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(第10話)「人を動かす言葉 〜新米刑事の真相解明〜」【創作大賞2025ミステリー小説部門応募作】2024/08/20公開

第10話 「真実の重み」

事件から1週間後、佐藤美咲は署内の取り調べ室で倉田と向き合っていた。田中警部も同席し、事件の全容を明らかにするための最後の聴取が始まった。

佐藤:「倉田さん、今日は事件の詳細について、あらためてお話を伺いたいと思います」

倉田:「はい…わかりました」

田中警部:「倉田さん、まずは事件に至るまでの経緯から教えてください」

倉田は深く息を吐き、話し始めた。

倉田:「全ては3ヶ月前に遡ります。私たちの会社が開発した新薬の最終臨床試験の結果が出たのです。その結果は…予想以上に厳しいものでした」

佐藤:「どのような結果だったのでしょうか?」

倉田:「効果は確かにありましたが、重篤な副作用のリスクが予想を大きく上回っていたのです。本来なら開発中止が妥当な判断でした。しかし…」

田中警部:「しかし?」

倉田:「会社の経営陣は、この薬の開発に莫大な投資をしていました。中止すれば会社の存続すら危ういほどでした。そこで彼らは…データの改ざんを指示したのです」

佐藤:「そうだったんですね。その時、倉田さんはどのようなお気持ちでしたか?」

倉田:「正直、迷いました。でも、会社への忠誠心と、自分の地位を守りたいという気持ちから…結局、その指示に従ってしまったのです」

田中警部:「倉田さん、そういう状況で判断を迫られるのは、本当に難しいことだったでしょうね」

倉田:「はい…今思えば、あの時きちんと反対すべきでした。でも、そうできなかった自分が…」

佐藤:「倉田さん、その時の気持ちはよくわかります。正しいことをしたいという思いと、現実的な判断との間で揺れ動くのは、誰にでもあることです」

倉田の表情が少し和らいだ。

倉田:「ありがとうございます。そう言っていただけると、少し楽になります」

田中警部:「では、山田さんとの関わりについて教えてください」

倉田:「はい。山田さんは、私たちの新薬の広告キャンペーンを担当していました。彼は非常に優秀で、鋭い洞察力を持っていました。そして…」

佐藤:「そして?」

倉田:「山田さんは、私たちが隠していた副作用のデータに気づいたのです。彼は広告の内容と実際のデータの矛盾を指摘し、真相を追及し始めました」

田中警部:「なるほど。山田さんがその事実を知った時、倉田さんはどう対応されたのですか?」

倉田:「最初は否定しました。しかし、山田さんは諦めませんでした。彼は『患者の命よりも会社の利益を優先するのか』と詰め寄ってきたのです」

佐藤:「その時の山田さんの様子はどうでしたか?」

倉田:「彼は…正義感に燃えていました。でも同時に、葛藤している様子も見えました。広告代理店の立場と、知ってしまった事実との間で苦悩していたのだと思います」

田中警部:「倉田さん、その状況は本当に難しいものだったでしょうね。両者の立場を考えると、解決策を見出すのは容易ではなかったはずです」

倉田:「はい…私も山田さんも、それぞれの正義と責任の間で苦しんでいました」

佐藤:「そして、事件当日のことを教えてください」

倉田は目を閉じ、あの日の記憶を呼び起こすように話し始めた。

倉田:「あれは7月15日の夜でした。山田さんから『全てを清算する』という内容のメッセージが届き、私は焦りました。彼が真相を公表しようとしていることは明らかでした」

田中警部:「それで、倉田さんは何をされたのですか?」

倉田:「私は…パニックになりました。会社の未来も、自分の人生も、全てが崩れ去るような気がして…山田さんに会う約束をしたのです」

佐藤:「待ち合わせ場所は?」

倉田:「会社の近くの公園でした。人目につきにくい、奥まった場所を指定しました」

田中警部:「そして、そこで何が起きたのですか?」

倉田の声が震え始めた。

倉田:「私は…最後の説得をするつもりでした。山田さんに会社の立場を理解してもらい、真相の公表を思いとどまってもらおうと…」

佐藤:「でも、うまくいかなかったのですね」

倉田:「はい…山田さんは決意を固めていました。『倉田さん、もう後戻りはできません。私には、真実を伝える義務があるんです』と言われたとき、私は…」

田中警部:「倉田さん、その時のあなたの気持ちを教えてください」

倉田:「頭の中が真っ白になりました。会社の未来、自分の人生、全てが崩れ去る…そう思うと、もう何も考えられなくなって…」

佐藤:「そして?」

倉田:「気がつくと、私は持っていた文鎮を振り上げていました。山田さんは驚いた表情を浮かべていて…そのまま、私は…」

倉田は言葉を詰まらせ、顔を両手で覆った。

田中警部:「倉田さん、つらい記憶を思い出させてしまって申し訳ありません。でも、真実を話してくれてありがとうございます」

佐藤:「倉田さん、その後の行動について教えてください」

倉田:「私は…パニックになりました。でも、冷静になろうと必死でした。まず、現場を片付け、山田さんの遺体を車に運びました。そして、人気のない海岸まで行き…」

田中警部:「遺体を海に…」

倉田:「はい…そうです。そして、帰り道で山田さんの持ち物を処分しました。携帯電話は川に投げ込み、財布や身分証は別の場所で燃やしました」

佐藤:「綿密に計画された行動ですね」

倉田:「いいえ…全て咄嗟の判断でした。ただ、犯罪捜査のドラマをよく見ていたので、無意識のうちにそういった知識が…」

田中警部:「倉田さん、事件後の心境を教えてください」

倉田:「毎日が地獄でした。良心の呵責に耐えられず、何度も自首しようと思いました。でも、その度に会社のこと、家族のことを思い出して…踏み切れずにいました」

佐藤:「倉田さん、そういう葛藤は本当につらいものだったでしょう。正しいことをしたいという気持ちと、現実的な判断との間で揺れ動くのは、人として自然な反応です」

倉田:「ありがとうございます…でも、それは言い訳にはなりません。私は取り返しのつかないことをしてしまったんです」

田中警部:「倉田さん、最後に聞かせてください。今、あなたはどう感じていますか?」

倉田:「後悔しかありません。山田さんの人生を奪ってしまった。そして、患者さんたちの健康も危険にさらしてしまった。私は…全ての責任を取る覚悟です」

佐藤:「倉田さん、真実を話してくださって、本当にありがとうございます。これで山田さんの無念も少しは晴れるかもしれません」

倉田:「私にできることは、もう真実を語ることだけです。そして、与えられた罰に服することです」

田中警部:「わかりました。倉田さん、ご協力ありがとうございました」

取り調べが終わり、佐藤と田中警部は署の廊下に出た。

田中警部:「佐藤君、よく頑張ったな。倉田さんの心を開かせ、真実を引き出せたのは見事だった」

佐藤:「ありがとうございます。でも、まだまだ学ぶことがたくさんあります」

田中警部:「そうだな。今回の事件で学んだことは何だ?」

佐藤:「はい…人の心の奥底にある真実を引き出すためには、相手の立場に立って考え、共感することが大切だということです。そして、批判せずに理解しようとする姿勢が、相手の心を開かせるのだと」

田中警部:「その通りだ。人は自分が理解され、受け入れられていると感じたとき、初めて本当の気持ちを話すものなんだ」

佐藤:「はい。これからも、その姿勢を忘れずに捜査に当たりたいと思います」

田中警部:「よし、その意気込みだ。さて、これから記者会見の準備があるぞ。行こうか」

佐藤:「はい!」

こうして、山田太郎殺害事件は完全に解決した。しかし、これは新たな問題の始まりでもあった。製薬会社の隠蔽工作、患者の健康被害の可能性…佐藤美咲は、これからも人々の心に寄り添いながら、真実を追い求めていく決意を新たにしたのだった。

登場人物:
・佐藤美咲:18歳の新米女性刑事。主人公。
・田中警部:佐藤の上司。中堅刑事。
・倉田:製薬会社の開発責任者。真犯人。
・山田太郎:被害者。(本話では直接登場せず)

#創作大賞2025   #ミステリー小説部門

第10話 終わり
完結


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