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(第9話)「人を動かす言葉 〜新米刑事の真相解明〜」【創作大賞2025ミステリー小説部門応募作】2024/08/20公開

第9話 「真実への扉」

翌朝、佐藤美咲は早くから署に出勤した。昨日発見された封筒の中身の分析結果が届く重要な日だ。田中警部も既に到着しており、二人で今日の方針を話し合った。

田中警部:「おはよう、佐藤君。分析結果はもうすぐ届くはずだ。今日はその結果を基に、新たな捜査方針を立てることになるが、どう進めるべきだと思う?」

佐藤:「はい…まず、分析結果をしっかりと確認し、これまでの証言と照らし合わせることが大切だと思います。そして、新たに浮かび上がった人物がいれば、その人から話を聞く必要があるでしょう」

田中警部:「そうだな。そして、もう一つ大切なことがある。それは、相手の立場に立って考え、共感を示すことだ」

佐藤:「相手の立場に立って考え、共感を示す…ですか?」

田中警部:「そうだ。人は自分の立場が理解されていると感じると、より協力的になる。特に、このような複雑な事件では、関係者の心情を理解することが重要なんだ」

佐藤:「なるほど…でも、どうやって相手の立場に立って考えていることを示せばいいんでしょうか?」

田中警部:「例えば、相手の気持ちを言葉にして返すんだ。『そういう状況では、本当に難しい選択を迫られたのでしょうね』とか『その立場だったら、私も同じように悩んだかもしれません』といった具合にな。そうすることで、相手は自分が理解されていると感じ、より率直に話してくれるようになる」

佐藤:「わかりました。気をつけます」

その時、分析結果が届いた。二人は急いで資料に目を通した。

田中警部:「これは…」

佐藤:「まさか…」

封筒の中の書類には、製薬会社の内部資料らしき数字の羅列があった。それは新薬の副作用に関する隠蔽工作を示唆するものだった。そして、写真に写っていた男性は、製薬会社の開発責任者、倉田という人物だと判明した。

田中警部:「佐藤君、この倉田という人物から話を聞く必要があるな」

佐藤:「はい、同感です」

二人は急いで製薬会社に向かった。受付で手続きを済ませ、会議室で倉田を待った。

倉田が入室してきた。50代前半くらいの、知的な印象の男性だった。

倉田:「お待たせしました。開発部門責任者の倉田です」

佐藤:「はじめまして、警視庁の佐藤です。こちらは田中警部です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

田中警部:「倉田さん、山田太郎さんの件でお話を伺いたいのですが」

倉田:「山田さん…ああ、広告代理店の方ですね。悲しい出来事でした」

佐藤:「倉田さん、山田さんとはどのような関係だったのでしょうか?」

倉田:「仕事上の付き合いです。新薬の広告キャンペーンで、たびたび打ち合わせをしていました」

田中警部:「なるほど。倉田さん、実はこの写真の人物があなたであることがわかりました」

佐藤は、封筒から出てきた写真を倉田に見せた。倉田の表情が一瞬こわばった。

倉田:「これは…どこで?」

佐藤:「山田さんの遺品の中から見つかりました。この写真が山田さんの手元にあった理由をご存じですか?」

倉田:「いいえ…わかりません」

田中警部:「倉田さん、この写真と一緒に、ある書類も見つかりました。新薬の副作用に関する内部資料のようですが…」

倉田の顔が青ざめた。

倉田:「そ、それは…」

佐藤:「倉田さん、あなたのお立場はよくわかります。会社の機密情報を守りつつ、警察の捜査に協力しなければならないという難しい状況ですよね」

倉田:「はい…そうなんです」

田中警部:「倉田さん、私たちは真実を知りたいだけです。あなたの立場を十分に理解した上で、お話を伺いたいと思います」

倉田:「わかりました…実は、山田さんは私たちの新薬の副作用情報を入手していたんです」

佐藤:「そうだったんですね。その時、どのようなお気持ちでしたか?」

倉田:「正直、パニックになりました。会社の将来がかかっている新薬なので…」

田中警部:「そういう状況では、本当に難しい選択を迫られたのでしょうね」

倉田:「はい…山田さんは、その情報を公開すると言って…」

佐藤:「その立場だったら、私も同じように悩んだかもしれません。それで、どうされたんですか?」

倉田:「私は…山田さんに情報の公開を思いとどまるよう懇願しました。会社の存続がかかっていたので…」

田中警部:「倉田さん、その時の山田さんの反応はどうでしたか?」

倉田:「山田さんは…悩んでいました。『正しいことをしたい』と言いながらも、躊躇している様子でした」

佐藤:「なるほど。山田さんも、難しい決断を迫られていたんですね」

倉田:「はい…最後に会った時、山田さんは『全てを清算する』と言っていました。私は、情報を公開するつもりだと思い…」

田中警部:「それで?」

倉田:「私は…パニックになって…山田さんを…」

倉田の声が震え、目に涙が浮かんだ。

佐藤:「倉田さん、そんな状況に追い込まれて、本当につらかったでしょう」

倉田:「はい…でも、それは言い訳にはなりません。私は…山田さんを殺してしまったんです」

田中警部:「倉田さん、詳しく話していただけますか?」

倉田:「あの日、山田さんと会社の近くの公園で密会しました。私は最後の説得をするつもりでした。でも、山田さんは決意を固めていて…」

佐藤:「それで?」

倉田:「私は…頭が真っ白になって…持っていた文鎮で山田さんの頭を…」

倉田は言葉を詰まらせ、顔を両手で覆った。

田中警部:「倉田さん、あなたの気持ちはよくわかります。でも、真実を話してくれてありがとうございます」

佐藤:「倉田さん、事件の真相を話してくださって、本当にありがとうございます。これで山田さんの無念も少しは晴れるかもしれません」

倉田:「私は…罪を償わなければなりません。でも、会社のことも…」

田中警部:「倉田さん、一つ一つ問題に向き合っていきましょう。まずは、あなたの身柄を拘束させていただきます」

倉田:「はい…わかりました」

佐藤と田中警部は倉田を連行し、署に戻った。車の中で、二人は今日の出来事について話し合った。

田中警部:「佐藤君、今日の対応は素晴らしかったぞ。倉田さんの立場に立って考え、共感を示しながら、真実を引き出せていた」

佐藤:「ありがとうございます。でも、まだまだ勉強不足です」

田中警部:「いや、十分だ。特に、『そういう状況では、本当に難しい選択を迫られたのでしょうね』とか『その立場だったら、私も同じように悩んだかもしれません』といった言葉で、相手の立場を理解していることを示せていたな。そうすることで、相手は自分が理解されていると感じ、より率直に話してくれるようになるんだ」

佐藤:「なるほど…確かに、そう言った後は倉田さんの態度が変わった気がします」

田中警部:「そうだ。人は自分の立場が理解されていると感じると、心を開くものだ。そして、相手の気持ちに寄り添うことで、信頼関係が築けるんだ」

佐藤:「警部…私、もっと学びたいです。人の心に寄り添う方法について」

田中警部:「その姿勢が大切だ。これからも様々な人と接する中で、経験を積んでいけばいい。そして、常に相手の立場に立って考え、共感することを忘れずにな」

佐藤:「はい!頑張ります!」

署に戻った二人は、今日の出来事をまとめ始めた。山田太郎殺害事件の真相が明らかになり、新たな問題も浮上した。製薬会社の隠蔽工作、そして倉田の罪…これらをどう処理していくのか。

田中警部:「佐藤君、この事件で学んだことは何だ?」

佐藤:「はい…人の心の奥底にある真実を引き出すためには、相手の立場に立って考え、共感することが大切だということです」

田中警部:「その通りだ。これからもその姿勢を忘れずに、真実を追い求めていってくれ」

佐藤:「はい!必ず」

こうして、山田太郎殺害事件は解決した。しかし、これは新たな問題の始まりでもあった。佐藤美咲は、これからも人々の心に寄り添いながら、真実を追い求めていく決意を新たにした。

登場人物:
・佐藤美咲:18歳の新米女性刑事。主人公。
・田中警部:佐藤の上司。中堅刑事。
・倉田:製薬会社の開発責任者。真犯人。
・山田太郎:被害者。(本話では直接登場せず)

#創作大賞2025   #ミステリー小説部門

第9話 終わり
次は 第10話


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