(第6話)AIエンジニアの挑戦【創作大賞2024お仕事小説部門応募作】
第6話 チームの絆
ライバル企業テックビジョン社との競争が激化する中、翔太たちのチームは連日の激務に追われていた。しかし、その日の朝、村上から思わぬ提案があった。
「みんな、今日は少し息抜きしよう。チーム・ビルディングの日だ」
疲れ気味だったメンバーたちの顔に、驚きの表情が浮かんだ。
「でも、開発の進捗は...」翔太が心配そうに言いかけると、村上は優しく手を振った。
「たまには息抜きも必要だ。それに、お互いのことをもっと知ることで、チームワークも向上するはずだ」
そう言って村上は、近くの公園でのピクニックを提案した。天気も良く、外の空気を吸うには絶好の日だった。
公園に着くと、メンバーたちは緑の芝生の上にシートを広げ、持ち寄った料理を並べ始めた。普段はパソコンに向かっている彼らだが、この日ばかりは皆リラックスした表情を浮かべていた。
「さて、せっかくの機会だ」村上が口を開いた。「みんな、AIエンジニアになったきっかけを聞かせてくれないか?」
最初に話し始めたのは、データサイエンティストの佐藤だった。
「私は元々、心理学を専攻していたんです」佐藤は少し照れくさそうに言った。「でも、人間の心を理解するには、データ分析のスキルが必要だと気づいて...そこからAIの世界に足を踏み入れました」
次に、自然言語処理のエキスパート、田中が口を開いた。
「僕は、外国語が苦手だったんです」田中は笑いながら言った。「だから、言語の壁を越える技術に興味を持ちました。AIによる翻訳から始まって、今では感情を理解する言語モデルの開発に携わっています」
心理学の知見を持つ山田は、静かに語り始めた。
「私には自閉症のの弟がいます。彼とのコミュニケーションの難しさを経験して、AIが人々の感情理解を助ける可能性に魅了されたんです」
翔太は、メンバーたちの話に聞き入っていた。それぞれが、自分なりの理由でAIの道を選んだのだ。そして、その多様な背景が「エモAI」プロジェクトの強みになっていることを実感した。
「翔太君は?」村上が尋ねた。「君がAIエンジニアを目指したきっかけは?」
翔太は少し考え込んでから答えた。
「実は、最初は音楽の道を目指していたんです」翔太は懐かしそうに語り始めた。「作曲が趣味で、人の心を動かす音楽を作りたいと思っていました。でも、ある日、AIによる作曲の講演を聞いて...」
翔太は続けた。「AIが人間の感情を理解し、それを表現できるようになれば、もっと多くの人々の心に届く音楽が作れるんじゃないかと思ったんです。そこから、AIの研究を始めました」
メンバーたちは、翔太の意外な過去に驚いた様子だった。
「そうか、だから君は常に『感情』にこだわっているんだな」村上が納得したように言った。
話は尽きることなく続き、メンバーたちは互いの過去や夢、そして「エモAI」プロジェクトに対する思いを語り合った。時間が経つにつれ、チームの絆が一層深まっていくのを感じることができた。
夕方になり、公園を後にする頃には、全員の表情が晴れやかになっていた。
オフィスに戻ると、翔太は急に立ち止まった。
「みんな、ちょっと集まってくれないか」
メンバーたちが不思議そうな顔で集まると、翔太は真剣な表情で話し始めた。
「今日、みんなの話を聞いて、改めて気づいたんだ。私たちの『エモAI』は、単なる技術開発じゃない。人々の心を理解し、つなげるための挑戦なんだ」
翔太は続けた。「だからこそ、倫理的な配慮が重要なんだ。テックビジョン社との競争に気を取られて、その本質を見失うわけにはいかない」
メンバーたちは、翔太の言葉に深く頷いた。
「そうだな」村上が同意した。「技術力だけでなく、私たちの理念こそが強みになる。それを忘れずに前進しよう」
その日から、チームの雰囲気が変わった。単なる競争心ではなく、共通の目標に向かって進む一体感が生まれたのだ。
翔太は、遅くまでオフィスに残って新しいアイデアを練っていた。窓の外では、東京の夜景が輝いている。その一つ一つの光が、人々の感情や思いを表しているようだった。
「必ず、人々の心に寄り添えるAIを作り上げる」
翔太は心の中で誓った。チームの絆と、それぞれの想いが込められた「エモAI」。その開発は、新たな段階に入ろうとしていた。
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