床屋に来た外国人に店主が粋なルールを教えていた件
ある日のこと、私は髪を切ろうと床屋に入った。店内にいた客が蛇のように列をなして椅子に座っている。暇をもてあましていた私はスマホでニュースサイトを眺めていると、突然「すみません」と声がかかった。一瞬、出番が来たのかと思ったが、違った。
外国人だ。外国人男性が隣にいた。私は何か悪いことをしたのかと謝るときの口をつくっていると、その男性は言った。
「お兄さんの次が私ですか?」
「はい」
そう私は答えた。するとその男性はパッと立ち上がり、外に行ってしまった。
周りがざわざわし始めた。床屋とは順番があり、その席を開けた時点で髪切り希望客がその座を奪いにくる。その男性は知らなかったのだろう。優しいと言われている日本人は実は、礼儀を大事にしているだけで甘やかそうなんていう半端なことはしないことを。
私はズキッと心を痛めた。席を開けただけで権利がすぐ奪われてしまうという残酷さを伝える口にできなかった。そんな気持ちになった頃にはもう男性は商店街に消えてしまった。
男性が去ったあと、スタスタと音が鳴る。
後ろ髪は刈り上げ、前髪はツンと上に立っていて、先端が金髪。ダンディーヘアを整えた、いかにも理容院な雰囲気を醸し出す50代店主が後方の客にそっと声をかけ、「詰めていいですよ」と少しにやけて話した。その数秒はよく覚えている。ドヨドヨしながらトントンと進んでいく。人間の雑な部分が凶器となって、相手に突き立てる感じだ。
その人間が放つ邪気に私は、腰でなく口がすぐんだ。
男性が戻ってきた。男性の座っていた席が第三者に奪われていた。男性は何が起こったのか分からないと言った顔だ。店主が話しかけた。
「席を開けたから、一番後ろ。オッケィ?」
「え?でもトイレ行ってただけ…..。」
私は見ているだけだった。自分が先頭に座っていたからだ。ごめん。と心でボソッと呟いたとき、後方男性が言った。
「良いよ。ここ入れば?」
と私の一つ後ろであり、男性の一つ前の隙間を指差した。
私は自分の体が熱くなるのを感じた。
同じ日本人なのに、譲り合いの提案をしていた姿に感銘を受けたのだ。そして席を譲るという提案を先にできなかったことは私の弱いところだと素直に受け入れられた。
髪を切ったこともあり、思考がクリアになっている。横を見ると、外国人男性が先頭に立っていた。私は出来事を頭で振り返る。
今回の場合、外国人男性にも小粋店主にも人に言えるだけの主張がある。ただ、その言い合いを優しい言葉でなだめた後方男性が一番正しいと思った。出来事に直接関与はしてないとしても、言い合いに対して優しい言葉でその場をなだめる姿は、日本人の美徳そのものだった。
日本人の粋とは何だろう。しがらみの慣習は美徳を創れるのだろうか。
人の在り方はそれぞれだ 。
ただ世界史や外国語を勉強しただけでは、人は変われない。
他人に胸を張れるような、粋な生き方をしたいとは思った。
おわり
【あとがき】
現在、外国人留学生が日本に増え続けている。このニュースを訊くと私は「外国に留学している日本人はどんな気持ちなのだろう?」とよく疑問に思う。
海の向こう側にいる人たちは私たちと同じ血の通った生き物だ。それをこの記事で証明したかった。
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