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(第9話)最後の言葉【創作大賞2024ホラー小説部門応募作】

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

第9話 最後の犠牲

健太は、自分の内なる闇と向き合う決意を固めた瞬間、周囲の世界が急激に変容し始めた。彼の部屋の壁が溶け出し、無限に広がる暗闇の中に彼は立っていた。冷たい風が彼の肌を刺すように吹き抜け、見えない恐怖が彼を取り囲んでいた。

突然、暗闇の中から無数の目が彼を見つめ始めた。それらは被害者たちの目だった。怒り、悲しみ、絶望、そして非難の感情が、それらの目から伝わってくる。健太は息苦しさを感じ、膝をつきそうになった。

「お前は我々を救えなかった」「なぜ私たちを見捨てたのだ」「お前にも責任がある」

被害者たちの声が、健太の心を直撃する。彼は必死に弁解しようとしたが、言葉が出てこない。そのとき、美咲の姿が彼の前に現れた。

「健太さん、逃げないで。これがあなたの内なる闇なのよ」美咲は優しく、しかし厳しい目で彼を見つめていた。

健太は震える声で答えた。「でも、私には何もできなかった。みんなを救えなかった」

美咲は首を横に振った。「それは違うわ。あなたには力があるの。ただ、その力を恐れていただけ」

その瞬間、健太の周りに鏡が現れた。それぞれの鏡には、彼の人生の様々な瞬間が映し出されていた。彼が初めて死者の声を聞いた瞬間、彼が恐怖のあまり真実から目を背けた瞬間、そして彼が自分の能力を呪いだと思った瞬間。

「これらすべてが、あなたなのよ」美咲は言った。「良いところも、弱いところも、すべてがあなた」

健太は鏡に映る自分の姿を見つめた。そこには、恐怖に震える自分、勇気を奮い立たせる自分、そして真実を追い求める自分がいた。彼は初めて、自分のすべてを受け入れる必要があることを理解した。

しかし、その瞬間、暗闇から巨大な影が現れた。それは、健太がこれまで見てきた全ての恐怖を具現化したかのような存在だった。影は健太に向かって手を伸ばし、彼を飲み込もうとした。

「お前は我々のものだ」影が低い声で言った。「お前の恐怖が我々を呼び寄せたのだ」

健太は後ずさりしたが、逃げ場はなかった。彼は自分の終わりを感じ、目を閉じた。しかし、その瞬間、彼の心の中で何かが変わった。

「違う」健太は目を開け、影を見つめた。「私は、もう逃げない」

彼は一歩前に踏み出した。「私は自分の恐怖を受け入れる。そして、それを乗り越える」

その言葉とともに、健太の体から光が放たれ始めた。その光は、周囲の暗闇を押し返し、影を後退させた。

「私には、みんなを救う力がある。そして、その力を使う責任がある」

健太の声が響き渡る。被害者たちの目が、怒りから希望へと変わっていく。美咲は微笑みながら、彼に向かって手を伸ばした。

「さあ、最後の一歩よ」彼女は言った。

健太は深呼吸をし、美咲の手を取った。その瞬間、彼の周りの世界が激しく揺れ動き、まばゆい光に包まれた。

目を開けると、健太は見知らぬ場所にいた。それは、古い神社のような場所だった。周りには、これまで彼が見てきた被害者たちの姿があった。彼らは健太を見つめ、静かに頷いていた。

美咲が彼の前に立ち、真剣な表情で言った。「ここが、すべての始まりの場所よ。そして、すべてを終わらせる場所」

健太は周囲を見回した。神社の奥には、巨大な鏡が置かれていた。その鏡には、現実世界と死者の世界をつなぐ門のようなものが映し出されていた。

「あの門を閉じなければならない」美咲は言った。「でも、それには大きな犠牲が必要なの」

健太は理解した。彼は自分の運命を受け入れる覚悟を決めた。「私が、その犠牲になる」

美咲は悲しそうな表情を浮かべたが、頷いた。「あなたの勇気が、すべてを救うのよ」

健太は鏡に向かって歩き始めた。一歩一歩進むたびに、彼の体が光り輝いていく。被害者たちは彼を見守り、中には涙を流す者もいた。

鏡の前に立った健太は、最後に振り返った。美咲が彼に向かって微笑んでいた。「ありがとう、健太さん」

健太は微笑み返し、鏡に手を伸ばした。その瞬間、まばゆい光が彼を包み込み、彼の意識は闇の中へと沈んでいった。

光が消えると、神社は静寂に包まれていた。鏡は砕け散り、門は完全に閉じられていた。美咲は涙を流しながら、消えていく健太の姿を見つめていた。

「さようなら、そしてありがとう」彼女は静かに呟いた。

その瞬間、神社全体が光に包まれ、被害者たちの姿が次々と消えていった。彼らはついに安らかな眠りにつくことができたのだ。

現実世界では、健太の姿が突然消えたことで大騒ぎになっていた。警察は彼を行方不明者として捜索を始めたが、手がかりは何も見つからなかった。

しかし、不思議なことに、連続殺人事件は完全に終息した。新たな被害者は一人も出ず、人々は徐々に平和な日常を取り戻していった。

ただ、時折、夜更けに古い神社の近くを通る人々が、優しい男性の声で「みんなを守るよ」とささやくのを聞いたという噂が広まった。それが健太の声なのか、それとも単なる風の音なのか、誰にもわからない。

健太の犠牲は、多くの命を救い、恐怖の連鎖を断ち切った。彼の勇気と決断は、この世界と死者の世界の均衡を取り戻すきっかけとなったのだ。

そして、美咲を含む全ての被害者たちは、finally 安らかな眠りにつくことができた。健太の最後の犠牲が、彼らに永遠の平和をもたらしたのだ。

しかし、この物語はまだ終わっていない。健太の犠牲が、新たな物語の始まりとなるのか。それとも、真の終わりをもたらすのか。その答えは、まだ誰にもわからない。

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