(第10話)最後の言葉【創作大賞2024ホラー小説部門応募作】
第10話 エピローグ 新たな連鎖
健太の犠牲から一年が過ぎた静かな夜、新人刑事の佐藤明は古い神社の前で立ち止まった。彼の背筋を冷たいものが走る。何か不思議な力に引き寄せられるように、明は神社の境内に足を踏み入れた。
突然、耳元で微かな囁きが聞こえた。「助けて...」
明は驚いて振り返ったが、そこには誰もいなかった。彼の心臓が激しく鼓動し始める。再び声が聞こえた。「私たちを忘れないで...」
恐怖で体が硬直する中、明は懐中電灯を取り出し、震える手で神社内を照らした。光が砕け散った大きな鏡の破片に当たり、不気味な輝きを放った。
明は恐る恐る鏡の破片に近づいた。そこに映る自分の姿が、どこか歪んで見える。突然、その歪んだ姿が動き出した。
「お前には、我々の声が聞こえるのか?」鏡の中の姿が問いかけてきた。
明は悲鳴を上げそうになるのを必死に抑え、鏡の破片を落とした。しかし、床に散らばった破片のそれぞれに、同じ歪んだ姿が映っていた。
「逃げても無駄だ。お前は選ばれたのだ」
パニックに陥った明は、神社から必死に逃げ出した。しかし、その夜を境に彼の人生は恐怖の渦に巻き込まれていく。
翌日から、明は死にゆく人々の最後の言葉を聞くようになった。初めは幻聴だと否定していたが、やがてそれが現実であることを受け入れざるを得なくなった。
そして、新たな連続殺人事件が始まった。被害者たちの恐ろしい最期の言葉が、明の耳に響く。「影が...影が近づいてくる」「助けて...誰か...」「もう終わりだ...」
明は恐怖と戦いながら、事件の真相に迫ろうとした。しかし、彼が近づけば近づくほど、周りの世界が歪んでいくような感覚に襲われた。
ある日、明は健太の失踪事件の資料を発見した。そこには、健太が同じような能力を持っていたことが記されていた。明は戦慄した。自分が健太の後継者なのではないかという恐ろしい考えが、彼の心を支配し始めた。
夜ごと、明は悪夢にうなされるようになった。夢の中で、彼は無数の影に囲まれ、それらが彼を飲み込もうとする。彼は必死に逃げようとするが、どこにも逃げ場がない。影たちの冷たい手が、彼の体を掴もうとする。
ある夜の悪夢の中で、健太の姿が現れた。「君は、私の後を継ぐ者だ」健太は言った。「しかし、この能力は呪いでもあり、祝福でもある。それをどう使うかは、君次第だ」
明は混乱し、恐怖に震えながら尋ねた。「どうすれば良いんですか?」
健太は不気味な笑みを浮かべた。「真実を追い求めろ。そして、自分の内なる闇と向き合え」
その言葉とともに、健太の姿が歪み、恐ろしい影の姿に変わっていった。明は悲鳴を上げて目を覚ました。
それからの明は、狂気の縁をさまよいながら事件の真相を追った。彼は健太が残した手がかりを一つずつ解き明かしていった。そして、彼は想像を絶する恐ろしい事実に直面することになる。
この連続殺人事件は、単なる犯罪ではなかった。それは、この世界と死者の世界をつなぐ門を開こうとする邪悪な儀式だったのだ。そして、その儀式を行っているのは、かつて健太が対峙した邪悪な存在だった。
明は、自分がこの儀式を止めなければならないことを悟った。しかし、それは同時に、彼自身が計り知れない恐怖と向き合い、おそらく命さえも犠牲にしなければならないことを意味していた。
最後の決戦の夜、明は再び古い神社を訪れた。月明かりに照らされた神社は、不気味な雰囲気を醸し出していた。境内に足を踏み入れた瞬間、明の周りの空気が凍りついたように感じた。
そこには、邪悪な存在が待ち構えていた。それは人の形をしているようで、しかし明らかに人ではなかった。その姿は常に揺らぎ、歪んでいた。
「よく来た、選ばれし者よ」邪悪な存在が言った。その声は、まるで無数の虫が這い回るような不快な音だった。「お前の犠牲が、我々を解き放つのだ」
明は恐怖で全身が震えていたが、それでも声を絞り出した。「私は、あなたたちを止めるためにここにいる」
その瞬間、激しい戦いが始まった。邪悪な存在から放たれる闇のエネルギーが、明を襲う。明は健太から受け継いだ能力を最大限に発揮し、必死に抵抗した。
神社全体が、不気味な光に包まれ、現実と幻想の境界が曖昧になっていく。明の周りで、空間そのものが歪み始めた。彼は自分が、この世界ともう一つの世界の狭間に立っていることを感じた。
戦いの最中、明の耳に被害者たちの声が聞こえてきた。「私たちを救って」「あなたならできる」「もう、苦しみたくない」
そして、健太の声も聞こえた。「恐れるな。お前には力がある」
明は、自分の中に眠る力を呼び覚ました。彼の体から眩い光が放たれ、邪悪な存在を押し返す。しかし、存在は簡単には倒れない。それは明の恐怖や弱さにつけ込み、彼の心に入り込もうとする。
「お前も我々の仲間になれば、もう苦しむ必要はない」邪悪な存在が囁く。「すべての恐怖から解放されるのだ」
明は一瞬、その誘いに惹かれそうになった。しかし、彼は健太の犠牲を思い出し、決意を新たにした。
「私は、逃げない」明は叫んだ。「この恐怖を、この苦しみを、すべて受け入れる。そして、それを乗り越えてみせる!」
明の決意が、彼の能力を更に強化した。彼の体から放たれる光は、邪悪な存在を押し返していく。存在は苦しそうな悲鳴を上げ、徐々に形を失っていった。
最後の瞬間、明は邪悪な存在に向かって叫んだ。「もう、誰も苦しめさせない!」
まばゆい光が神社全体を包み込み、明の意識が遠のいていった。
明が目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。彼の体は傷だらけで、激しい疲労感に襲われていた。しかし、彼の心には確かな達成感があった。
窓の外を見ると、新しい朝が始まっていた。明は深いため息をついた。彼は、自分がこの能力と共に生きていかなければならないことを理解していた。それは呪いでもあり、同時に祝福でもある。
そして、彼の耳に微かな囁きが聞こえた。「ありがとう...」それは、解放された魂たちの声だった。
明は微笑んだ。彼はこれからも、この能力を使って人々を守り、真実を追い求めていくだろう。そして、いつか来るかもしれない次なる脅威に備えて、自分を強くしていく。
彼は窓の外の街を見つめながら、つぶやいた。「さあ、新たな物語の始まりだ」
そして、彼の背後で何かが動いたような気配がした。明は振り返ったが、そこには何もなかった。ただ、鏡に映る自分の姿が、かすかに笑っているように見えた。
明は深呼吸をし、新たな挑戦への準備を始めた。彼の前には、まだ見ぬ恐怖と、解き明かすべき謎が待っているのだから。
(完)
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