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(第3話)タイムリープ・パラドックス【創作大賞2024漫画原作部門応募作】

#創作大賞2024 #漫画原作部門

第3話 タイムマシンの危険性

研究室の懇親会から数日後、山田博士の特別講義の日が来た。大学の大講堂には、研究室のメンバーだけでなく、他の学部の学生や教授陣、さらには他大学からの研究者たちも集まっていた。翔太は最前列に座り、緊張した面持ちで博士の登場を待っていた。

山田博士が壇上に立つと、会場は静まり返った。博士は咳払いをして、講義を始めた。

「今日は、私たちが研究しているタイムマシンの危険性について話したいと思います」博士の声は重々しく、会場全体に響き渡った。

「まず、過去を変えることの影響について考えてみましょう」博士はスライドを切り替えた。「歴史上の小さな変化が、予想もしない大きな結果をもたらす可能性があります。これは『バタフライ効果』として知られています」

翔太は身を乗り出して聞いていた。博士の言葉一つ一つが、彼の心に深く刻まれていく。

「例えば」博士は続けた。「第二次世界大戦中のある出来事を変えたとします。それによって戦争の結果が変わり、現代の国際情勢が全く異なるものになるかもしれません。さらに言えば、皆さんの中には、その変化によって生まれなかった人もいるかもしれないのです」

会場からざわめきが起こった。翔太は自分の存在が消えるかもしれないという可能性に、背筋が凍る思いがした。

「次に、歴史の複雑な因果関係について考えてみましょう」博士は新しいスライドを表示した。「歴史上の一つの出来事は、多くの事象と複雑に絡み合っています。一つを変えることで、予期せぬ連鎖反応が起こる可能性があるのです」

博士は具体例を挙げ始めた。「例えば、原爆投下を阻止したとします。確かに多くの命が救われるでしょう。しかし、それによって戦争が長引き、より多くの犠牲者が出る可能性もあります。また、核兵器の恐ろしさを世界が知らないまま、後の冷戦期に核戦争が起きてしまうかもしれません」

翔太は息を呑んだ。自分の善意の行動が、さらに悪い結果を招く可能性があるという事実に、彼は戸惑いを隠せなかった。

「さらに、タイムトラベルには様々なパラドックスが存在します」博士は続けた。「最も有名なのは『祖父殺しのパラドックス』でしょう。過去に戻って自分の祖父を殺してしまったら、自分は生まれないはずです。しかし、生まれなかった自分が過去に戻ることはできないはずです。このような論理的矛盾をどう解決するのか、現時点では誰にもわかりません」

会場からは質問の手が次々と上がった。「そのようなパラドックスを回避する方法はないのですか?」ある学生が尋ねた。

博士は首を横に振った。「現在の物理学では、完全な回答は得られていません。しかし、いくつかの仮説があります。一つは平行世界理論です。この理論によれば、過去を変えると新しい平行世界が生まれ、元の世界とは別の時間軸が形成されます。つまり、過去を変えたとしても、その影響は新しい世界にのみ及び、元の世界には影響しないという考えです」

博士はさらに続けた。「もう一つの仮説は自己無矛盾の原理です。この原理によれば、タイムトラベラーが過去に戻っても、その行動が既に歴史の一部として組み込まれているため、歴史の大きな流れを変えることはできないというものです。つまり、どんなに過去を変えようと試みても、結果的に元の歴史と矛盾しない形で収束するという考えです」

講義は倫理的問題へと移った。「過去の出来事を変える権利は誰にあるのでしょうか?」博士は会場に問いかけた。「一人の人間が、全人類の歴史を変える決断をしていいのでしょうか?」

翔太は自分の胸に手を当てた。祖父を救いたいという自分の願いは、果たして正当化できるのだろうか。彼の心の中で、葛藤が激しくなっていった。

「最後に、予期せぬ結果について警告しておきます」博士の声は一層厳しくなった。「私たちは、良かれと思って行動しても、結果的に悪い影響を及ぼす可能性があります。歴史は複雑で、一つの要素を変えることで、想像もしなかった結果を招くかもしれないのです」

講義の終わりに近づき、博士は会場を見渡した。「タイムマシンの研究は、人類に大きな可能性をもたらします。しかし同時に、計り知れない危険も伴います。私たちには、この技術を慎重に、そして賢明に扱う責任があるのです」

博士は深呼吸をして、最後の言葉を述べた。「だからこそ、タイムマシンの使用に関する厳格なガイドラインが必要不可欠なのです。私たちは、人類の未来に対して重大な責任を負っているのです」

講義が終わると、会場は熱い議論で沸き立った。多くの学生や研究者が、博士の周りに集まって質問を投げかけていた。

翔太は、その場に立ちすくんでいた。博士の言葉は、彼の心に深い影響を与えていた。祖父を救いたいという思いと、人類の未来に対する責任。その二つの間で、彼の心は激しく揺れ動いていた。

「翔太君」突然、背後から声がした。振り返ると、山田博士が立っていた。

「どうだった?講義の内容は」博士は優しく尋ねた。

翔太は言葉を探した。「はい...とても考えさせられました。でも...」

「でも?」博士は促した。

「でも、まだ答えは出ていません」翔太は正直に答えた。「タイムマシンの危険性はよくわかりました。でも、それでも私は...祖父を救いたいんです」

博士は深くため息をついた。「わかっているよ、翔太君。君の気持ちはよくわかる。だからこそ、もっと慎重に、もっと深く考える必要があるんだ」

翔太は黙って頷いた。博士の講義は、彼の決意を揺るがすものだった。しかし同時に、タイムマシン開発への情熱も、さらに強くなっていた。

「これからどうする?」博士は尋ねた。

翔太は真っ直ぐに博士の目を見た。「とりあえずは、資金も出ているので 実際に使うことはないにしても 完成だけを目指して研究を続けます。」

博士は微笑んだ。「そうか。わかってくれてよかった、翔太君」

翔太の本心はタイムマシンを使って原発投下を止めることである。講堂を後にする翔太の心の中で、決して諦めないと心に誓ったのだった。


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