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続 青臭い女と擦れた男の話 7
家族関係
穏やかな顔をしたあかねと不安げな男児、にやけた顔の直也が私の目の前にいた。
徐に直也が放った禁断の言葉で、既にボロボロになっていた私の神経は限界を超えそうになった。
「紹介します美羽さん!嫁の朱音と、息子の蓮翔です」
「・・・・!」
何が美羽さんよ!愛おしそうな目で嫁と息子と見つめながら、喋ってんじゃないわ!一度もそんな呼び方したことないじゃない。心の中で悪態をついても気は晴れない。
そこへ、朱音が険悪な表情になりかけた私を見て、慌てて仲裁に入った。
「直也、いい加減に戯れは止めなさい!ごめんなさいね美羽さん」
ごめんなさいねと言われても、「大丈夫ですよ」と言える訳がない。
きっと今私の顔は、般若の面のようになっているに違いないと分かっていたが、取り繕うことすらもう不可能になっていた。
(ん?戯れ?)怒りが怒涛のように頭の中を駆け巡っていたが、その言葉が、荒れ狂う波の隙間に入って来た。
「直也は私の弟なのよ、この子は直也の甥っ子です」
朱音の言葉に、私の中の怒りの風船は一気にしぼんでしまった。
朱音の話
「こんな所では、他のお客様に迷惑よ。兎に角座りましょう」
朱音の言葉に此処が焼き肉屋〔龍苑〕であることを思い出した。
マスターが、興味深げに寄ってきて奥の座敷を勧めた。
朱音の話によると、直也の社員寮を訪ねた際に、偶然会社の社長とエレベーターで一緒になり見染められた。
両家とも異論はなく、縁談はとんとん拍子に進み、社長の息子光輝と所帯を持つことになった。
社屋を5階までエレベータで昇り廊下を渡れば、隣の社員寮とつながっている。
取引先との面談を終え帰ってきた社長は、秘書とともに社屋の最上階にある重役室のフロアに戻るところだった。いつも専用エレベーターは使わずコミュニケーションを図るつもりで、一般社員と同じエレベーターを利用していた。
朱音は、バッタリ出くわした相手が社長とも知らず気軽に話しかけてしまったと言う。八方美人的な朱音は、自分の性格を呪ったのは結婚三年目だという。もしあの時声を掛けずに、頭だけ下げてやり過ごしていればこんな事で悩まなくて済んだのにと。
昨日、震える肩を直也が抱いていた光景が思い出された。
朱音は光輝の女癖の悪さにほとほと呆れて、直也に相談するために呼び出した。あまり、外食など好まず適当な場を思いつかなかったので、場所の選定は直也に任せた。
長き悪しき友
直也と光輝は大学の同期だった。学部は違えど、サーフィン、ツーリング、ナンパ等、行動を共にするグループの中でも特に気が合う二人だった。
全ての遊びを夢中で競い、喜びを分かち合った仲である。そして、偶々、入社試験を受けた先が、光輝の親父が社長を務める会社だったのである。
光輝も、直也も、頭脳は明晰で仕事をさせてもそつが無い。
然し、昇進試験に費やす時間は、遊びに充てると決めていた二人だった。
終業のベルを聞くや否や、いち早く席を立ちエレベーターに向かう。
ビアガーデン、ダーツ、ビリヤードと、毎日様々な遊びを楽しむ。勿論女性に声を掛けることも忘れない。
直也は、朱音から婚姻話を聞かされた時、もろ手を挙げて喜んだ。
「良いやつだよ、光輝は」
結果、朱音に恨まれる羽目になるとは思いもしなかった。
人のことは言えないが直也は、優秀な光輝が、こと女性に関しては、馬鹿になってしまうようだと思った。
本人は、次々と相手を変えて遊んでいるつもりなのだが、割り切って付き合ってくれる女性ばかりではない。
中には面倒な女性もいて、家に電話をかけてきて、朱音が出ると恨み言を聞かされたり、離婚してくれと言われたりする。脅迫めいた電話もかかってくることもある。
直也は、光輝が結婚後も女遊びを続けていても気にしていなかった。
一緒に女性に声を掛ける時は、食事やグランピング、川釣りなど当たり障りのない遊びだった。
ところが、直也の居ないところで、女性を食い散らかしていたと聞かされて驚いた。実は、直也自身も個人的に多くの女性と付き合ったが、自分は独身だから問題ないと勝手に思っていた。