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(第5話)詩魔法師の言霊(ことだま)【創作大賞2024ファンタジー小説部門応募作】

第5話 内なる葛藤

レンは旅を続けるうちに、自身の能力の大きさと、それに伴う責任の重さを痛感していた。これまでの冒険で多くの人々を助けてきたが、同時に自分の力の限界も感じ始めていた。彼は自らの言葉が他者に与える影響を理解し、その力を正しく使うことの重要性を認識していたが、時折その重圧に押し潰されそうになることもあった。

ある日、レンは「霧の谷」と呼ばれる神秘的な場所にたどり着いた。谷は常に薄い霧に包まれ、周囲の音が不思議なほど静かだった。彼はこの場所に何か特別な意味があると感じ、足を踏み入れることにした。しかし、ここで彼は、予期せぬ試練に直面することになる。

谷の中心にある小さな湖のほとりで、レンは老賢者アルドンと出会った。長い白髪と髭を持つアルドンは、レンをじっと見つめ、まるで彼の心を読むかのように話し始めた。

「若き詩魔法師よ、君の心に迷いがあるのが見える。」
レンは驚いた。「どうして...」

アルドンは穏やかに微笑んだ。「私にも君と同じ力がある。そして、その力がもたらす葛藤も知っている。」

レンは胸の内を打ち明けた。「僕は多くの人を助けてきました。でも、同時に自分の力の限界も感じています。本当に世界を変えられるのか、不安になることがあるんです。」

アルドンは頷いた。「それは当然のことだ。力が大きければ大きいほど、責任も重くなる。しかし、君は一つのことを忘れているようだ。」
「何でしょうか?」レンは真剣な眼差しでアルドンを見つめた。

「自分の影響の及ぶ範囲に集中しよう。そこから変化は始まる。」アルドンの言葉が、霧の中に響き渡った。

レンはその言葉の意味を考え始めた。確かに、彼は世界全体を変えようとしていた。しかし、それは一人の人間には大きすぎる目標かもしれない。彼は自分の力を過信しすぎていたのかもしれない。

アルドンは続けた。「君の言葉は確かに力を持っている。しかし、その力を正しく使うには、まず自分自身を知り、自分の内なる声に耳を傾けることが大切だ。」

レンは深く考え込んだ。これまで他人を助けることばかりに集中していたが、自分自身のことは置き去りにしていたのかもしれない。彼は、自分の内面を見つめ直す必要があると感じた。

「では、どうすれば良いのでしょうか?」レンは尋ねた。
アルドンは湖面を指さした。「この湖に映る自分の姿を見てごらん。そして、心の中で自分に問いかけるんだ。『本当の自分は何を望んでいるのか』と。」

レンは言われた通りに湖面を覗き込んだ。そこに映る自分の姿を見つめながら、彼は自問自答を始めた。「僕が本当に望んでいるものは何だろう?」
時が経つのも忘れ、レンは自分の内面と向き合い続けた。やがて、彼の心に一つの答えが浮かび上がってきた。

「僕が本当に望んでいるのは、人々の心に希望の種を植えることなんだ。」レンは静かに呟いた。

アルドンは満足げに頷いた。「そうだ。君の言葉の力は、人々の心に希望を灯すためにある。世界全体を一度に変えることはできなくても、一人一人の心に変化を起こすことはできる。それが、やがて大きな変化につながるのだ。」

レンは胸に込み上げてくるものを感じた。これまでの旅で出会った人々の顔が、次々と脳裏に浮かんだ。彼らの表情が希望に満ちていく様子を思い出し、レンは自分の使命を再確認した。

「ありがとうございます、アルドンさん。」レンは深々と頭を下げた。「僕は自分の道を見失いかけていました。でも、今はっきりとわかりました。これからも、一人一人の心に希望を灯し続けていきます。」

アルドンは優しく微笑んだ。「君の言葉には、人々の心を動かす力がある。しかし、最も大切なのは、その言葉が君自身の心から生まれていることだ。自分自身を信じ、そして人々を信じることを忘れないでほしい。」

レンは決意を新たにし、アルドンに別れを告げた。霧の谷を後にする時、彼の心は以前よりも軽く、そして強くなっていた。

旅を再開したレンは、これまでとは少し違う視点で世界を見るようになった。大きな変革を急ぐのではなく、一人一人との出会いを大切にし、その人の心に希望の種を植えることに集中した。

ある村では、長年の争いに疲れ果てた住民たちに、「一歩ずつ前に進もう。小さな理解の積み重ねが、やがて大きな和解につながる」と語りかけた。また、夢を諦めかけていた若者には、「自分の可能性を信じよう。君の中にある力は、想像以上に大きいんだ」と励ました。

レンの言葉は、以前にも増して人々の心に深く響くようになった。それは、彼自身が自分の内なる声に耳を傾け、真摯に自分と向き合った結果だった。
夜、星空の下で野営しながら、レンは日記をつけるのが習慣になっていた。その日の日記にはこう書かれていた。

「今日も多くの人々と出会い、言葉を交わした。彼らの目に希望の光が灯るのを見るたび、僕は自分の使命を再確認する。世界を変えるのは簡単なことではない。でも、一人一人の心に希望を植え続ければ、きっといつか大きな変化が訪れるはずだ。これからも、自分の言葉を信じ、人々を信じ続けよう。」

レンの旅は続く。彼の心の中には、かつてない強さと優しさが宿っていた。そして、その心から紡ぎ出される言葉は、これからも多くの人々の心に希望の種を蒔き続けることだろう。

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門


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