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人だけじゃない、動物高齢化社会ー老犬老猫介護の現実

高齢化の波が押し寄せているのは、人間だけでなく犬や猫も同じだ。医療技術の発展は、人間だけの話ではなくペット業界にも言えることである。予防医療としての人間ドッグのようなモノだけではなく、動物用のMRIやCTを導入する動物病院も増加している。医療が発達すると、介護の問題が生じてくる。そのような介護が必要になった老人のための施設が老人ホームである。その一方で、介護が必要になった犬猫を預ける老犬老猫ホームも存在している。

老犬老猫ホームとは、ペットが高齢まで生きるようになり重病を患ってしまう、あるいは飼い主が高齢によって面倒を見られなくなってしまった等の理由で預けることの出来る施設である。近年ペットの寿命が延びてきたこと等を背景に伸びてきた分野である。

老犬老猫ホーム 東京ペットホーム

東京のターミナルである羽田空港がある大田区には、ペットたちの終末期医療であるターミナルケアを行う老犬老猫ホーム東京ペットホームがある。

東京ペットホーム外観 撮影 東京ペットホーム
近年、老犬老猫ホームは増加している。そこには高齢者にニーズが存在していたからだろう。東京ペットホームの利用者の7割が高齢者だ。飼い主が老人ホームに入らなければならなくなったや飼い主の入院など、ペットと飼い主双方の高齢化が主な預ける際の理由として挙げられる。

東京ペットホームが老犬老猫ホームの事業を始めたのは東日本大震災の3年が経った2014年からだった。東日本大震災の時、人間の子ども達に対する保護は存在しているが犬猫の保護はないことに気づいた。被災して人間の手を離れたペットたちは野生化するか、それが出来なければ死しかない。”命に区別はない”、この言葉は人間に向けられた言葉だ。人間には生存権が存在している。しかし犬猫には生存権が存在していない。動物らしく生きる権利の補償の為に何か出来ないかと思いスタートしたのが東京ペットホームだった。

東京ペットホーム 撮影志賀

今まででは高齢者がペットとの生活を諦めるとき、残されている選択肢は保健所か里親ボランティア、親族に頼ることだ。しかし親族に頼る場合は核家族化が進んだことで娘息子はマンションなどに住んでいてペットが飼えない等の理由で上記の2つに頼らなければならない。しかし親族以外の方法である保健所と里親を頼ると、もうペットにあうことは出来なくなると考えた方が良い。だが、老犬老猫ホームであれば家族のまま、また会うことが出来る。長く生活してきた家族と離れるのは辛いからこそ需要があったのだろう。
東京ペットホームには認知症や重病を患う子達も生活している。認知症では一番の問題は昼夜の逆転だ。そこから生じる夜泣きなど一匹一匹に見合うケアが求められている。特にテンカンなどのいつ発作が起きるか分からない病では常に目が離せない。そのために一匹一匹に異なった対応を行っている。そのために過度な多頭飼育は行わず20匹と言う制限を設けている。


認知症にて昼夜逆転しているわんちゃん 撮影志賀

20匹は限られた人員の中で、適切に面倒を見ることが出来る限界の数字だという。

人間の高齢を伴う病も多様生を極めるように、犬猫も一匹一匹症状が異なる。高齢である彼らは目を離すことが出来ないからこそ、それ以上になると目が届かなくなる。

東京ペットホームはそこで生活する子達の第二の住処になることだ。そのために個別対応を心懸けている。入居時には、ヒアリングシートを用いてアンケートをとる。アンケートでは散歩のやり方から、ペットフードの種類、名前の呼び方などまで入居する子達にストレスにならないようにかなり細かいことまで聞いている。東京ペットホームが一番重視しているのは一匹一匹の個性だ。長く生きてきた子達にはその子達のペースが存在している。そのためゲージは一頭一頭別れており、広いスペースを取っている。散歩の仕方も今までの生活にあったやり方で行う。まとめて多頭で散歩を行うのではなく、一匹ずつ行う。もちろんまとめて行う方が楽だが、その子達のストレスに繋がること有事の際に面倒が見れないことが理由で行っていない。


個室で生活するわんちゃん、撮影 志賀

キャットホーム個室 撮影東京ペットホーム
従業員のシフトは入居しているペットの子達の様子によって変わり、目が離せない状況であれば夜勤の時間を設けて夜の時間も寄り添う。入居している子達にとってとにかく必要なモノは人員であるという。東京ペットホームでは常に正社員4名、パート6名の計10名にて入居する子達に対応している。重度介護の子の入居が決まった時に、その子に必要な人員を確保する。人員が不足していては、快適な暮らしをその子達に与えることが出来ない。そのようにして細かい気配りが為されたケアはペットたちだけではなく、飼い主も救うことになる。

預けられた動物と飼い主の話

東京ペットホームにある女性から相談があった。80代の認知症を患う母が飼う認知症の柴犬(コロちゃん)を預かって欲しいという相談だった。

コロちゃんとお婆さん 撮影 東京ペットホーム
お婆さんにとって柴犬のコロちゃんは長く連れ添った家族であり、離れて生活するという選択肢はなかった。近年では、ペットと一緒に入居することが出来る老人ホームが増えてきている。そこにお婆さんはコロちゃんと共に入居した。しかし、老人ホームで面倒を見れるのは老人のみであり、一緒に入ったペットの面倒は連れてきた入居者が見なければいけない。コロちゃんの散歩とご飯はお婆さんが面倒を見ていた。

しかしある日事件が起きた。お婆さんとコロちゃんが散歩にいった時に帰って来れなくなってしまった。お婆さんが保護されて帰って来たとき、老人ホームで共に暮らすのではない別の方法を考えなければならなかった。しかし一般的に考えられる方法は、保健所と里親ボランティアに託してコロちゃんとは他人になるというような選択肢だった。どちらの選択も良いモノではないことは誰にとっても明らかだった。そこで新たな選択肢として挙げられたのは、家族のままでいられる老犬ホームという選択肢だった。

最初はコロちゃんと離れることは考えられなかった。面倒を見てあげられないこと、そして家族と離れて一匹になってしまうことが可愛そうだという思いが一番の踏み切れない理由だった。しかし、度重なる娘さんの説得によってコロちゃんは東京ペットホームに入居することが決まった。説得の決め手はいつでも会うことが出来ることだった。月に二回ホームから娘さんがお婆さんを連れ出すことで会いに来ることとなった。楽しそうに生活するコロちゃんをお婆さんは笑顔で見守っていた。

しかし認知症の影響で一緒に過ごす時間が無くなり、お婆さんはコロちゃんのことを忘れてしまうことが多くなった。だが、コロちゃんに会うと当時の記憶を思い出しているようだった。

入居して1年後、コロちゃんは18歳の時に息を引き取った。亡くなった日の夜には、お婆さんと娘さんはコロちゃんに会いに来て別れの挨拶をした。コロちゃんは多くの人に見守られて亡くなり、決して孤独ではなかった。コロちゃんにとってホームは晩年を寂しく過ごす場所ではなく、新たな家族の出来た場所だった。

ペットホームに相談しに来るとき飼い主も介護疲れで憔悴しきっている。人間の介護も大変である様に、ペットの介護も同様に多忙である。そのまま抱え込んでいては、飼い主とペットの双方が共倒れになる。だから最後の手段として預けるときは飼い主も泣きながら預ける。しかし東京ペットホームは孤立させる場所ではなく新たな家族が出来る場所だ。最初はネガティブな選択肢だったが、最後にはポジティブな選択に変わっている。

老犬老猫ホームの発展は、ペットのみを救うのではなく飼い主も救うことになる。

第三の選択肢としてのペットホーム

家族の一員として老犬老猫ホームという選択肢。命は平等であり、老犬老猫にも介護を受ける権利は存在する。今までは家族が引き取らない限りは会いにいくことはできなかった。しかし、老犬ホームは会いにいくことができる。飼い主にとっても長く一緒に生活してきた家族と離れるのは辛い。それは、ペットたちも同じではないだろうか。彼らは言葉を話すことは出来ない。だから、人間が彼らの感状を推量しなければならない。家族がどう過ごせれば幸せなのか彼らの生存権を保障する意味でも、新たな選択肢としての老犬老猫ホームがあるのかもしれない。

法の未整備と人間の驕り

全国各地に老犬老猫ホームが誕生し全国にケアが行き届いていく一方で、悪い側面が存在している。多くの犬猫がゲージに詰め込まれるような劣悪な環境の中で、詐欺まがいのサービスを行うホームも多く存在している。

つまり、きちんとした知識・管理・看護・近隣への配慮・スペースが取れていないにもかかわらず、老犬ホームを名乗る施設が増えてきている。一昔前に問題となっていた”引き取り屋”が姿を変えて老犬ホームを行っている可能性がある。

引き取り屋とは、地方の広い土地を利用しブリーダーやペットショップで飼い手がつかなかった犬猫を引き取り殺処分を行うというものだ。違法な取引であり犬猫一匹につき80万から100万を受け取る。殺処分数ゼロを掲げる社会の暗部になってしまっている。引き取り屋が老犬老猫ホーム業界に進出しつつある。預かると言って劣悪な環境に犬猫を閉じ込め、飼い主に会わせることはしない。引き取り屋の隠れ蓑として利用される状況がある。そこには法律の未整備の問題が存在している。

今年の6月から改正動物愛護法が施行されたが、老犬老猫ホームに対する言及はない。老犬老猫ホームに関しては譲受飼養業という分野になるが、明確な基準は存在していない。犬猫一匹に対する従業員数など、飼育面積など、多頭飼育に関しての言及はない。そのため新規参入が容易であることが挙げられる。このことのメリットは幅広い価格帯で老犬ホームが増えて行くことが挙げられる。受け皿が多くなることは救える子達が増加する。しかしそこに基準が存在していないことによって、クオリティを担保することが出来ないことがデメリットにあげられる。劣悪な環境で多頭飼育を行い、その子達の幸せは考えられない。

老犬ホームの分野はまだまだ過渡期にある。どのようなものになっていくかは、我々の動物への意識によって左右される。

動物がどのような最後を迎えるかの選択は、人間の最後はどうあるべきかと言う問題と同義であることを意識していかなればならないだろう。

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