(第7話)「人を動かす言葉 〜新米刑事の真相解明〜」【創作大賞2025ミステリー小説部門応募作】2024/08/20公開
第7話 「表と裏の狭間で」
翌朝、佐藤美咲は早くから署に出勤した。今日は製薬会社の担当者から話を聞く重要な日だ。田中警部も既に到着しており、二人で今日の方針を話し合った。
田中警部:「おはよう、佐藤君。今日は製薬会社の担当者から話を聞くことになるが、どう接するべきだと思う?」
佐藤:「はい…まず、担当者の立場に立って考えることが大切だと思います。会社の機密情報を守りつつ、警察の捜査に協力しなければならないという難しい立場にあるはずです」
田中警部:「そうだな。そして、もう一つ大切なことがある。それは、相手の話をよく聞き、その意見を尊重することだ」
佐藤:「相手の話をよく聞き、その意見を尊重する…ですか?」
田中警部:「そうだ。人は自分の意見が尊重されていると感じると、より協力的になる。特にビジネスの世界では、自分の専門性や経験が認められることを重視する人が多いんだ」
佐藤:「なるほど…でも、どうやって相手の意見を尊重していることを示せばいいんでしょうか?」
田中警部:「例えば、相手の意見に対して真剣に耳を傾け、質問をするんだ。『そのご意見はとても興味深いですね』とか『その点についてもう少し詳しく教えていただけますか』といった具合にな。そうすることで、相手は自分の意見が重要視されていると感じ、より詳細な情報を提供してくれるようになる」
佐藤:「わかりました。気をつけます」
二人は製薬会社を訪れた。受付で手続きを済ませ、会議室に案内された。
受付:「お待たせいたしました。野村部長がまいりましたので、どうぞお入りください」
野村部長が入室してきた。50代前半くらいの、精悍な印象の男性だった。
野村:「お待たせしました。広告事業部の野村です」
佐藤:「はじめまして、警視庁の佐藤です。こちらは田中警部です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
田中警部:「野村部長、お忙しい中恐縮です。山田太郎さんの件でお話を伺いたいのですが」
野村:「はい、承知しています。どのようなことでしょうか」
佐藤:「野村部長、まず山田さんとの関係性について教えていただけますか?」
野村:「はい。山田さんは我が社の新薬発売に伴う広告キャンペーンを担当していました。非常に優秀な方で、斬新なアイデアを次々と提案してくれました」
田中警部:「その広告キャンペーンについて、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?」
野村:「はい…ただ、詳細については会社の機密情報も含まれますので…」
佐藤:「野村部長、お立場はよくわかります。会社の機密情報を守りつつ、警察の捜査に協力するというのは、本当に難しい立場ですよね」
野村:「はい…そうなんです。どこまで話していいのか…」
田中警部:「野村部長、あなたのような経験豊富な方のご意見は、私たちにとって非常に貴重です。可能な範囲で構いませんので、お話しいただけますか?」
野村:「わかりました。できる範囲でお話しします」
佐藤:「ありがとうございます。では、このキャンペーンの特徴について教えていただけますか?」
野村:「はい。このキャンペーンは、我が社の新薬の効果を、従来にない斬新な方法で訴求するものでした。具体的には…」
野村部長は、キャンペーンの概要を説明し始めた。佐藤と田中警部は、真剣に耳を傾けた。
田中警部:「なるほど。そのアイデアはとても興味深いですね。山田さんの提案は、御社にとってどのような意味を持っていたのでしょうか?」
野村:「実は、山田さんの提案は社内でも賛否両論でした。効果的ではあるものの、やや攻撃的すぎるという意見もあったんです」
佐藤:「そのあたりの議論について、もう少し詳しく教えていただけますか?」
野村:「はい。山田さんの提案は、新薬の効果を非常に強調するものでした。確かにインパクトはあるのですが、薬事法の規制に抵触する可能性も指摘されていました」
田中警部:「なるほど。そういった状況で判断を下すのは、本当に難しいことだったでしょうね」
野村:「はい…私たちも、効果的な広告と法令順守のバランスに苦心していました」
佐藤:「野村部長、そのような難しい判断を下さなければならない立場は、本当に大変だったと思います。その中で、最終的にはどのような決断をされたのでしょうか?」
野村:「結局、山田さんの提案を一部修正して採用することになりました。ただ、その決定の直後に…」
田中警部:「直後に?」
野村:「山田さんが亡くなったんです。本当に残念でなりません」
佐藤:「そうだったんですね。野村部長、山田さんとの最後のやり取りについて覚えていることはありますか?」
野村:「そうですね…最後に会ったのは、決定を伝えた日です。山田さんは少し落胆しているようでしたが、『わかりました。これで全て清算できますね』と言っていました」
田中警部:「『全て清算できますね』…ですか」
野村:「はい。当時は広告内容の修正のことを言っているのかと思ったのですが…」
佐藤:「野村部長、他に気になることはありませんでしたか?例えば、山田さんの様子の変化とか」
野村:「そう言われてみれば…最近、山田さんは少し落ち着きがなかったように思います。何か悩んでいるような様子でした」
田中警部:「なるほど。他に何か思い当たることはありますか?」
野村:「ええと…これは噂レベルの話なのですが…」
佐藤:「野村部長、どんな些細なことでも構いません。お聞かせください」
野村:「実は、山田さんが社内の誰かから圧力をかけられているという噂を耳にしたんです。でも、具体的な内容までは把握していません」
田中警部:「そうですか。その情報は非常に参考になります。野村部長、貴重なお話をありがとうございました」
野村:「いえ…私にできることがあれば、何でも協力させていただきます。山田さんのためにも、真相を知りたいんです」
佐藤:「野村部長、本当にありがとうございました。とても参考になりました」
野村:「こちらこそ。何か進展があれば、また教えていただけますか?」
田中警部:「はい、もちろんです。今後ともよろしくお願いいたします」
佐藤と田中警部は製薬会社を後にした。車の中で、二人は今日の聞き取り調査について話し合った。
田中警部:「佐藤君、今日の対応は素晴らしかったぞ。野村部長の立場を理解しながら、必要な情報を引き出せていた」
佐藤:「ありがとうございます。でも、まだまだ勉強不足です」
田中警部:「いや、十分だ。特に、『そのご意見はとても興味深いですね』とか『もう少し詳しく教えていただけますか』といった言葉で、相手の意見を尊重していることを示せていたな。そうすることで、相手は自分の意見が重要視されていると感じ、より詳細な情報を提供してくれるようになるんだ」
佐藤:「なるほど…確かに、そう言った後は野村部長がより詳しく話してくれた気がします」
田中警部:「そうだ。人は自分の意見が尊重されていると感じると、より協力的になるものだ。そして、相手の専門性や経験を認めることで、信頼関係が築けるんだ」
佐藤:「警部…私、もっと学びたいです。人から協力を得る方法について」
田中警部:「その姿勢が大切だ。これからも様々な人と接する中で、経験を積んでいけばいい。そして、常に相手の立場を理解し、その意見を尊重することを忘れずにな」
佐藤:「はい!頑張ります!」
署に戻った二人は、今日の調査結果をまとめ始めた。山田太郎の殺害事件に、新たな疑問が浮かび上がった。社内からの圧力、そして「全て清算できますね」という言葉の意味…これらは一体何を意味しているのか。
田中警部:「佐藤君、今回の件で新たに浮かび上がってきたのは、山田さんへの社内からの圧力の可能性だな」
佐藤:「はい。でも、誰が、どんな理由で圧力をかけていたんでしょうか…」
田中警部:「そうだな。まだ断定はできない。他の可能性も考える必要がある」
佐藤:「はい。でも、もし本当に圧力があったとすれば、それが殺害の動機になった可能性もありますね」
田中警部:「その通りだ。明日は改めて山田さんの妻から話を聞く必要がありそうだ。家庭での山田さんの様子について、もっと詳しく知る必要がある」
佐藤:「はい、わかりました」
新たな疑問を抱えた二人は、明日の調査に向けて準備を始めた。山田太郎殺害事件の真相は、まだ霧の中だ。しかし、少しずつその霧が晴れていくのを感じる。真実は、彼らが想像する以上に複雑で、驚くべきものかもしれない…。
登場人物:
・佐藤美咲:18歳の新米女性刑事。主人公。
・田中警部:佐藤の上司。中堅刑事。
・野村:製薬会社の広告事業部長。被害者と仕事上の関係があった。
・山田太郎:被害者。(本話では直接登場せず)
第7話 終わり
次は 第8話
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