私設Mリーグダービー 番外編2 Mリーガーの麻雀本 おすすめ10選!
私がよく行く雀荘に、クロサワ君という学生バイトのメンバーがいる。シフトが入ってない日も客打ちにくるという、なかなか見上げた若者だ。将来はプロになって、Mリーガーを目指したいらしい。麻雀は始めて半年。それで私と同じくらいの成績を叩き出しているのだから才能もある。お前が弱すぎるだけだろ、という反駁はどうか胸中にしまっておいて頂きたい。
ある日、同卓したクロサワ君がラスに沈んだ。
「あ〜、今月もバイト代がマイナスだ。平岡さん、どうやったら麻雀って強くなれますかね?」
「2割バッターに打撃のコツを聞いても、1割5分のバッターになるのが関の山だぜ」と私はハードボイルド風に答えた。
「ですよね。平岡さんに聞いた僕がバカでした」
「こらちょっと待て。そこはとりあえず否定するのが大人の会話のキャッチボールってもんだろ。ていうか俺、一応客だし。だいたい君はクロサワって名前なのに、鳴き過ぎなんだよ。おなじ黒沢一族の咲を見習ったらどうだ」
「いなくなってもいいですか。コップ洗わないと店長に怒られるんで」
「待ち給え。ひょっとして麻雀動画を観れば、上手くなれると思ってない?」
ピクリと動きが止まった。そしてクロサワくんは切り口上で答えた。
「Mリーグの試合も、プロの振り返り配信も、だいぶ観てますけど何か?」
「やっぱりね。俺の知り合いに、デジタル高見っていう、コンサルやってる勝ち組の上級国民がいる。残念なことに、そいつは麻雀がクソ強ぇんだよ」
「どれくらい?」
「とりあえず3人の手出しツモ切りを全部おぼえてるくらい」
「強っ。アマチュアですよね?」
「ああ。その高見が言ってた。『麻雀が上手くなりたかったら、動画よりも本を読んでください』って」
「どうして?」
「動画は知識の定着率が低いんだって。本のほうが止まって考えられるし、くりかえし同一場面に戻れるから、知識の定着率は高いそうな。だいたい動画を観ながらノートを取ったことってないだろ」
「たしかにないかも」
「それって高見に言わせると、『予備校教師の話をフリーハンドで聞いて東大に入ろうってくらい虫のいい話です』ってことらしいよ」
「言われてみれば」
「高見って変態なんだよね」
「どこらへんが?」
「日本で発売される麻雀本を、発売から一週間以内にぜんぶ読む。それで鬼強になった」
「その方、紹介してください」
「やめとけ」
「ぜひ」
「はやまるなって」
「なんで紹介してくれないんですか」
理由なら、両手で理牌しなければいけないほどあった。まずデジタル高見は、いつもタワマンから庶民を見下している高慢ちきな人間である。口から発せられる単語の75%は嫌味で、残りの25%は皮肉だ。なにより先週もセットでコテンパンにやられた。しばらくは顔も見たくなかった。
「じゃあ、せめてその方に、いい麻雀本を教えてもらえませんか」
「うーん……。前途ある若者の頼みとあらば仕方あるまい」
私は渋々、その場で高見にLINEした。
〈いま雀荘なんだけど、Mリーガーを目指してる若者がいてさ。そいつにおすすめの麻雀本を聞かれた。なんか最近のやつで、いい本を教えてくれない?〉
十五秒後に返事がきた。
〈何冊くらいですか?〉
〈10冊くらい?〉
〈人に物を頼んでおいて、文末にクエッションマークをつけるセンスは理解いたしかねますが、3分後にリストをお送りしましょう〉
安定の嫌味に感心していたら、本当に3分後に10冊のリストが送られてきた。さすがは一流のコンサルだ。悔しいけれど仕事は早い。そこにはこんなコメントが添えられていた。
〈いま送ったリストは、Mリーガーのおすすめ本10冊です。その若者がどれくらいの腕前か知りませんが、読んでほしい順に挙げてあります。つまり中級者→上級者→超上級者向けという順に並んでいます。この順番で読むように伝えてください〉
つまりチャート式というわけだ。さすがは難関中高→東大受験失敗→会計士試験合格→コンサル内定という人生を歩んできた受験のプロのことだけはある。私は高見から送られてきたメッセージをそのままクロサワくんに転送した。
「この人、まじで凄くないですか……」
「たいしたことねぇよ。3人の手出しツモ切りは覚えてるけど。それよりこの10冊、揃えるの面倒じゃね?」
「面倒です」
「高見に貸してくれるように頼んでみようか。俺も読みたいし」
「初めて平岡さんのことをリスペクトしかけてます」
「その気持ちを忘れるな」
私はデジタル高見に追いLINEを打った。
〈恐縮だけど、この10冊貸してくれない? なにせカネのない若者だからさ。未来のMリーガーに貸しをつくると思って〉
〈いったいどんな前半生を送れば、こんな図々しいお願いができるようになるんですか? まあ、仕方ありません。貸しましょう。いまからバイク便を出すので、雀荘の住所を教えてください〉
30分後、バイク便のお兄ちゃんが10冊を届けてくれた。私はさらに一冊ずつの読みどころを解説してくれと高見に頼んだ。さすがに断られると思ったが、高見はどこか嬉々として解説を送ってくれた。本稿はこの解説を紹介したくて執筆した次第である。それでは一冊ずつ高見の解説つきで順番に見ていこう。
1冊目 鈴木たろう『迷わず強くなる麻雀』
「これは中級歴が長くなり、初心を忘れたときに、常に立ち戻るべき本です。中級者の『あるある』の一つに、だらだら打ってるうちに変な癖がついて、麻雀のベーシックな部分を忘れるってことがあると思うんです。そのことにハッと気がつかせてくれる本ですね。だから『俺はだいたい基本はできてる』と思っているアマチュアにこそ読んでもらいたい。具体的な薬効としては、『麻雀の基本にあるのは選択と抽選だ』ということを思い出させてくれます」
2冊目 佐々木寿人『ヒサトノート』
「すぐ牌理などの難しい本に行く前に、この本でメンタルについて学んで欲しいですね。この本を読めば、真の強者はこういうメンタルで打ってるんだってことがわかります。一言で言うと『心を無駄に揺らさない』に尽きます。どんな高い手に飛び込もうと、どんな有利な捲り合いに負けようと、済んだことに心を揺らすのは百害あって一理なし。そのことを教えてくれます。これって性格とか雀風の問題じゃないんですよ。攻め派だろうが守備派だろうが、門前派だろうが鳴き屋だろうが、自分のフォームに忠実に打って負けたり、結果が出なかったときのメンタルの保ち方が書いてあります。まだ寿人が攻めダルマだった頃に書かれた本ですから、そういった意味でも面白いですよ」
3冊目 滝沢正典『麻雀読みの公式』
「中級者が増やしたい引き出しの一つに、相手の待ち読みのセオリーがあると思います。滝沢のこの本は、その基本部分を余すことなく書いてくれています。じつは河読みとかに特化した本って少ないんですよ。読者が限られるからですかね。あとこの本を読んでいると、滝沢のフェアな書きぶりに感心します。『このケースでは00だったけど、++みたいな例外もあります』みたいなことがよく出てくる。滝沢の根っこにあるのが守備意識の高さなんだってこともわかります」
4冊目 白鳥翔&魚谷侑未『押し引きのプロ技』
「いまの麻雀本のトレンドは共著です。同じ局面でもプロが二人いれば、ちがう思考や答えを示してくれるので、すごく勉強になります。麻雀には唯一の正解がない場面も多い。その多様性に目をつけたトレンドでしょうね。この二人は、大きなカテゴリーでいえばバランスタイプです。なんでもできるし、守備がうまいイメージもある。だけどこの本を読むと、似た雀風のトッププロでも、ここまで答えが違うのかとよくわかります。牌効率とか押し引きの面のレベルでいうと、中級者が上級者に上がるための本といえそうです。この二人の共著には、巨人と阪神の現役選手が対談本を出したような良さがありますね」
5冊目 渋川難波&堀慎吾『天才の思考 魔神の選択』
「この本は魚谷&白鳥本よりも、より広い局面を扱っています。構想力を問う出題などレベルの高い話も多いです。僕が読んだ限りでは、前半は堀に同感することが多く、後半は渋川に共感することが多かったかな。協会の二人なので、先ほどの連盟の二人よりも、トップ取りに重きを置いているのがよくわかります。先制を受けても、容易に完全撤退したくない二人の共著と言い換えることもできるでしょう。読み終わるころには、麻雀は腹黒いやつが得をするゲームだとわからせてくれます」
6冊目 白鳥翔&松本吉弘『漆黒の強者 黄金の勝筋』
「文体まで含めて、堀&渋本よりはライトに読めるイメージかな。ベストバランスと、オールマイティ。脂の乗り切った二人の共著ですね。アマチュアには本当にお手本になることがたくさん書かれています」
7冊目 小林剛&瑞原明奈&鈴木優&仲林圭『海賊の麻雀』
「共著シリーズで最後に紹介するのはこの本です。共著本のなかでも上級者向けといっていいでしょう。それくらい扱っている局面が難しいものばかりです。四人の答えがすべて違うこともあるって、すごいことだと思います。その違いを楽しみ、咀嚼する本ですね。コバゴーはここから鳴くのか。やっぱり見てる世界がちがうな、みたいな。共著本4冊を通じて目立ったトピックといえば、交わし手の基準です。それが現代麻雀の旬なトピックなんだなと思いました。Mリーガーの中で交わし手を多用する打ち手といえば、コバゴーや園田や仲林。あまりしないのは多井や瀬戸熊。自分はどんな条件が整ったら交わし手を発動する打ち手なのか。それは打ち手としての根本フォームに関わってくるので、アマチュアでも明確に決めておかなくてはいけません。押し引きは正解のない神の領域ですが、鳴きの基準フォームは、アマでも固められます」
8冊目 村上淳『トッププロに聞いた麻雀「読み」の真髄』
「ここからは上級者向けの本です。村上のこの本は、数学が好きな人とかに向いていそう。それほど論理的に構築されています。僕も論理的にはついていけますが、いざ実戦でこのレベルをアウトプットしようとすると、いささか心許ないですね。だけど僕はこの本を読んで、手出しツモ切りをぜんぶ覚えようと決心しました。それを覚える利点を余すことなく教えてくれた本です」
9冊目 勝又健志『麻雀IQ220の選択』
「この本は、腕自慢のアマチュアを絶望させるために書かれた本と言えるでしょうね。それくらい難しいです。3択とか4択の何切る形式になっているんですが、平岡さんなら一問も当たらないと断言できます。トッププロはこんな異次元の思考をしながら打ってるのか、と正しく絶望してください」
10冊目 鈴木たろう『ゼウスの選択』
「最後に紹介するのは、価値観の逆転をもたらしたり、思い込みを壊してくれる効用がある本です。たとえばカンは1シャテンではなく、すぐしたほうがいいと書いてあります。凝り固まった先入観を揺さぶってくれるんですね。だからこの本は上級者でフォームが固まった人にこそ読んでもらいたい。たろうは、ほかの人の麻雀本を読んだことないんじゃないか、と思うくらい、オリジナルな発想をする人ですね」
以下は総論です。戦術本は定期的に読み返すのがポイントです。読み返したときに、「自然とできるようになってたな」と思えたら上達してる証拠。たとえば僕はこれまで『ゼウスの選択』を五回は読み返しました。最近の麻雀本は、全体牌図が立体的に載っているケースも増えてきたので、本当に勉強になります。
アマチュアも中級以上になったら、本で勉強しないと強くなりません。セオリーや引き出しの数は、プロに教わらないと増えないからです。そこは車の排気量と一緒ですね。2000CCを頑張って2100CCにする。それでようやく実戦では1500CCが出る。アマチュアにできるのは、まず座学で引き出しを増やすことです。そして実戦では、それをすぐに使いこなせるように練習することです。それをせずに実戦ばかり重ねていると、「下手を固める」という結果になりかねません。それでは青年に頑張ってくださいとお伝えください。なお、この10冊の返却は無用です。
以上がデジタル高見からのメッセージである。私もこの10冊をすべて読んだ。正直いって、8冊目の村上本あたりからは、私には難しすぎる内容だった。一行ずつ追っている限りでは「なるほど」と思える箇所も多かったが、私が実戦で転用できる日は一生こないだろう。それほど高度な内容が記されていた。勝又本となると、まさに絶望的である。この2冊を読めば、まちがっても「自分は上手い」などと言えるアマチュアはいなくなるだろう。
クロサワくんも同じだったようだ。勝又本を読んだ翌日、「まじやばいっすね」と死んだ目で言ってきた。自信を無くしたらしかった。けれども一週間後には元気を取り戻した。そしてこの10冊を毎日少しずつ読み返していると言った。私が彼のお得意さんになる日は近いだろう。未来のMリーガーにカモられるなら本望である(嘘)。麻雀戦術本の世界は広くて深かった。まずは一冊、手に取られてみてはいかがだろうか。「読む雀」のトビラを開けると、いつも打っている麻雀がすこしだけ違って見えてくる。それが尊い。それでは皆さま、よき麻雀ライフを!
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