(第10話)株式会社SmartHR 創業物語【創作大賞2025ビジネス部門応募作】2024/09/09分
第10話:「新たな挑戦と未来への展望」
「宮田さん、おめでとうございます。東証一部への市場変更が承認されました」
2021年11月24日、SmartHRの財務部長、鈴木の声が、住友不動産六本木グランドタワーの会議室に響き渡った。宮田昇始は深呼吸をして、窓の外に広がる東京の街並みを見つめた。
「ありがとう、鈴木さん。みんなの努力が実を結んだね」
宮田の声には、喜びと同時に、新たな責任を感じさせる重みがあった。
SmartHRの東証一部への市場変更は、上場からわずか1年足らずでの快挙だった。2013年1月23日、渋谷のワンルームマンションで一人で始めた会社が、ここまで成長した。宮田の脳裏に、これまでの道のりが走馬灯のように駆け巡る。
人事労務の煩雑な手続きに苦しむ中小企業の姿を見て、「テクノロジーで解決できるはずだ」という思いだけで起業を決意した日。最初の資金調達に苦労した日々。優秀な人材を確保するために奔走した時期。そして、既存のシステムに慣れた企業に新しいソリューションを受け入れてもらうことの困難さと格闘した日々。
しかし、宮田と彼のチームは諦めなかった。顧客の声に真摯に耳を傾け、製品を改善し続けた。そして少しずつ、SmartHRの評判は広がっていった。
「宮田さん、プレスリリースの準備ができました」
広報担当の佐藤の声に、宮田は現実に引き戻された。
「ありがとう。みんなを集めてくれ。全社員に直接伝えたい」
数分後、SmartHRの全社員がオンライン会議に集まった。コロナ禍の影響で、多くの社員がリモートワークを続けている中、画面越しではあるが、期待に満ちた表情が並んでいる。
「みなさん、お待たせしました」宮田は深呼吸をして話し始めた。「本日、SmartHRの東証一部への市場変更が承認されました」
画面越しに、歓声と拍手が沸き起こる。
「これは、みなさん一人一人の努力の結晶です。創業以来、私たちは『テクノロジーで人事労務の課題を解決する』という使命のもと、走り続けてきました。その努力が、またひとつ実を結んだのです」
宮田は一人一人の顔を見つめながら続けた。
「しかし、これはゴールではありません。むしろ、新たなスタートラインに立ったということです。東証一部上場企業として、私たちの責任はさらに重くなります。より多くの企業の働き方を変え、日本の生産性向上に貢献する。その使命を果たすため、これからも全力で走り続けましょう」
社員たちの目に、決意の光が宿っている。
「そして、忘れてはいけません。私たちの成功は、顧客あってのものです。今この瞬間も、多くの企業がSmartHRを信頼し、使ってくださっています。その信頼に応え続けることが、私たちの最大の使命です」
宮田は力強く締めくくった。
「SmartHRは、単なるサービスではありません。日本の働き方を変える、そのための道具なのです。これからも、この信念を胸に、共に歩んでいきましょう」
大きな拍手が沸き起こった。
会議が終わった後、宮田は一人オフィスに残った。窓から見える東京の夜景を眺めながら、彼は静かに呟いた。
「父さん、見ていますか?」
宮田の父は、中小企業の経営者だった。人事労務の煩雑さに悩む父の姿が、SmartHRを立ち上げるきっかけの一つだった。
「私は、あなたのような経営者の助けになりたかったんです。そして今、その夢が少しずつ実現しています」
宮田の目に、涙が光った。
翌日から、新たな挑戦に向けた準備が始まった。経営陣は連日の会議を重ね、今後の成長戦略を議論した。
一方で、新たな課題も浮上した。急速な成長に伴い、組織の肥大化や社内コミュニケーションの複雑化が進んでいたのだ。
ある日、人事部門の責任者、山田が宮田のもとを訪れた。
「宮田さん、社員の満足度調査の結果が出ました。少し気になる点があります」
宮田は真剣な表情で聞き入った。
「具体的には何かな?」
「はい。組織の拡大に伴い、一部の社員から『会社の方向性が見えにくくなった』という声が上がっています。また、部門間のコミュニケーションが不足しているという指摘もありました」
宮田は深く考え込んだ。確かに、これらの課題は避けて通れない。急速な成長の中で、社員一人一人との距離が遠くなっていることを、彼自身も感じていた。
「分かった。早急に対策を考えよう。まずは、全社員との直接対話の機会を増やそう。それと、部門横断的なプロジェクトチームを立ち上げて、社内のコミュニケーションを活性化させよう」
山田は頷いた。「承知しました。具体的な計画を立てます」
この日を境に、SmartHRは新たな取り組みを始めた。宮田自身が先頭に立ち、全社員との1on1ミーティングを実施。また、「SmartHR未来構想プロジェクト」と名付けた部門横断的なチームを結成し、会社の将来像を全社員で議論する場を設けた。
これらの取り組みは、徐々に成果を上げ始めた。社員の間に再び一体感が生まれ、新たなアイデアが次々と生み出されるようになった。
そんな中、ある日のプロジェクトミーティングで、若手社員の佐藤が手を挙げた。
「宮田さん、一つ提案があります」
「どんな提案だい?」
「はい。私たちのサービスを、海外展開してはどうでしょうか。日本の働き方改革の経験を、世界に広げることができるはずです」
会議室に、一瞬の静寂が訪れた。
宮田は佐藤の目をまっすぐ見つめた。「面白い提案だね。でも、海外展開にはたくさんの課題がある。言語の壁、法制度の違い、文化の違い...」
佐藤は熱心に答えた。「はい、その通りです。でも、私たちにはそれを乗り越える力があると信じています。日本で培ったノウハウを活かせば、きっと海外でも受け入れられるはずです」
宮田は深く考え込んだ。確かに、海外展開は大きなリスクを伴う。しかし同時に、大きな可能性も秘めている。
「分かった。具体的な計画を立ててみよう。可能性と課題を徹底的に洗い出して、実現可能性を検討しよう」
この決断が、SmartHRに新たな風を吹き込んだ。海外展開プロジェクトチームが結成され、市場調査や法制度の研究が始まった。
そして、2021年12月。SmartHRは初の海外拠点となるシンガポールオフィスの開設を発表した。
発表会見で、宮田は次のように語った。
「私たちの使命は、テクノロジーで人事労務の課題を解決し、世界中の企業の生産性向上に貢献することです。日本で培った経験と技術を活かし、アジア、そして世界の働き方改革に貢献していきたいと考えています」
この発表は、国内外のメディアで大きく取り上げられた。「日本発のHRテック企業が世界へ」というヘッドラインが踊り、SmartHRの名前は一気に世界に知れ渡った。
しかし、海外展開は想像以上に困難を極めた。言語の壁、法制度の違い、商習慣の違いなど、様々な課題に直面した。
ある日、シンガポールオフィスの責任者、田中から緊急の連絡が入った。
「宮田さん、現地の企業からの反応が思ったより鈍いです。私たちのサービスの価値が十分に伝わっていないようです」
宮田は深く息を吐いた。「分かった。すぐに現地に飛ぶ。直接顧客の声を聞いて、問題の本質を把握しよう」
翌日、宮田はシンガポールに向かった。現地の企業を訪問し、人事担当者たちと直接対話を重ねた。
そこで彼が気づいたのは、日本とシンガポールの働き方の違いだった。シンガポールでは、すでにデジタル化が進んでおり、SmartHRが日本で提供していた価値の一部が、あまり魅力的に映っていなかったのだ。
しかし、宮田はここでチャンスを見出した。
「私たちは、単なる人事システムを提供しているわけではない。働き方そのものを変革するソリューションを提供しているんだ」
宮田は、シンガポールの実情に合わせてサービスをカスタマイズすることを決断した。現地のニーズに合わせた新機能の開発や、シンガポール特有の法制度に対応したコンプライアンス機能の強化など、大胆な改革を行った。
この決断は功を奏した。徐々にシンガポールの企業からの反応が変わり始め、契約数が増加していった。
2022年3月、SmartHRはシンガポールでの導入企業数が1,000社を突破したことを発表した。
この成功を受けて、SmartHRは他のアジア諸国への展開も視野に入れ始めた。
そして、2022年6月。SmartHRは創業から10周年を迎えた。
記念式典で、宮田は全社員を前にこう語った。
「10年前、私は一人でこの会社を始めました。人事労務の煩雑さに悩む企業を助けたい、日本の働き方を変えたい、そんな思いだけで始めた小さな挑戦でした」
宮田の目に、懐かしさと感動の色が浮かんでいる。
「そして今、私たちは日本だけでなく、世界の働き方を変えようとしています。これは皆さん一人一人の努力と情熱があってこそ、実現できたことです」
会場に集まった社員たち、そしてオンラインで参加している世界中の社員たちの目が、誇りと感動で輝いていた。
「しかし、私たちの挑戦はまだ始まったばかりです。世界中の企業の生産性を向上させ、働く人々をもっと幸せにする。その大きな夢の実現に向けて、これからも共に歩んでいきましょう」
大きな拍手が会場に響き渡った。
式典の後、宮田は一人オフィスに残った。窓から見える東京の夜景を眺めながら、彼は静かに呟いた。
「父さん、見ていますか?あなたの姿を見て始めた小さな挑戦が、こんなに大きな夢になりました」
宮田の父は、中小企業の経営者だった。人事労務の煩雑さに悩む父の姿が、SmartHRを立ち上げるきっかけの一つだった。
「私は、あなたのような経営者の助けになりたかったんです。そして今、その夢が世界中に広がろうとしています」
宮田の目に、涙が光った。
その時、彼の携帯電話が鳴った。画面には「お父さん」の文字。
「もしもし、お父さん?」
「昇始か。10周年おめでとう。テレビで式典の様子を見たよ」
父の声には、誇らしさが溢れていた。
「ありがとう、お父さん」
「お前な、本当によくやった。小さな会社から始めて、世界に挑戦するまでになるなんて...」
父の言葉に、宮田は胸が熱くなるのを感じた。
「お父さんの姿があったからこそです。人事の煩雑さに悩むお父さんを見て、何とかしたいと思ったのが全ての始まりでした」
電話の向こうで、父が深く息を吐く音が聞こえた。
「そうか...私の苦労が、お前の原動力になったんだな」
「はい。だから、お父さんにも感謝しています」
しばらくの沈黙の後、父が静かに言った。
「昇始、これからも頑張れ。でも、無理はするなよ。お前の健康が一番大事だ」
「はい、分かっています。ありがとう、お父さん」
電話を切った後、宮田は深く息を吐いた。そして、彼の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。
翌日、宮田は緊急の経営会議を開いた。
「みなさん、新しいプロジェクトを始めたいと思います」
経営陣は興味深そうに宮田を見つめている。
「私たちは、大企業だけでなく、もっと小さな企業、個人事業主の方々にもサービスを提供できるはずです。新しい『SmartHR Light』というサービスを立ち上げ、より多くの人々の働き方を変えていきたいと思います」
宮田は具体的な計画を説明した。個人事業主や小規模企業向けの簡易版サービスを開発し、より低価格で提供するという内容だ。
「このプロジェクトは、短期的には利益を減らすかもしれません。しかし、長期的に見れば、私たちのユーザー基盤を大きく広げることができるはずです」
経営陣の間でざわめきが起こった。
財務部長の鈴木が手を挙げた。「宮田さん、リスクは大きいと思います。現在の主力サービスへの影響は?」
「良い質問だね。確かに、既存のサービスとの共食いは避けなければならない。でも、これは新しい市場を開拓するチャンスだ。今まで手の届かなかった層にアプローチできるんだ」
マーケティング部長の佐藤も発言した。「新サービスのブランディングや販売戦略も慎重に考える必要がありますね」
宮田は頷いた。「その通りだ。だからこそ、全社を挙げてこのプロジェクトに取り組みたい。みんなの知恵を結集させよう」
議論は3時間以上続いた。最終的に、全員の賛同を得て、新プロジェクト「SmartHR Light」の立ち上げが決定した。
プロジェクトの準備は急ピッチで進められた。開発チームは新サービスの設計に、マーケティングチームは販売戦略の立案に、カスタマーサポートチームは新しいサポート体制の構築に取り組んだ。
そして、2023年1月。SmartHRは「SmartHR Light」のローンチを発表した。
記者会見で、宮田はこう語った。
「私たちの使命は、テクノロジーで人事労務の課題を解決し、全ての働く人々の生産性向上に貢献することです。SmartHR Lightの提供により、より多くの方々に私たちのサービスを使っていただけるようになります。これは、日本の働き方改革に大きく貢献するはずです」
この発表は、大きな反響を呼んだ。多くのメディアが「HRテック大手が個人事業主市場に参入」と報じ、業界に衝撃が走った。
しかし、新サービスの立ち上げは想像以上に困難だった。既存の顧客からの乗り換えや、価格設定の難しさなど、様々な課題に直面した。
ある日、プロジェクトリーダーの山田が宮田のもとを訪れた。
「宮田さん、正直厳しい状況です。新規獲得は順調ですが、既存顧客の一部が新サービスに移行してしまい、売上が落ち込んでいます」
宮田は深く息を吐いた。「分かった。でも、これは予想していたことだ。長期的な視点で考えよう」
宮田は立ち上がり、窓際に歩み寄った。
「山田くん、思い出してほしい。私たちが最初にSmartHRを立ち上げた時のことを。誰も信じてくれなかった。でも、私たちは諦めずに顧客の声に耳を傾け、少しずつサービスを改善していった」
山田は黙って聞いている。
「今回も同じだ。顧客の声に真摯に耳を傾け、彼らのニーズに合わせてサービスを進化させていこう。そうすれば、必ず道は開けるはずだ」
山田の目に、少しずつ希望の光が戻ってきた。
「分かりました。もう一度、気持ちを入れ替えて頑張ります」
この会話をきっかけに、SmartHRは新サービスの改善に全力を注いだ。顧客からのフィードバックを細かく分析し、機能の追加や価格設定の見直しを行った。
そして、ローンチから1年後の2024年1月。SmartHR Lightの利用者数が10万人を突破したことが発表された。
記者会見で、宮田は次のように語った。
「SmartHR Lightは、私たちの想像以上の反響をいただきました。多くの個人事業主や小規模企業の方々に、人事労務の負担軽減を実感していただけたことを大変嬉しく思います」
そして、彼は次のように締めくくった。
「しかし、これはまだ始まりに過ぎません。私たちの目標は、全ての働く人々の生産性向上に貢献すること。その目標に向けて、これからも挑戦を続けていきます」
会見後、宮田は一人オフィスに残った。窓から見える東京の夜景を眺めながら、彼は静かに呟いた。
「父さん、見ていますか?私たちは、あなたのような小さな会社の経営者も、個人で頑張る人々も、みんなの力になろうとしています」
宮田の目に、新たな決意の光が宿った。SmartHRの挑戦は、まだまだ続いていく。
第10話終わり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?