見出し画像

(第8話)株式会社SmartHR 創業物語【創作大賞2025ビジネス部門応募作】2024/09/09分

第8話:「パンデミックの中で」

「宮田さん、政府が緊急事態宣言を発令しました」

2020年4月7日、SmartHRの広報担当、佐藤の声が宮田昇始の耳に入った。宮田は窓の外を見つめながら深く息を吐いた。住友不動産六本木グランドタワーの高層階から見下ろす東京の街は、いつもより静かに感じられた。

「分かった。すぐに全社員を集めてくれ」

数分後、宮田は全社員を前にして立っていた。多くの社員がマスクを着用し、不安な表情を浮かべている。

「みなさん、ご存知の通り、政府が緊急事態宣言を発令しました。これから私たちは、未曾有の事態に直面することになります」

宮田は一人一人の顔を見つめながら続けた。

「しかし、この危機は同時に、私たちの真価が問われる時でもあります。多くの企業が在宅勤務を余儀なくされ、人事労務管理の課題に直面しています。私たちのサービスが、今こそ本当の意味で必要とされているのです」

社員たちの表情が引き締まっていく。

「私たちは今日から全面的にリモートワークに移行します。これは私たちにとっても大きな挑戦です。しかし、この経験を通じて、私たちは顧客の課題をより深く理解し、より良いサービスを提供できるはずです」

宮田は力強く締めくくった。

「一人一人が自覚を持ち、この危機を乗り越えていきましょう。そして、日本の働き方を変えるという私たちの使命を、今こそ果たしていきましょう」

大きな拍手が沸き起こった。

その日から、SmartHRは全社員がリモートワークに移行した。当初は慣れない環境に戸惑う社員も多かったが、徐々に新しい働き方に適応していった。

しかし、新たな課題も浮上した。顧客からの問い合わせが急増し、カスタマーサポートチームは対応に追われた。多くの企業が突然のリモートワーク導入に戸惑い、SmartHRの使い方に関する質問が殺到したのだ。

ある日、カスタマーサポートチームのリーダー、山田が宮田にオンラインで報告を行った。

「宮田さん、問い合わせの数が通常の5倍以上に増えています。チームはフル稼働していますが、対応しきれていない状況です」

宮田は眉をひそめた。「分かった。他の部署からも応援を出そう。それと、よくある質問をまとめたFAQページを作成し、ウェブサイトに掲載しよう」

「はい、ありがとうございます」

山田の表情に少し安堵の色が見えた。

一方で、開発チームも新たな挑戦に直面していた。リモートワークに対応した新機能の開発が急務となったのだ。

開発リーダーの田中は、毎日のようにオンライン会議で宮田と議論を重ねた。

「宮田さん、リモートワーク管理機能の開発は順調です。しかし、セキュリティの問題が心配です」

宮田は真剣な表情で答えた。「そうだね。リモートワークでは情報漏洩のリスクが高まる。徹底的なセキュリティ対策が必要だ」

「はい、了解しました。最高水準のセキュリティを実装します」

こうして、SmartHRは急ピッチで新機能の開発を進めた。開発チームは昼夜を問わず働き、わずか1ヶ月でリモートワーク管理機能をリリースした。

新機能のリリース後、SmartHRの利用企業数は急増した。多くの企業が、パンデミック下での人事労務管理にSmartHRを活用し始めたのだ。

しかし、宮田の心の中には常に不安があった。「本当にこれで良いのか?もっと私たちにできることはないのか?」

ある夜、宮田は一人でオンラインで作業を続けていた。突然、彼の携帯電話が鳴った。画面には「お父さん」の文字。

「もしもし、お父さん?こんな遅くにどうしたの?」

「昇始か。悪いな、こんな時間に。実は、うちの会社でも在宅勤務を始めたんだ。SmartHRのおかげで、なんとかやれてるよ」

宮田は思わず声を詰まらせそうになった。父の会社は、典型的な古い体質の中小企業だった。以前はSmartHRの導入を提案しても、いつも「うちには必要ない」と断られていた。

「そうか...良かった」

「お前な、本当によくやってるよ。こんな時代が来るなんて、誰も想像してなかったろう。でも、お前のおかげで、多くの会社が助かってる」

父の言葉に、宮田は胸が熱くなるのを感じた。

「ありがとう、お父さん」

電話を切った後、宮田は深く息を吐いた。そして、彼の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。

翌日、宮田は緊急のオンライン全体会議を開いた。

「みなさん、新しいプロジェクトを始めたいと思います」

社員たちは興味深そうに画面を見つめている。

「私たちのサービスを利用している企業の中には、このパンデミックで深刻な影響を受けているところも多いはずです。そこで、そういった企業を支援するための特別プログラムを立ち上げたいと思います」

宮田は具体的な計画を説明した。影響を受けた企業に対して、一定期間SmartHRを無償で提供すること。さらに、リモートワークの導入支援や、助成金申請のサポートなども行うという内容だ。

「このプロジェクトは、短期的には私たちの収益を減らすかもしれません。しかし、長期的に見れば、多くの企業との信頼関係を築くことができるはずです」

社員たちの間でざわめきが起こった。

マーケティング部門の佐藤が手を挙げた。「宮田さん、素晴らしいアイデアだと思います。ただ、どうやって対象企業を選定するのでしょうか?」

「良い質問だね。確かに、公平性を保つのは難しい課題だ。でも、例えば業界団体と協力して、本当に支援が必要な企業を見極めることはできるはずだ」

財務部門の鈴木も発言した。「収益への影響が心配です。このプロジェクトをどのくらいの期間続けるつもりですか?」

宮田は真剣な表情で答えた。「まずは3ヶ月を目安に始めてみよう。その後、状況を見て判断する。確かに短期的には痛みを伴うかもしれない。でも、これは投資だと考えてほしい。私たちの理念を示し、多くの企業との絆を深める絶好の機会なんだ」

議論は2時間以上続いた。最終的に、全社員の賛同を得て、新プロジェクト「SmartHR for COVID-19 Support」の立ち上げが決定した。

プロジェクトの準備は急ピッチで進められた。マーケティングチームは告知の準備を、開発チームは必要な機能の追加を、カスタマーサポートチームは支援プログラムの運用方法の検討を行った。

プロジェクト開始から1週間後、SmartHRのウェブサイトに支援プログラムの案内が掲載された。その反響は予想を遥かに上回るものだった。

申し込みは殺到し、SmartHRの名前は多くのメディアで取り上げられた。「パンデミック下で企業を支援するIT企業」として、SmartHRの評判は急速に高まっていった。

しかし、同時に新たな課題も浮上した。予想を上回る申し込みに、審査や導入支援の体制が追いつかなくなったのだ。

ある日、プロジェクトリーダーの山田が宮田に緊急の報告を行った。

「宮田さん、申し込みが殺到して対応しきれていません。このままでは、支援を約束した企業に迷惑をかけてしまいます」

宮田は一瞬考え込んだ後、決断を下した。

「分かった。全部門から人員を集めよう。それと、退職した元社員にも協力を仰ごう。この危機を乗り越えるには、あらゆるリソースを活用する必要がある」

山田は驚いた表情を浮かべた。「元社員にですか?」

「そうだ。SmartHRを知り尽くした彼らの力は、今の私たちにとって大きな助けになるはずだ」

宮田の決断は功を奏した。元社員たちの多くが快く協力を申し出、プロジェクトの運営体制は大幅に強化された。

そして、プロジェクト開始から3ヶ月後。SmartHRは1000社以上の企業を支援し、多くの感謝の声を受け取った。

ある日、宮田は全社員を集めたオンライン会議で、プロジェクトの成果を報告した。

「みなさん、この3ヶ月間、本当にお疲れさまでした。私たちは1000社以上の企業を支援し、多くの雇用を守ることができました」

画面越しに、社員たちの誇らしげな表情が見える。

「しかし、これで終わりではありません。このパンデミックは、日本の働き方を大きく変えようとしています。私たちには、その変化を先導する責任があります」

宮田は力強く締めくくった。

「SmartHRは単なるサービスではありません。日本の働き方を変える、そのための道具なのです。これからも、この信念を胸に、共に歩んでいきましょう」

大きな拍手が沸き起こる中、宮田は画面の向こうの東京の街を見つめた。パンデミックの影響で街には人影が少ないが、それでも確実に日常は動いている。

その光景を見ながら、宮田は決意を新たにした。「この危機を、日本の働き方を変える大きなチャンスに変えてみせる」

第8話終わり

#創作大賞2025 #ビジネス部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?