(第3話)AIエンジニアの挑戦【創作大賞2024お仕事小説部門応募作】
第3話 想定外の壁
プロジェクト開始から3ヶ月が経過し、「エモAI」の開発は順調に進んでいるように見えた。しかし、その日の朝、翔太のデスクに届いた一通のメールが、すべてを変えることになる。
「翔太さん、緊急です。AIの出力に異常が見られます」
データ分析担当の佐藤からのメールだった。翔太は急いで彼女のデスクに向かった。
「どういう状況?」翔太は佐藤の隣に座りながら尋ねた。
佐藤は画面を指さしながら説明を始めた。「昨晩の定期テストで、AIが突然、全く関係のない感情を出力し始めたんです。例えば、明らかに喜びを表現している文章に対して、『深い悲しみ』と判定するなど...」
翔太は眉をひそめた。これは予想外の事態だった。ここ最近のテストでは、高い精度で感情を認識できていたはずだ。
「他のパターンはないか?」
佐藤は首を振った。「ランダムに発生しているようです。でも、発生頻度が徐々に増えています」
翔太は深くため息をついた。「わかった。すぐにチーム全員を集めよう」
30分後、会議室には緊張感が漂っていた。翔太が状況を説明すると、メンバーたちの表情が曇った。
「考えられる原因は?」プロジェクトリーダーの村上が尋ねた。
自然言語処理担当の田中が手を挙げた。「学習データの偏りかもしれません。最近、データ量を増やしましたよね」
「でも、データの品質チェックは何度も行っているはずだ」山田が反論した。
議論は白熱し、様々な仮説が飛び交った。しかし、決定的な原因は見つからない。
「とにかく、原因究明と並行して、緊急対応策を考えないと」翔太が言った。「佐藤さん、異常が発生したデータセットを詳細に分析してください。田中さんは、モデルの内部状態を確認してください。山田さん、心理学の観点から、この異常が人間の感情のどういった側面を反映している可能性があるか、考察をお願いします」
チームは即座に動き出した。翔太自身も、アルゴリズムの再検証に取り掛かった。
数日が過ぎ、チームメンバーは疲労の色を隠せなくなっていた。しかし、誰一人として諦める様子はない。
ある夜遅く、翔太はふと、違和感を覚えた。彼は急いでノートPCを開き、コードを確認し始めた。
「まさか...」
翔太の目が大きく見開かれた。彼は急いで村上に連絡を入れた。
翌朝、緊急ミーティングが開かれた。
「皆さん、原因がわかりました」翔太は少し興奮した様子で話し始めた。「問題は、感情の『文脈』を考慮していなかったことです」
メンバーたちは、困惑した表情を浮かべた。
翔太は説明を続けた。「私たちは、個々の文や表現に対する感情分析は上手くできていました。しかし、人間の感情は、その前後の文脈や状況によって大きく変わります。例えば、『涙が出た』という表現。喜びの涙なのか、悲しみの涙なのかは、前後の文脈がないとわかりません」
「なるほど」村上が頷いた。「つまり、AIが文脈を理解できていないということか」
「はい」翔太は答えた。「データ量を増やしたことで、逆に文脈を無視した判断をするようになってしまったんです」
佐藤が口を開いた。「でも、どうやって文脈を理解させるんですか?」
翔太は微笑んだ。「それが次の私たちの挑戦です。自然言語処理の最新技術を組み込んで、文脈を考慮したモデルを構築する必要があります」
チームメンバーの目が輝き始めた。問題の本質が見えたことで、新たな希望が生まれたのだ。
「具体的にはこんな方法を考えています」翔太はホワイトボードに向かい、新しいアルゴリズムの概要を描き始めた。
「Transformer モデルをベースに、長期的な文脈を捉えられる構造を追加します。さらに、感情の推移をモデル化するために、時系列解析の手法も取り入れます」
田中が興奮した様子で言った。「それなら、最近話題の GPT モデルの応用も考えられますね」
「その通りです」翔太は頷いた。「GPT の事前学習モデルを利用して、さらに感情タスクに特化した fine-tuning を行います」
議論は白熱し、新たなアイデアが次々と生まれた。問題に直面したことで、逆にチームの結束は強まっていた。
数時間後、新たな開発計画が完成した。
「皆さん、ここからが本当の勝負です」村上が締めくくりの言葉を述べた。「しかし、この問題を乗り越えることで、私たちの AI はさらに進化するはずです」
翔太は深く頷いた。確かに、これは予期せぬ問題だった。しかし、この壁を越えることで、真に感情を理解する AI への大きな一歩を踏み出せる。そう確信していた。
オフィスに戻る途中、翔太は空を見上げた。朝日が昇り始め、新しい一日の始まりを告げていた。
「さあ、新たな挑戦の始まりだ」
翔太は心の中でつぶやいた。彼の目には、困難に立ち向かう決意と、新たな可能性への期待が輝いていた。
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