないからよく分からないんけど、見た目は2人とも原作と結構違うよね?でも2人のキャスティングがすごく良かったと思う。
小松菜奈のアンニュイさ!
本当に魅力的な人だな。
ずっと好きだなー。
6/11(日)
昨夜、下膳の際に手を滑らせて丼椀を割ってしまった。昨年の結婚記念日に揃いで買った椀を。
このお椀のように、我々の関係も終わりなのかもしれないな。潮時なのかも。(毎回言ってる)
私は、私という鉢植えの、このカッスカスな土に、「誰か水を下さい水を下さい」と、そう言いながら20年以上を生きてきた。自分で水やりをするしか無いのだと気付いてはいるのに、未だやり方が分からないでいる。
だから過食したり、散財したり、推しを愛でたり、漫画や映画や夢の世界に逃げ込んだりするのだけど、どれもこれも一時的な策に過ぎない。なんというかもっと、もっと確実で簡単な方法があるはずなのだ。そうじゃなきゃ、人は何しに生まれてきてるのか本当によく分からない。根本的に、何かを間違えているような気がしてならない。
まぁそもそも、生きることに「意味」なんか求めるものではないんだろうが。
現実逃避に映画を観たくて、でも頭を使いたくなかったので、アクションかつハッピーエンドが確定しているであろう『ファブル』とその続編を観た。面白かったけど、疲れた。
6/12(月)
鬼滅の最新話を見る。
蜜璃ちゃん!
可愛い!大好き!!
そして唐突なおばみつの供給😭!!
尊すぎて死んじゃうかと思った。
お陰様で今日は頑張れます。
来週最終回か〜!早すぎるー!
でもまぁそうだよね、展開的には。
次期は柱稽古からの、いよいよ最終決戦になってくのか。
さすがに1クールじゃ終わらないよね?
あと2クール+映画くらいはかかるよね。
全部終わる頃には子供達はもう小学生高学年かなー。
さて、Netflixで『DUNE 砂の惑星』(ティモシー・シャラメの)を観始める。ずっとリストに入れてたけど、もうすぐ配信終了らしくて焦って再生。家事の合間に見るので細切れこまぎれにはなってしまうが。
ティモシー・シャラメの目!たまらん!
先日の小松菜奈ちゃんもだけど、三白眼っていいよね。しかもなんというか、生気がないのにセクシーな三白眼っていうか。
いや、実は私も三白眼なんだけどさ、私のはただただ元気がないだけのしょうもない三白眼だからな。
6/13(火)
色々あって結局休みになった。
久々に1人きりの休み!
朝から張り切ってステッパーを踏む。
買い出しに出かける。
『DUNE 砂の惑星』を観終わる。早くパート2観たいな。
休みだし、のんびり過食でもしてダラダラ過ごしてやろうかと思っていたけど、なんだか過食の仕方を忘れたようで、食べ方を組み立てることがうまくできなかった。というか、そもそも過食の必要性を感じなかった。これは多分良い兆しなんだと思うが。
だらだらネットサーフィンをする。
『鬼滅の刃』の漫画を読み返す。
もう一度ステッパーを踏む。
そうこうしてるうちに子供達が帰ってくる。
あっという間に終わってしまったが、2泊3日くらいひとりになれたら、かなり回復できる気がした。旅にでも出ようかな…。
6/14(水)
Netflixで『心のカルテ』を観る。
ライスミルクのくだりで泣いてしまった。とても良かった。
死を覚悟したのに死ななかった時、自分は生きるしかないのだと思い知る。
石炭を飲み込むような人生、生きるということは辛いこと。でもだからこそ喜びもある。
他人に何とかしてもらおうとするな。
お前が生きるしかない。
生きることに理由などない。
終盤の白いワンピースのリリー・コリンズ、すっごく綺麗だったな。
6/15(木)
こないだ夢うつつの時に「あれー?そういえばハムちゃんってなんで桔梗さんに匿ってもらってたんだっけ?久住とハムちゃんってなんか関係あるんだっけ?」などと急に思い出したもんで、Netflixで『MIU404』を見返す。志摩さんいいなぁー。
湊かなえさんの『母性』も配信開始されていたので30分くらい視聴したが、今のメンタルで観ると完全に鬱になりそうなので中断して、また後日見ることにした。映像化だと叙述トリックがどうなるのかなと気になってたけど、そこはあまり重視せずに描くのかな。
余談だが、うちの娘は永野芽郁ちゃんに似ていて、息子は綾野剛さんに似ています。親の欲目もあるけど、それを差っ引いても2人ともなかなか良いお顔。
6/16(金)
アラフォーになって感じることだが、40歳前後に明確な身体の衰えがあるように思う。一段階、確実に衰える。見た目も、中身も。
ひと昔前は40歳程度を「初老」と称したようだが、実際人間の身体の設計的に40歳というのは老いの入り口なのだろうな。
医学の発展や経済的成長で人間の寿命は伸びてるけれど、本来人間の身体ってそこまで生きられる設計になってないよね。
40歳で引退して余生を生きて、60歳くらいで死ぬのが多分肉体的には理想なんだろうな。
6/17(土)
ビタミンB群が不足しがちな体質であることは自覚しており、不摂生をすると口内炎が多発する傾向にある。ここ数日もまた口内炎に悩まされており、副鼻腔炎による後鼻漏も1週間以上続いていて絶不調なんだが、昨夜突如ベロの後方中央にでっかい口内炎が追加で発生した。これがもう不快極まりない。
全体的に疲れてる。なんかGW明けからずーっと疲れてるな。夕飯、作りたくないなー誰か作ってくれないかなーとか思いながら、誰も作ってくれないので自分が作るんですけどね。
クローゼットから引っ張り出してきた『鬼滅の刃』のコミックを、刀鍛冶の里編から最終巻まで一気読みしたため、情緒が忙しい日だった。最終決戦、泣きどころしかない。
6/18(日)
疲れのせいなのか、ひょっとして夜間に熱中症になったのか(クーラーはつけてたけどタイマーにしてたので、明け方暑かった)、分からないけど朝からだるくて。
夫の見送りに外に出たら陽の光が眩しくて目が焼けてしまい、そこから30分以上チカチカが治らない。「これは普通じゃないなー」と思いながらも、娘の水着を買いに出かけないといけないので、少し休んでから車で10分の商業施設へ。
…向かったはいいが、具合が悪い、目が痛い、首と肩がこわばる、気持ち悪い、酸素が薄い、しんどい。なんとか水着を買って、子供たちと約束したマックに立ち寄るも、イートインしてたらこれ多分倒れるぞと思い、テイクアウトにしてもらった。
ちょっと呼吸を整えて、体調が落ち着いたところで帰宅したが、家に着いたらもう思うように動けないし、頭痛いし、言葉が出てこないし、両手が痺れ始めて「これ万が一の万が一で脳疾患の可能性もなきにしもあらず」と思い、震える手でなんとか夫に電話。
「熱中症か分からないが、もう倒れるかもしれません。とりあえず家にいる、子供たちは無事です、手が痺れる」と伝えて、倒れた。
幸いにも人手が足りてたようで夫は早退してきた。夕方まで横になってなんとか動ける程度にはなったが、結局夜になっても体調は回復しきらず、20時には寝た。
そういや夕飯の時、またコップを落として危うく割るところだったけど、空中で一度キャッチしかけたため衝撃が和らいだようで、割れずに済んだ。
なんだかなー。疲れてるのは分かるけど、どうにか動いてくれよ、身体。病院行ったところで「自律神経の乱れでしょうね」って言われるのが目に見えてるし。
6/19(月)
どちらの言い分も信用はできない。
どちらも信じないし、どちらにも肩入れしない。不用意なことは言わない。
事実と真実は、ごちゃ混ぜにしてはいけない。
6/20(火)
「6月から頑張る」と思ってたのに、頑張れないまま6月が終わろうとしている。
副鼻腔炎のせいか目の奥がずっと痛いし頭も重いし、後鼻漏が続いているので痰を出すために咳をしていたら喉まで腫れてきてしまった。
一回病院行かなきゃだなー。
次の休みに行くかー。銀行にも買い出しにも、来月の誕生日ケーキの予約にも行かなきゃならんのだけど、合間にねじ込めるかな。
やらなきゃいけないことたくさんあって、休みが休みじゃないな。
6/21(水)
幼稚園がお弁当の日なので、5時半起きでお弁当。もうこの時期のお弁当は、衛生面に自信が持てなさすぎて怖い。
『MIU404』のエピソード9まで観た。
あーはいはいこんな話だった、うんうん!
でも案外、全話しっかり覚えてるもんだな。
ハムちゃんを井戸からすくい上げた後の志摩と伊吹のハグ!最高だった。
九ちゃんの変化と成長も良いんだよなー。
陣馬さんの顔面配備も笑
やっぱ野木亜希子さんの脚本は良いなぁ。
WOWOWでは最近も連ドラやってたみたいだけど、そろそろ地上波で野木さんの連ドラ観たい。
脚本は、野木さんと、坂元裕二さんと、岡田惠和さんが好きだなぁ。
さて、副鼻腔炎も口内炎も治らないまま芒種が終わる。今月の残り、結構ハードスケジュールだけど、乗り切れるんだろうか果たして。とりあえず、次のなんの予定もないボーッと過ごせる休みは30日なので、そこまで倒れないように頑張ろう。そしてまた7月から本気出す…。
…とまぁ、こんな感じで、また1年終わるんだろうなぁ。あー、健康じゃないだけで、日々のしんどさが3割増しだ。
元気いっぱいじゃなくていいから、日常生活に支障がない程度に回復して欲しいって思うんだが、多分一般的にはその状態を「健康」と呼ぶんだろうな。
健康も、幸せも、思い描くほど華やかものではないのだろう。生きるって、割と地味。