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骸骨探偵・第5話


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

「くっ……こうなったら、実力行使でも……逃げ切る……!」

 水難法師は半ば観念したように、だが同時に覚悟を決めたような顔で、拳を構える。
 ここからは、弱っちくなった怪異同士の醜いとまで言えるステゴロタイマン……と、いうのは既に聞き及んでいる。
 しかし、弱体化させたとは言えどそれでも力的には互角、そんな状態でのステゴロタイマン。
 骸骨探偵が確実に勝てる勝負なんてものじゃなく、相打ちの方が可能性は高いし、酷い時は骸骨探偵が負ける可能性もあるとも。
 自身は切れるカードを既に切った、その上でどうするか……相手の素性は既に暴いた、追加で暴こうと弱体化はされない。
 彼からはそう聞かされた、なら命運を分ける存在は僕、第三者である庭出助 修也自身だ。

「ふっ!」

「く、おっ……!」

 骸骨探偵の放つ拳を、水難法師が右腕を水のように液状化させ、受け流す。
 弱体化していても液状化することは可能らしく、何なら物理攻撃は依然として効かないような受け方が出来る。
 能力が弱体化してもなお活きているのなら、水難法師の方が有利……だが、その有利を僕が消す。

「はぁっ!」

「んがっ!? あああああっ!」

 一瞬の隙を見逃さず、僕はさっき水難法師の左手にかけた塩の残りを右腕に向けてぶちまけた。
 今度は人への擬態状態じゃなく、液状化している状態への直ぶっかけだ。
 先ほどよりも痛みが凄いらしく水難法師は近所迷惑な叫び声をあげ、焼け爛れる右腕を左手で押さえた。
 ……当然、そんなことをしていれば骸骨探偵の拳も迫る。

「ふんっ!」

「おごぉっ!」

「はぁっ!」

「うぐぇっ!」

 骸骨探偵のボディブロー、からのアッパー。
 骨なだけにぶっちゃけ大した威力ではないと思われる。
 だけど、確実に水難法師自身へダメージを重ねていた。

「庭出助、今度はコイツを使え」

「はいっ!」

 僕は骸骨探偵がコートから取り出した『高田の塩・お徳用』という、袋にいっぱいに詰まっている塩を貰う。
 今度は瓶に入っているようなチャチな量じゃなく、力士の真似事だって出来そうなくらいの量だ。
 袋を開け、僕は中にある塩をひとつかみ。

「そーっ、れっ!」

「わっ、わっ……! っ、おぎょっ!」

 水難法師の天敵足りうる塩を、思い切り投げつける。
 雨あられのように降り注ぐ塩を前に、水難法師は飛びのいて逃げようとする。
 だが、僕が塩を握りこんだ時点で避ける場所を予測していた骸骨探偵が動いていたのだ。
 骸骨探偵に塩の効果はない、幽霊じゃないからか、これが盛り塩でないからはわからないけど。

「はぁっ、はぁっ……くそぉっ……!」

 水難法師は骸骨探偵に数発殴られた所で、肩で息をして動きを止める。
 当然ながら骸骨探偵はその追撃に入る──が、水難法師は首から上を液状化させて攻撃をすり抜けさせる。
 なら、塩をぶつける……と思った時に、水難法師は全身を液状化させて、僕の投げつけた塩を避けた。
 全身が液体になった水難法師は、地面に落ちた塩で多少のダメージは受けながらも、僕と骸骨探偵の間を抜けた。
 敷地外へ出て、逃げるつもりだ……! 逃がしてたまるか! 姉を傷つけた報いを受けさせるまでは、絶対に!

「くそっ……! まてぇっ!」

「庭出助! 全部ぶちまけろ!」

 骸骨探偵が叫んだ。
 そうか、そういうことか、とすぐに納得し、僕は手に持つ塩の袋を盛大に高く振り上げた。
 開いた袋の口から塩は高く舞い上がった。
 約1kgの量の塩、僕がぶちまけたそれは液状化していた水難法師へと迫り──。

「ぐわあああああああああっ!」

 水難法師の身体の大半に命中し、その体積を削いだ。
 体を焼かれながらも、水難法師は液状化を解除して、人間へ擬態している姿へと戻った。
 だが、その体は小さかった。
 先ほどまでは180cmはあろう初老だったが、今は1mにも満たない子供のようなサイズへと縮んでいた。
 さながら、小さいおっさん……当然足も遅くなっている。

「このぉっ!」

 僕は塩の袋を投げ捨てて走り出し、骸骨探偵と共に水難法師へ向けて手を伸ばした。
 だが、その手はまたも空を切った。

「ふっ、ふっ……!」

「またかよ!」

 水難法師はもう一度身体を液状化させ、とうとう敷地外へとその体を転がらせた。
 この家のすぐ近くには排水溝がある……! そこから逃げられたら木津都内どころか、日本中どこにだって行けてしまう!
 逃がしちゃダメだ、絶対に捕まえないといけない! ここで逃げられるわけにはいかない!
 僕は往来でパンイチ……どころか、全裸になる覚悟すら決めて、今身に付けている衣服で水難法師を捕まえようとする。
 だが──

「な──うわぁっ! お、おぉっ!? あ、あ……!」

「はい、終了。二人ともお疲れ様」

 水難法師の悲鳴と、ジャーッ……と強く水を絞り出す音が聞こえた。
 少し後に、チャプン……と水を揺らす音も。

「金元、さん。そっか……上手く、いったんだ」

「排水溝への逃亡を目指す、ってまさにウチの探偵が言ったとおりだったね」

 水難法師へ向かっていった僕らと違い、排水溝前には経子がずーっとスタンバイしていた。
 骸骨探偵が『万が一俺たちが逃亡を許したとき、奴は真っすぐに排水溝を目指すだろう』と事前に説明はしていた。
 そこへ逃げられたらおしまい、というのはわかっていただけに僕も結構焦った。
 けれど、逃げ道を塞いで怪異を捕獲出来るだけの力が経子にもあったのだ。
 だから、排水溝へ一直線に動いた水難法師は、経子の持つ瓶の中へと閉じ込められていた。
 ……具体的に言うと、彼女は極めて吸水性の高いスポンジを持っていて、ソレを使って水難法師の正面から大部分を吸い取り、瓶の中へと絞り出した。
 その工程によって小さくなった水難法師が彼女の持つ瓶の中に閉じ込められ、上からフタをされて出られない状態と化していた。
 哀れな光景だが、僕はそれを全然可哀想だなんて思わなかった。

「た、助けてくれ……! 助けてくれ! 出してくれ! 頼む!」

「……それなら、罪を認めろ。罪を犯した怪異に出来ることは、それだけだ」

「あ、あぁ、認める! 認める! 私は気に入った女をこの力で誘拐し、水に沈め、苦しむ様で悦んでいた、嗤っていた! 怪異の力を手に入れ、今までできなかったことをしてみようと、調子づいて行ってしまった! 庭出助 翔子も、生前の縁からそういうことをしてしまった……!」

 瓶を叩いて命乞い……元死人に対してそういうのもおかしな話だが、とにかく自由にしてほしそうに水難法師は怯えた表情をしていた。
 彼は骸骨探偵の言葉にも素直に従い、僕の姉に関することも正直に吐いた。
 ……これだけ必死になって喋っているところを見ると、ますます腹立たしくなってきた。
 さっきあれだけとぼけていたのは何だったのか、なんでとぼけていようと思っていられたのか。
 こいつだけは、絶対に許さない……けれど、まずは姉を探さなければならない。
 攫ったというのなら、こいつの家にいるはずだから。

「……姉さんは、今どこにいるんだ」

「い、家の地下だ……私が増築した座敷牢に、監禁している……」

「……案内」

「す、する! させてもらう! ま、まずは家の中に入ってくれ! 鍵なら……」

 経子から水難法師が閉じ込められた瓶を受け取り、僕は庭に落ちていたこの家の玄関のカギを拾う。
 どうやら、液状化した時に落としていたようだ。
 僕はその鍵を使って玄関のドアを開け、水難法師の言う通りに部屋を探索していると、キッチンにある床下収納スペースへとたどり着く。
 ……どうやら、ここを削って地下室を作っていたらしい。
 どうして、こんなことをしてでもそんな真似をしたかったのか、このクソ野郎は。

「……うっ」

 地下の収納スペースを開くと、吐きそうな臭いが充満していた。
 何かが腐ったような臭い……それに、人の手で作ったにしてはあまりにも広い空間。
 6畳ほどあるスペースに加えて、高さもそれなり……と言うか、僕が立って歩けるくらいだ。

「……電気は」

「そ、そこに……」

 懐中電灯を振り回せばすぐに電気をつけるスイッチが見つかった。
 電球まで取り付けるなんて、どんな技術だ……と思って、電気のスイッチを押した。
 ……すると、そこには。

「……は」

 地獄のような光景──いや、まさに地獄そのものと言っても過言ではなかった。
 だって、そこにはさっきまで見慣れていたものであり、同時に見慣れてはいけないものが転がっていたから。
 さっきまで見慣れていた……のは、それが人のように動いていたから。
 けれど、今僕の目の前に転がっているのは、動かないものだったから。

「じん、こつ……」

「死んだ人はここに放置して、白骨化させていたの……?」

「……だが、まだ生きている者もいるな」

 水難法師の家の中に入ってから口を開かなった二人が、それぞれ呟いた。
 僕はあちこちに転がっている骨をかき分けながら、部屋の奥に進む。
 ……そこには、見違えた姿の姉と、知らない女性が二人いた。
 転がっていた骨は頭蓋が二つあったから、最低でも二人の人が死んでいることになる。

「……水難法師、お前が攫った女はこれで全てなんだな」

「あ、あぁ……私は五人の女性を攫った……三人は、まだ生きている。つい先ほど確認したばかりだ」

 骸骨探偵が水難法師に確認を取る他所に、僕は姉さんを見下ろして、茫然としていた。
 姉さんと、その両隣にいる女性はこの無骨に削り出された地下室の固い床と壁に身体を預け、虚ろな目をして、口を半開きにさせていた。
 衣服すら着用を許されなかったのか、一糸まとわぬ姿で、やせ細って、傷ついていた。
 髪の毛はガサガサでボロボロになり、肌も荒れに荒れ切っていて、美しかった姉さんの面影はないに等しい。
 ただ判別できたのは、僕が彼女の家族だからだろう。
 ……かける言葉も何も見つからず、僕は嗚咽と涙をグッと堪えていた。

「姉、さん……すーっ、ふっ、ぅ……ぁ、ぁあっ……姉さん……姉さん……! 僕だよ……修也だよ……! 助けに、来たよ……!」

 堪えられなかった。
 最愛の姉が、こんな状態になるような恐ろしい目に遭っていて、僕は一人じゃ何もできなかった。
 手掛かり1つ掴むことが出来ず、姉がこんな状態になるまで何もできなかった。
 だから、だから悔しくて、悲しくて、辛くって、涙と鼻水を溢れさせて、姉を抱きしめる事しかできなかった。

「ぅ、ぁ……」

 抱きしめられた姉は、うめき声ともとれるような小さな声を出したと思うと、僕に体重を預けた。
 体は冷たく、息も浅い……完全に、衰弱している人の様子そのものだった。

「救急車……すぐに、救急車を……!」

「っ、私が呼んでくる!」

 電波が繋がらないのを理由にしてこの場に居たくなかったのか、それとも僕や骸骨探偵に出来ないと思ったのか。
 経子はスカートのポケットから取り出した携帯電話片手に地下室を飛び出し、地上へと上がっていった。
 骸骨探偵はマスクとサングラスを付け直し、コートの内ポケットに水難法師をしまいながら、姉同様に衰弱している女性を地上へと連れ出す手伝いをしてくれた。
 それから、経子が呼んだ救急車が駆けつけてからは、ことがどんどん早く進んでいった。
 僕は姉たちと共に救急車へ乗り込んで、木津都の病院へと向かった。
 警察だとかそういう組織への説明は経子が『私に任せて』と親指を立てながら担ってくれた。
 ……あくまで探偵事務所の会計のはずなのに、彼女は色んなことをしていた。
 本当に、立派な子なのだと思わされた。

 ──白い壁、白い天井、白い床。
 人の骨のように真っ白けで、薬臭いその場所にある安っぽいパイプ椅子に、僕は座っていた。
 僕の体面に座るのは白衣姿で、目にクマを作っている医者。
 隣では桃色の入院着に身を包み、ベッドの上で静かに眠っている姉。

「意識が戻るまで、まだしばらく時間を要します」

「……はい」

 姉が搬送された病院で、僕は姉に関する説明を受けていた。
 彼女は死んだかのように眠り、点滴で栄養を補給されながらただ静かに眠り続けていた。
 体が快復して、目覚めるまではずっとこのままなのだろう。
 姉の身体がこんなボロボロになるまで、姉が何をされたかなど、詳細は本人に聞かなければわからない。
 けれど、医者が言うには『体の外からも内からもボロボロになっていた』とのことだ。

「目が覚めても、自分の身に起きたショックから記憶の欠如や、今後の精神に不安定なものが出来てしまう可能性があります」

「……はい」

「そうなった時は、ご家族のあなた自身が支えるほかありません」

「……はい」

「それと──」

 医者は淡々と、僕に姉さんの現状と今後僕がどうすべきかを丁寧に説明してくれた。
 僕はそれに対して無気力ながらも、機械的に話をメモにまとめていた。
 最愛の姉がこうなっている現状で僕の頭が正常に機能するわけもなく、僕の頭は霞がかかったようにぼんやりとしていた。

「本日は、これでお引き取り下さい」

「はい、ありがとうございました……」

 僕は喉から掠れるように絞り出した言葉と共に、病室を離れる。
 ……もう、誰もが寝静まっている時間帯、深夜だ。
 窓の外は僕の心のように真っ黒に塗り潰されている。

「……帰ろう」

 姉の行方不明事件と共に、僕の長い一日は終わった。
 僕の心に、深い傷を残して。

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