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(第3話)ラクスル創業物語【創作大賞2025ビジネス部門応募作】2024/08/23公開

第3話:「広告革命 - ノバセルの誕生」

2016年2月、東京・六本木。ラクスルの新オフィスは、かつての渋谷の小さなスペースから想像もつかないほど広くなっていた。社員数は100人を超え、印刷と物流の2つの事業が軌道に乗り始めていた。

創業者の松本恭攝は34歳。彼の目には、次なる革新への hunger が宿っていた。

「広告だ。次は広告業界を変える」

松本の頭の中では、すでに新しいサービスの構想が描かれていた。それは、テレビCMの取引をオンライン化し、中小企業でも手軽にテレビCMを出稿できるプラットフォームだった。

しかし、広告業界は印刷や物流以上に複雑で、巨大な既得権益が存在していた。松本は、この挑戦が最も困難なものになることを予感していた。

「でも、やるしかない。この業界こそ、変革が必要なんだ」

松本の決意は固かった。彼は、広告業界の現状について徹底的なリサーチを始めた。その過程で、驚くべき事実が明らかになった。

テレビCMの取引の多くが、いまだに電話やFAXで行われていた。また、大手広告代理店による寡占状態が続いており、中小企業がテレビCMを出稿することは、ほぼ不可能な状況だった。

「これじゃあ、時代に逆行してる。絶対に変えなきゃ」

松本は、新サービスの開発チームを立ち上げた。チームリーダーには、印刷事業で実績を上げた山田進太郎を抜擢。山田は松本の大学の後輩で、ラクスル創業時からの仲間だった。

「山田、頼むぞ。君しかいない」

「はい、必ず成功させます」

二人の目には、同じ熱意が宿っていた。

開発は難航した。テレビ局や広告代理店との交渉は、想像以上に厳しいものだった。

「そんなサービス、業界の秩序を乱す」
「中小企業なんかにCMを出させて、視聴者に迷惑をかけるつもりか」

rejection の連続だった。しかし、松本たちは諦めなかった。

「我々は業界を壊すんじゃない。新しい可能性を作り出すんだ」

松本は、テレビ局や広告代理店を一社一社回り、丁寧に説明を続けた。その熱意と構想の斬新さに、少しずつ理解を示す企業が現れ始めた。

2017年4月、ついに新サービス「ノバセル」がローンチされた。テレビCMの空き枠をオンラインで販売し、AIが最適な放送枠を提案するこのサービスは、広告業界に大きな衝撃を与えた。

ローンチ直後は、利用企業も少なく、苦戦を強いられた。しかし、松本たちは地道な営業活動を続けた。特に中小企業向けのセミナーを頻繁に開催し、テレビCMの効果や「ノバセル」の使い方を丁寧に説明していった。

その努力が実を結び、サービス開始から3ヶ月後、ついに大きな転機が訪れた。ある中小企業のCMが「ノバセル」経由で放送され、そ製品の売上が10倍に跳ね上がったのだ。

この成功事例がSNSで拡散され、「ノバセル」の名前が一気に広まった。利用企業数は急増し、半年後には1,000社を突破。テレビ局側も、新たな広告主の獲得に繋がると、徐々に「ノバセル」を受け入れ始めた。

しかし、成長の裏で新たな問題も浮上していた。CMの品質管理だ。素人が作ったCMの中には、放送基準を満たさないものも少なくなかった。

ある日、問題のあるCMが誤って放送されてしまうトラブルが発生。SNS上で批判が殺到し、「ノバセル」の信頼性が揺らぐ危機に直面した。

松本は即座に記者会見を開き、深々と頭を下げた。

「視聴者の皆様、テレビ局の皆様に多大なご迷惑をおかけし、心からお詫び申し上げます。私の管理体制の甘さが原因です」

この危機を受け、松本は徹底的な品質管理システムの構築に着手した。AI技術を駆使した自動チェックシステムの導入や、専門スタッフによる多重チェック体制の確立など、あらゆる手を尽くした。

さらに、CMの制作支援サービスも開始。プロのクリエイターとのマッチングや、テンプレートを使った簡易CM作成ツールの提供など、質の高いCM制作をサポートする体制を整えた。

これらの取り組みが功を奏し、「ノバセル」の信頼性は以前にも増して高まった。利用企業はさらに増加し、2018年末には年間取扱高が100億円を突破。広告業界に新たな風を吹き込んだラクスルの挑戦は、着実に実を結びつつあった。

この成功により、ラクスルは印刷、物流、広告という3つの柱を持つ企業として急成長を遂げた。2018年8月、ついに東京証券取引所マザーズ市場への上場を果たす。上場時の時価総額は約670億円。松本37歳での快挙だった。

上場のセレモニーで、松本は涙ぐみながらこう語った。

 「これは、ゴールではありません。むしろスタートラインに立ったばかりです。私たちの mission は、まだ始まったばかりなのです」

松本の目には、さらなる高みを目指す決意が宿っていた。

上場後、ラクスルの成長はさらに加速した。2019年には東証一部に市場変更。2020年3月期の売上高は224億円、前年比44.5%増という急成長を遂げた。

しかし、松本の野心はさらに大きくなっていた。

「日本だけじゃない。世界中の産業の非効率さを解消したい」

彼は、海外展開の構想を練り始めていた。特に、印刷需要が高まっている東南アジア市場に注目していた。

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大により、世界経済が大きな打撃を受ける中、ラクスルは逆に成長を続けた。在宅勤務の増加により、印刷物の宅配需要が増加。また、テレビCMのオンライン取引「ノバセル」の需要も拡大した。

この危機を opportunity と捉えた松本は、新たな事業の種を見出していた。

「デジタルトランスフォーメーション(DX)支援だ。多くの企業が、今こそデジタル化を必要としている」

松本は、ラクスルが培ってきたデジタル技術とプラットフォームのノウハウを活かし、他企業のDXを支援するサービスの開発に着手した。

2021年、ラクスルは創業から12年目を迎えた。売上高は304億円に達し、経常利益は14億円を記録。社員数も500人を超えるまでに成長していた。

しかし、松本の表情に満足の色はなかった。

「まだまだ、やるべきことがある。変えるべき仕組みがある」

彼の頭の中には、すでに次の革新への構想が描かれていた。AI技術をさらに進化させ、あらゆる産業の効率化を図る。そして、その技術を世界中に展開していく。

松本恭攝、40歳。彼の挑戦は、まだ序章に過ぎなかった。

「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」

このビジョンを胸に、松本とラクスルの新たな物語が始まろうとしていた。

#創作大賞2025  #ビジネス部門

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