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離婚道#44 第6章「やっぱり反訴、必死の嘘八百」

第6章 離婚後の人生へ

やっぱり反訴、必死の嘘八百

 裁判所は、コロナウィルス蔓延の影響を受けていた。
 令和2(2020)年4月7日に「緊急事態宣言」が発出されると、期間中、ほとんどの民事裁判はストップした。宣言解除後、徐々に裁判は再開されたものの、コロナ禍でリモートワークが推進されている時勢にあわせ、当事者や代理人が出廷しなくても審理をすすめられるよう、民事裁判の多くは「ウェブ会議」や「電話会議」となった。
 雪之丞は、令和2年5月に離婚と財産分与を求めて私を提訴したが、緊急事態宣言以降、裁判の延期が続いたしわ寄せで、第1回の口頭弁論は4カ月先の9月に設定されていた。2回目以降の期日は電話会議となったものの、最初の口頭弁論は法廷で行われる。期日の前には、こちらから「答弁書」を提出する流れである。
「答弁書」というのは、「訴状」に対する回答で、訴状に書かれた請求の趣旨に対する答弁や訴状記載の事実に対する認否を記載する書面のこと。「答弁書」では、原告吉良雪之丞の請求の趣旨に型通り否認すればいい。
 これに加え、被告吉良まどかの弁護団は、「反訴状」を準備していた。
 反訴とは、原告が被告を訴えている裁判と同じ手続きの中で、被告が原告を訴え返すことである。財産分与を求めて雪之丞が私を提訴したが、財産分与を求めているのは、本当は私の方。だから、被告の私が、原告の雪之丞を訴え返さなければならない。
 第1回口頭弁論の2週間前のこと。
 提出予定の反訴状もほぼ完成という時になって、雪之丞から私宛に久々に直接メールが届いた。
「私は仕事が忙しく、時間がない。裁判の訴えを取下げ、弁護士同士の話し合いで決めたい。その旨弁護士には伝えている」
 原告の雪之丞がなんと、訴えの取下げをするというのである。
 いや待てよ、雪之丞の言葉を鵜吞みにしてはいけない。だが内心、裁判しなくて済むかもしれないという淡い期待が膨らんだ。
「まどかさん、話し合いで決まるとか、吉良に期待しちゃダメだよ」
 久郷弁護士はそう言いながらも、雪之丞はメールで確かに「訴えを取下げる」ことを明言し、「弁護士には伝えている」とまで書いている。相手方から本当に取下書が出てくるかもしれないので、いったん反訴を保留し、「答弁書」のみを裁判所に提出することになった。
 そうして、9月の口頭弁論を迎えた。裁判所には双方の弁護士のみが出廷した。
 開始早々、久郷弁護士が発言した。
「原告本人から被告本人宛にメールで和解したい旨の連絡がありましたので、原告の意向を確認するため、反訴状の提出を控えております」
 すると相手方弁護士は少しヒステリックに反応したという。
「訴えを取下げるなんて、そんな話は原告本人からまったく聞いていません! 反訴状を出すなら早く出してください!」
 ・・・・・やはり久郷弁護士のいう通りだった。
 その時の気分でコロコロ主張を変える雪之丞の言葉を信じてはいけなかった。
 結局、雪之丞のメールに振り回され、またも裏切られた格好で、裁判は続行となったのである。
 弁護団は10月の期日前に「反訴状」を提出。その反訴状には、雪之丞が提出した薄っぺらい「訴状」に対抗して、こちらの主張をきっちり書き込んだ。
 離婚に至る流れについてもわかりやすく記した。
 雪之丞から浮気や窃盗などさまざまなことを疑われ、長期にわたり執拗に追及されたこと。雪之丞が突如、40歳も若い藤田奈緒に夢中になり、私に対するモラハラや暴力がひどくなったことも。そして、「財産はない」と言い張っている雪之丞だが、婚姻中に購入した京都のマンションの存在を記し、多額の資産を複数の金庫に隠し持っていることも述べた。加えて、夫婦で雪花堂に金を貸しつけるという名目で私から500万円を取り上げた事実も通帳のコピーと共に主張した。
 相応の財産分与と暴力の慰謝料を求めるという主張はきっちり行ったが、証拠類の提出は最小限にとどめた。相手の否認や虚偽主張を引き出してから、反論の際に証拠提出する方が効果的というのが弁護団の方針である。
 弁護団によれば、財産分与の具体的な額については、まだ先の主張になるという。
 反訴状を提出すると、予想通り、雪之丞からは全面否認の反論書面が出された。
 雪之丞の主張は次の通りである。
 
<離婚原因>
 夫婦関係が破綻したのは被告の不貞が原因で、被告自ら、原告に不貞を告白した。
 
<暴力について>
 婚姻中、原告は被告にいつも気を遣っていて、一切暴力をふるったことがない。
 
<藤田奈緒のこと>
 藤田奈緒は弟子のひとりに過ぎず、特別扱いは一切ない。
 
<京都マンションについて>
 京都マンションは別居後、4900万円で売却済みだが、婚姻中の名義変更の際に被告に対し2000万円を手渡しているし、原資は原告の婚姻前の特有財産だから、財産分与の対象ではない。
 
<吉良まどかが雪花堂に振り込んだ500万円について>
 原告が被告に「雪花堂に振り込むように」と指示して現金500万円を手渡した。被告はその現金を手元に置き、自分の銀行残高にある500万円を自分の銀行口座から雪花堂に振り込んだ。すなわち、被告が雪花堂に振り込んだ500万円は、もともとは原告所有の現金である。
 
 以上の主張を補う証拠として、弟子の富田和子の陳述書が出された。
「吉良先生は弟子に対して平等で、先生が藤田さんを特別扱いしたことはありません。また、先生は、奥様のまどかさんにいつも気を遣って接していました。まどかさんは、先生のおかげで何不自由ない生活を与えられ、いい思いをしたはずなのに、嘘をついて先生の財産を奪い取ろうとし、私はまどかさんに対して不信感でいっぱいです」
 明らかに雪之丞が富田に書かせた文章である。
 私が家出するまで、「奥様、聞いてください」と私の味方のように振る舞い、逐一、雪之丞が藤田のことを大好きでたまらない情報を伝えてきた情報源の富田だったが、立場としては雪之丞の弟子である。裁判になれば、雪之丞側につくのは当然だろう。
 さらに、京都マンションが財産分与の対象にならない証拠として、雪花堂と顧問契約している古沢会計事務所の古沢税理士の書面が提出された。
「吉良先生ご夫婦の共有名義だった京都のマンションについては、吉良先生ひとりの名義に変更する際、私は吉良先生から『まどかに現金2000万円を手渡しました』と聞いています」
 雪之丞の虚偽主張の片棒を担ぐ税理士も税理士だが、夫婦の問題に顧問税理士まで巻き込むなんて、雪之丞には恥も外聞もないようだ。そのうえ「2000万円を手渡したと聞いています」なんて伝聞は、証拠としても弱過ぎる。
 それにしても、裁判という公の場で、嘘まみれの主張を展開する雪之丞には呆れてしまう。
 私が自分の不貞を雪之丞に告白したという、新たな作り話にも衝撃を受けた。浮気の証拠がないために、私の自白で判明したことにしたのだろう。雪之丞のデタラメはあまりに稚拙で、大丈夫かと心配になる。
 京都マンションの二転三転主張にも、怒りが噴き出してきた。
 そもそも、弁護士会館で雪之丞は、「財産分与できるのは、売却額の半額だ」と明言していた。それが、調停になって、「すでにまどかに2000万円を手渡している」と、でまかせを言った。しかも、売却額について、調停では「4000万円」と言っていたはずだ。
 裁判になって、売却額は「4900万円」になった。証拠としてA4用紙にプリント作成された領収書のコピーを出してきたが、そんな手作り領収書はまったく信用できない。
 実はその後、本当に売却額が4900万円かどうかを確かめるため、こちらが繰り返し売買契約書の提出を求めた結果、だいぶ後になって裁判官から強く促されて出してきた契約書から、本当の売却額は「5200万円」だと判明したのである。
 4000万円が4900万円になり、追及されて「5200万円だった」と白状した格好だ。財産分与したくないため、「2000万円を手渡した」ことにしたうえ、売却額をなんとしても少なく言おうとする雪之丞のずるさ、小賢こざかしさには正直ガッカリであった。
 貸した500万円についての嘘は、とりわけ腹が立つ。
 何より口惜しいのは、弁護団全員の見解として、「500万円は返ってこないだろう」ということだ。相手主張も証拠がないが、こちらも証拠がないからだ。浮気をさせないために私から全財産を取り上げようとする雪之丞に根負けし、渡してしまった私がバカだった。雪之丞からしたら、私を自分の思い通りにすることなど本当にチョロいものだったであろう。
 ・・・・・あぁ、私の当時の全財産、500万円。
 
 本編第3章を読んだ読者の方は、裁判で雪之丞が並べる嘘八百を見取ってくれるだろうと思う。だが、たとえば、私の不貞を100%信じている雪之丞から見れば、調停委員に熱弁したように、私のことを「稀代の嘘つき」と思っているにちがいない。
 離婚などの民事裁判では、原告も被告もたいていの人は「相手が嘘をついている」と感じる。自分に都合のいい主張を強調して嘘になる場合もあるだろうし、記憶があいまいで本人に嘘を言っている自覚がない場合もある。
 とりわけ、財産分与が焦点となっている本訴で、雪之丞が嘘をつくのは当たり前だと思わなければならない。雪之丞はお金を払う側にいるわけだから、「一銭もやらない」と言い続けている雪之丞が嘘を重ねた主張をするのは当然のことなのだ。
 裁判の当事者になると、「相手の嘘を許せない。偽証罪で処罰してくれ」と思うほど、怒りに震えることもある。
 しかし、「偽証罪というのは、裁判所の法廷で宣誓した証人が虚偽の陳述をした時に成立します。原告や被告という裁判の当事者は証人じゃないので、偽証罪の主体にはならないんです」(醍醐弁護士)という。
 つまり、裁判の相手方がどれだけ嘘を並べても、偽証罪は成立しない。
 また陳述書で嘘を書いている弟子の富田や古沢税理士も、偽証罪にはならない。法廷で宣誓した証人ではないからだ。
 よく「裁判で真実を明らかにします」と息巻く人がいる。
 裁判で真実を明らかにできるのだろうか。
 ――いや、残念ながら、たいていの場合、裁判で真実は明らかにならない。裁判所は「真実を明らかにする場所」ではなく、「主張の正しさを示す証拠が十分あるかどうかを判断するところ」だからだ。
 雪之丞の書面が届いた直後、憤怒の表情になっていたであろう私に、久郷弁護士が明るい口調で言った。
「まどかさん、書面で吉良が嘘を書いてくることも、主張が二転三転することも、こちら側には都合がいいことなんだよ。返す書面で、相手の嘘を一つ一つ淡々と指摘すれば、こちらの主張を補強できるんだから。まどかさんの主張の正当性を裁判官に判断してもらうため、吉良の主張は嘘ばかりという印象を与えることも大事だから、できるだけ嘘を引き出す戦法でいきますよ。向こうから書面が出てくるたびに腹が立つとは思うけど、吉良の嘘は大歓迎と頭を切り替えて、対応していきましょう!」
 なるほど・・・・・腹が立つのは仕方がないが、そう思うようにしよう。
「嘘八百、大歓迎!」――

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