(第6話)言葉の力 - 弁護士の交渉が照らす社会の闇【創作大賞2025ミステリー小説部門応募作】2024/07/30公開
第6話「不正経理の証拠」
東京の喧噪が落ち着き始める夕刻、佐藤麻美は法律事務所の一室で資料と格闘していた。山田健太殺害事件と高橋信也殺害事件の真相解明に向け、彼女の闘志は日に日に増していた。
ノックの音が静かに響き、ドアが開いた。経理部の社員・小林美智子が恐る恐る顔を覗かせる。
「佐藤先生、お時間よろしいでしょうか」
麻美は小林を招き入れ、緊張した面持ちの彼女に温かい微笑みを向けた。
「小林さん、どうぞ。何かわかったことがあるんですか?」
小林は深呼吸をし、震える声で話し始めた。
「実は...高橋部長が、不正経理の証拠を持っていたんです」
麻美の目が大きく見開かれた。これが事件解決の糸口になるかもしれない。
「どんな証拠だったのか、教えていただけますか?」
「高橋部長は、帳簿の改ざんや架空取引の記録をUSBメモリに保存していたそうです。でも、そのUSBメモリの場所は...」
小林の言葉は途切れたが、麻美には十分だった。不正経理の存在を裏付ける重要な情報。そのUSBメモリを見つけ出すことが、事件解明の鍵になると直感した。
麻美は即座に行動を起こした。警察に連絡を取り、高橋信也の遺品や所持品の中にUSBメモリがなかったかを確認するよう依頼した。
「高橋部長の遺品や所持品の中に、重要な証拠があるはずです。特にUSBメモリに注目して調べていただけないでしょうか。それを見つけ出せば、不正経理の全容が明らかになるかもしれません」
麻美は証拠の重要性を説明し、捜査の必要性を強く訴えた。警察も麻美の提案に興味を示し、高橋の遺品や所持品の再調査を約束した。
麻美の熱意と論理的な説明に、警察も動かされた。翌日、令状を得て高橋の自宅の家宅捜索が実施された。
捜索は丹念に行われ、大量の資料が押収された。そして、ついに問題のUSBメモリが発見された。麻美は興奮を抑えきれず、すぐさまその内容の分析に取り掛かった。
USBメモリには、山田健太の会社で行われていた不正経理の詳細な記録が保存されていた。架空取引、資金の横領、粉飾決算。その規模は予想をはるかに超えていた。
麻美は先輩弁護士の伊藤雅彦に報告した。
「伊藤さん、この証拠で事件の動機がはっきりしました。不正経理を知った山田社長が殺害され、その証拠を握る高橋部長も殺されたというシナリオです」
伊藤は麻美の推理に感心した様子で頷いた。
「佐藤君の洞察力には感服するよ。これで事件の全容解明に大きく近づいたね」
しかし、事態は思わぬ方向に展開した。小林美智子との接触を続ける中で、麻美は彼女の不審な言動に気づき始めたのだ。
ある日、麻美は小林を事務所に呼び出し、真剣な表情で問いかけた。
「小林さん、あなたは高橋部長の死について、何か知っているのではありませんか?」
小林の顔が蒼白になる。彼女は椅子に崩れ落ちるように座り、震える声で話し始めた。
「実は...私も不正経理に加担していたんです。高橋部長が証拠を握ったことで、私は脅されていました。高橋部長が殺された日、私は...」
小林の告白は、事件に新たな展開をもたらした。不正経理への関与、高橋部長との確執、そして事件当日の行動。すべてが複雑に絡み合い、真相はさらに深い闇の中に隠されているようだった。
一方、容疑者である山田直樹のアリバイにも疑問が生じてきた。麻美は、直樹のアリバイをもう一度検証する必要性を感じた。
彼女は山田直樹との面会を申し入れ、穏やかな口調で質問を始めた。
「山田さん、事件当日のあなたの行動を、もう一度詳しく教えていただけますか?」
直樹は少し戸惑いながらも、事件当日の行動を語り始めた。麻美は細心の注意を払って聞き取りを続け、その証言の矛盾点を見抜こうと努めた。
そして、ある疑問点に行き当たった。
「山田さん、あなたが事件当日に立ち寄ったというコンビニですが、そのレシートを見せていただくことは可能でしょうか?」
直樹の表情が一瞬凍りついた。
「あ、あのレシートですか? えーと...探してみますが、見つかるかどうか...」
麻美は直樹の反応を注意深く観察した。レシートが見つからないという彼の言葉に、彼女は決定的な疑惑を抱いた。
事件は新たな局面を迎えようとしていた。不正経理の証拠と山田直樹のアリバイの矛盾。真相は、複雑に絡み合った糸の先に見え隠れしていた。
麻美は深い溜息をつきながら、窓の外を見つめた。東京の夜景が美しく輝いている。しかし、その輝きの裏で蠢く闇の存在を、彼女は痛感していた。
「まだ真相には辿り着けていない。でも、必ず明らかにしてみせる」
麻美は心の中で誓った。明日からまた新たな調査が始まる。彼女の闘いは、まだ終わりそうにない。
夜も更けてきた法律事務所。麻美は机に向かい、これまでの証拠や証言を丁寧に整理し始めた。不正経理の証拠、小林美智子の告白、山田直樹のアリバイの矛盾。すべてのピースを組み合わせれば、きっと真実の姿が見えてくるはずだ。
彼女の目は疲れを感じさせない輝きを放っていた。真実を追い求める弁護士としての使命感が、麻美を突き動かしていた。明日はきっと、新たな展開が待っているはずだ。
【登場人物の整理】
佐藤麻美:主人公。新米弁護士。鋭い洞察力と強い正義感を持つ。
小林美智子:経理部の社員。高橋信也の部下。不正経理に関与していた。
高橋信也:経理部長。不正経理の証拠を持っていた。第二の被害者。
伊藤雅彦:先輩弁護士。山田直樹の弁護を担当。麻美の良き相談相手。
山田直樹:山田健太の息子。容疑者の一人。アリバイに疑問が生じている。
【重要な用語の説明】
・家宅捜索(かたくそうさく):警察が令状に基づいて、犯罪に関係のある物を押収するために、家屋等を捜索すること。英語では "search and seizure" や "house search" と表現される。
【弁護士の交渉術のまとめ】
証拠の重要性を説明し、捜査機関を動かす交渉術:
麻美は、不正経理の証拠が事件解明の鍵になると警察を説得し、家宅捜索を実現させました。具体的な証拠の存在を示唆し、その重要性を論理的に説明することで、警察の行動を促しました。証言の矛盾点を見抜く聞き取り技術:
麻美は、小林美智子や山田直樹への丁寧な聞き取りを通じて、事件の真相に迫る手がかりを得ました。特に以下の点が効果的でした。穏やかな口調で相手の緊張を解きほぐす
オープンエンドの質問を使い、相手に自由に話してもらう
証言の細部に注目し、矛盾点を見逃さない
具体的な証拠(レシートなど)を要求し、アリバイの裏付けを確認する
信頼関係の構築:
麻美は小林美智子との対話を通じて、徐々に信頼関係を築きました。これにより、小林は重要な情報を打ち明けるに至りました。相手の立場を理解し、共感的な態度で接することが、情報収集に重要であることがわかります。多角的なアプローチ:
麻美は証拠の分析、証言の聴取、捜査機関との協力など、多角的なアプローチで事件の解明に取り組みました。一つの方法に固執せず、様々な角度から事件を見ることで、新たな展開を生み出しています。
これらの交渉術と調査手法は、弁護士として事件の真相に迫るうえで非常に重要です。麻美の行動は、新米弁護士ながらもプロフェッショナルとしての資質を十分に示していると言えるでしょう。
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