(第9話)AIを欺く殺意【創作大賞2024ミステリー小説部門応募作】
第9話 真実の代償
プレコグ施設の摘発から一週間が経過していた。警視庁は未曾有の混乱に陥り、メディアは連日この事件を大々的に報道していた。美咲は、自身の安全を確保するため、一時的に身を隠していた。
彼女の携帯が鳴った。村上警部からだった。
「佐藤、そろそろ戻ってきてもいいぞ。君の安全は保障する」
美咲は深く息を吐いた。「分かりました。すぐに戻ります」
警視庁に到着すると、そこは騒然としていた。記者たちが建物の周りに群がり、内部の混乱を取材しようと必死だった。
美咲が建物に入ると、多くの同僚たちが複雑な表情で彼女を見つめた。彼女の行動が組織に大きな影響を与えたことは明らかだった。
村上警部のオフィスに入ると、そこには疲れ切った表情の警部が座っていた。
「よく戻ってきてくれた」警部は微笑んだ。「状況は刻一刻と変化している。警視総監は逮捕されたが、まだ多くの謎が残されている」
美咲は頷いた。「私にできることは何でしょうか」
「君には、この事件の全容を解明してもらいたい。10年前の不正融資事件から、プレコグシステムの悪用、そして一連の殺人事件まで。全ては繋がっているはずだ」
美咲は決意を新たにした。「分かりました。全力を尽くします」
その日から、美咲は徹底的な調査に乗り出した。彼女は、山田部長のUSBデータ、プレコグ施設で発見された資料、そして警視総監の供述を丹念に分析した。
調査を進めるうちに、驚くべき事実が次々と明らかになっていった。
プレコグシステムは、当初は純粋に犯罪予防を目的として開発されたものだった。しかし、その過程で、システムが予知能力者の人権を著しく侵害していることが判明。開発に関わった一部の人々が、この事実を隠蔽しようとしたのだ。
そして、10年前の不正融資事件。この事件の真相を知った内部告発者が、プレコグシステムの闇も同時に知ることとなった。彼らを黙らせるために、組織ぐるみの隠蔽工作が行われたのだ。
美咲は、これらの事実を一つずつ紡ぎ合わせていった。そして、ある結論に達した。
「警部」美咲は村上警部に報告した。「この一連の事件は、単なる個人の犯罪ではありません。組織的な犯罪であり、その根は私たちの想像以上に深いのです」
村上警部は重々しく頷いた。「そうか。具体的にはどういうことだ?」
「プレコグシステムの開発には、警察上層部だけでなく、政界や財界の大物たちも関わっていました。彼らは、このシステムを利用して自分たちに都合の悪い情報を隠蔽し、さらには政敵を陥れるためにも使っていたのです」
警部の表情が曇った。「それは、大変な事態だな...」
「はい。そして、一連の殺人事件も、この隠蔽工作の一環だったのです。真相を知る人々を次々と排除していった...」
美咲の言葉に、オフィス内は重苦しい空気に包まれた。
「佐藤」警部が静かに言った。「君はこの真実を、どうするつもりだ?」
美咲は迷わず答えた。「全てを明らかにします。たとえどんな代償を払うことになっても」
その言葉が、彼女の運命を決定づけることになるとは、この時の美咲は知る由もなかった。
翌日、美咲は記者会見を開くことを決意した。全ての真実を、自らの口で語ろうと考えたのだ。
会見場には、国内外のメディアが集結していた。美咲が壇上に立つと、会場内は水を打ったように静まり返った。
「私は、これから重大な事実を告発します」美咲は震える声を抑えながら話し始めた。
彼女は、プレコグシステムの真の姿、10年前の事件との関連、そして一連の殺人事件の真相を、一つ一つ丁寧に説明していった。
記者たちは、驚きと衝撃に満ちた表情で美咲の言葉に聞き入っていた。質問が飛び交い、会見は予定時間を大幅に超過した。
会見が終わり、美咲がホテルに戻ると、そこには意外な人物が待っていた。
「よくやってくれたな、佐藤刑事」
振り返ると、そこには内閣官房長官が立っていた。
「まさか...」美咲は言葉を失った。
「君の勇気ある行動に、心から敬意を表したい」官房長官は静かに言った。「しかし、君は危険な橋を渡ってしまった」
美咲は身構えた。「どういう意味でしょうか」
「この国には、まだ君の知らない闇がある。君の告発は、その闇を揺るがした。彼らは、簡単に諦めたりはしない」
「脅しですか?」
官房長官は首を横に振った。「忠告だ。君の身を守るためにも、しばらくは身を隠すことをお勧めする」
美咲は複雑な思いに駆られた。彼女の戦いは、まだ終わっていなかった。むしろ、本当の戦いはこれからだということを、彼女は痛感していた。
その夜、美咲は一人、窓の外の夜景を見つめていた。彼女の告発が、この国にどのような変化をもたらすのか。そして、自分の身に何が起こるのか。
不安と決意が交錯する中、美咲は静かに呟いた。
「真実を明らかにすることが、私の使命だ」
窓の外では、新たな朝が近づいていた。美咲の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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